30、宴にて、火大陸の料理を堪能する!

「さあみんな、乾杯するわよ!」


 なぜか大麦酒片手にアンジェ姉ちゃんが音頭を取る。実家にいた頃、宴会で声掛けするのは親父だったのに姉ちゃん、ギルドで一年くらい働いてすっかり盛り上げ役が板についてやがる。


 火大陸民のペセジュ船長とメレウトさんはもちろんのこと、貴族令嬢であるレモもユリアも明らかに戸惑いつつ、見よう見まねで器を掲げた。


「かんぱーい!」


 酒を前にいつもの十倍は活気づいた姉ちゃんが、レジェンダリア帝国式――ではなく多種族連合ヴァリアンティ自治領スタイルで取り仕切る。家族のこういう一面を見るのって、妙に気恥ずかしいもんだな……


 しかも俺は酒を自重してるから姉ちゃんみてぇに盛り上がらないし――などと思っていたが、蜂蜜水はシナモンの甘い香りと蜂蜜のコクがまざりあって、なかなか美味だった。


「さあ、いただきましょ!」


 俺の左隣に座った姉ちゃんが采配を振るう前に、向かいのユリアだけはパンにかじりついている。


「おいちい!」


 ユリアが絶賛する豆のペーストを俺もナイフに取って、表面の硬いパンをちぎって付けてみる。かじりつくと――


「お、うまいな。豆の香ばしさがパンによくあってる」


「どれどれ」


 レモも上品な仕草でなめらかなペーストをパンに塗り、口に運んだ。


「食べたことない味だけど、クリーミーでコクがあっておいしいわね! ピスタチオのペーストみたいな癖はないのに、ナッツのような旨味だけ感じられるわ」


 そういえば帝都の朝食ではクロワッサンの中に時々ピスタチオのペーストが入っていたな。


「さわやかでフルーティーな酸味も感じるわね」


「香りづけにレモンが絞ってあるからな」


 ペセジュ船長が種明かしをしたとき、若い青年が大鍋で煮込んだスープを運んできた。


「うちの母ちゃん特製、豆と野菜のスープだよ! 好きなだけ皿に取ってくれ」


 湯気にふわりと香辛料の香りが漂う。俺たちは大鍋に入っていた大きな木のスプーンで、空のスープ皿になみなみと具だくさんのスープを盛り付けた。


「温野菜がいっぱい入ってるわ!」


 レモがほくほくとした笑顔で、スープを口もとに運ぶ。船の上で採りたての海藻を食いまくっていたのはイーヴォとユリアだけだったから、レモは野菜不足になっていたのだろう。


 力強く香辛料が効いたスープは素朴な味わいながらも、飲むだけで活力が湧いてくるようだ。


 一方、俺の隣に座った姉ちゃんは豆のペーストが気に入ったらしく、パンにつけることもなく酒のつまみにしている。


「アンジェリカさん、こっちも大麦酒にあうよ」


 姉ちゃんの向かいに座ったペセジュ船長が隣のグループのほうから皿を引っ張ってきた。


「ちょっとしょっぱいけどオイル漬けにした小魚なんだ」


 さっそくフォークで刺して、口に運んだ姉ちゃんは、


「ああ、たまんないわ。ピリっとからみがあってお酒が進んじゃう」


 幸せそうに手のひらをほっぺに当てた。


 小魚のつまみを奪われた隣のグループは、酒が回ってきているのか大声で笑いあっていて全く気付かないようだ。


「ところでキャプテン・レモネッラ」


 ペセジュ船長がテーブルに身を乗り出して、斜め向かいに座ったレモに話しかけた。


「鳥人族を逃がす前に事情聴取したんだろう?」


 俺は右隣に座っているレモの顔を盗み見る。彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに余裕のある笑みを浮かべた。


「よくご存知ね」


「歌姫ジュリアが美しい声を響かせている間、あなたはずっと焼け焦げた船の上にいたからな」


「素晴らしい洞察力だわ」


 だがその洞察力をもってしても、俺とレモの本当の性別を見抜くことはできないのだ!


「キャプテン・レモネッラ、火大陸については私の方が詳しい。話してくれれば何か有益な情報を付け加えられるかも知れない」


 ペセジュ船長が真摯なまなざしをレモに向けると、レモの向かいに座ったメレウトさんも口をひらいた。


「いま聞かせていただいてもよろしいですか? 僕も役に立てるかも知れません」


 レモは首を小さく縦に振って了解の意を示すと話し始めた。


「まず彼らが私に忠告したのは、ほんの一滴不死鳥フェニックスの血を舐めただけの彼らと、盃で飲んだ族長ゲレグでは違うはずだということ」


 メレウトさんがナイフとフォークを皿に置き、唇を噛むのに気づきながらも、レモは言葉を続けた。


「彼らが言うには、メレウトさんの火魔法で消し炭になった兵長らしき男は、下っ端の鳥人族よりたくさん血を摂取していたんですって。だから不死の力が長く続いているけれど、一般兵は少しずつ、効果が消えてきていると言ってたわ」


「なんでそんなこと分かるんだ?」


 俺は、姉ちゃんが独り占めしていた小魚のオイル漬けを、パンにはさみながら尋ねた。


「血を舐めてすぐの頃は怪我をしても一瞬で治ったけれど、今は一晩かかるって。でも大将だけはずっと治癒能力が衰えなかったんですって」


 俺は納得したが、口の中がいっぱいで返事できないので、二度三度とうなずいて見せた。姉ちゃんが言っていた通り小魚はピリ辛で、パンの自然な甘みとぴったりだ。口いっぱいに広がる魚の旨味を堪能していたら、レモはみんなの方を向いて結論を告げた。


「族長ゲレグはあの大将以上に血を飲んでいるだろうから、私の聖魔法でゲレグの不死を解けるというのは、甘い考えかも知れないって」


「本当の切り札を持ってるのは俺の方だから心配ないよ」


 魚とパンを飲み込んだ俺は、民族衣装の腰紐からぶら下げた聖剣に視線を落とした。聖剣アリルミナスは俺に触れているときだけは羽のように軽いから、細い紐から下げていても問題ない。


「ジュリア、いくら君が声も姿も美しい稀代の歌姫とはいえ――」


 ペセジュ船長が言いにくそうに言葉を選ぶ。


「ゲレグは美少女に心を動かされるような甘い男ではないと思うぞ。なんせ実の息子の腕を躊躇なく斬り落とす非情なヤツだからな」


 痛そうな話を思い出させないでよ! 俺は反射的に片手で二の腕を撫でながら、断固として反論した。


「俺、美少女じゃありません!」


 そろそろ正体を明かしてもいいよな?


「謙遜することはない。偉大なる聖魔法の使い手と、美少女歌手と、怪力犬娘がかかったところで――」


「美少女じゃないもん!」

「犬じゃないもん!」


 俺とユリアが相次いで否定する中、


「ふっ、偉大なる聖魔法の使い手」


 レモだけがいい気になっている。レモの向こう側の隣から師匠が、


「レモさん、火の神殿がどのように守られているかについては訊きましたか?」


 スープ皿から豆をすくいながら冷静な声で尋ねた。




─ * ─




次回はレモが鳥人族から聞き出した話後編です!


なお彼らの席順は以下のようになっています↓


ペセジュ船長 ユリア メレウトさん

======テーブル=======

アンジェ姉ちゃん ジュキ レモ 師匠

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