29、火の神殿へはどうやって行くのか
ペセジュ船長とペセド兄貴の家は、水の大陸では見たことのない建築様式だった。屋根の傾斜が全くないので、大きな箱が鎮座しているかのようだ。所々からワラみたいなものが飛び出した日干しレンガの壁には、数か所だけ四角く切り取られた小さな窓が開いているが、ガラスは嵌まっていない。
「さあ、どうぞ」
ペセド兄貴が俺たちを気安く室内に入れてくれた。
強い陽射しが照り付けていた外とは違い、家の中はひんやりと涼しくて心地よい。足元にはカーペットが敷いてあり、殺伐とした外見からは想像できないくつろぎの空間が広がっていた。
「この離れは使用人たちが寝泊りしていた建物でしたので、寝室はたくさんあるんです」
ペセド兄貴が広い居間に面した複数の扉を示すと、ペセジュ船長が付け加えた。
「夜までには寝具の用意をさせるよ」
「場所を教えてくれれば俺ら、自分たちでやるよ?」
居候のくせにホテル並みの歓待を受けるわけにはいかねえからな。
「気が利くいい
茶器の準備をしながらペセド兄貴が目を細めると、
「だろ? うちに置いておきたくなっちゃうよな」
兄貴を手伝いながらペセジュ船長も相好を崩した。なんなんだ、この
危険を察知した姉ちゃんがすかさず、うしろから俺を抱きしめる。後頭部におっきなお胸を押し付けるのやめてくんねえかな。
外からは人々の浮かれた声が聞こえてきて、ユリアが犬っころみてぇな耳をぴくつかせた。
「みんなお食事のお話、してるの」
俺には会話の内容まで聞こえねえけどな。
「宴の料理分担について決めてるんだよ」
ペセジュ船長が教えてくれて、俺は納得した。
「鳥人族から解放されたお祝いですね」
「主賓は君たちだよ」
「えっ」
ペセジュ船長の言葉に驚いた俺に、彼女の兄貴が笑顔を向けた。
「当然じゃないか。君たちのおかげで村は救われたんだ。ウム族とレム族合同で君たちを歓待するからな。村の者が準備を終えるまで、くつろいでいてくれ」
古びた木のダイニングテーブルに座るよう促されて、俺たちは従った。ペセジュ船長が変わった香りの茶をテーブルに運びながら、
「君たちは明日の朝、火の神殿へ向かって旅立つのか? 鳥人族の族長ゲレグを討ち、精霊王様を救いに行くんだよな?」
「もちろん! 俺たちはそのために火大陸まで来たんだ!」
俺が力強く答えると、ペセド兄貴が笑顔になった。
「一番かわいらしい方が一番、勇ましいとは。ハハハ」
くそーっ、なんで笑うんだよ!?
レモと姉ちゃんと師匠が笑いをこらえる中、メレウトさんだけが真面目な顔で、
「神殿までの道は川沿いとはいえ、炎天下を歩くことになります。涼しい水の大陸から来た方にとっては厳しい旅となるでしょうから今夜、こちらのお宅でしっかり休ませていただけるのは助かります」
「川沿いならお船で行こうよ」
ユリアが間髪入れずに提案した。楽をするためならユリアの頭は回るのだ。なんせこいつは物見遊山の旅だと勘違いしてレモについてきたからな。
「でもユリア、火の神殿は山のふもとにあるのよ」
レモの言葉にぽかんとするユリアに、アンジェ姉ちゃんがかみ砕いて言い聞かせる。
「海沿いの村からだと、川を登ることになるから船は難しいんじゃないかしら?」
「俺が水を操るとか?」
言ってから川の水を逆流させたら、上流で氾濫したり、下流で水不足になったりしないかと心配になってくる。あれこれ考えていると、
「私の風魔法を船の帆に当て続けるのはどうかしら」
レモも案を出したが、師匠にすぐ却下されてしまった。
「不死身になった兵士たちの
唇をとがらせるレモを無視して師匠は付け加えた。
「ただ海陸風と言って、昼は海から陸に向かって風が吹きますから、急流でないなら自然の風を利用することも可能かもしれません」
「その通りなんですが、水上を進めない場所もあるんです」
あたたかい薬草茶で喉を潤してから、メレウトさんが答える。
「川を神聖なものと考えているイマヘ族は川に立ち入る部外者を、聖域を穢す者として攻撃対象とします。彼らの集落では舟をかついで陸の道を行く必要があります」
船室を供えた大型船での船旅は不可能ってことか。明日からの強行軍を想像して俺は内心げんなりしたが、ユリアと同類になりたくないのでポーカーフェイスを貫いておく。
「では明日の朝、小舟を用意しましょう。私たちも
ペセド兄貴の言葉に俺は少しホッとした。このときはまさか、あんな舟がお出ましになるとは思ってもみなかったからな。
火の山が夕日に照らされて赤く色づくころ、古い建物に囲まれた広場で宴が始まった。広場の四隅には火魔法でかがり火が焚かれ、茜色に染まった空へ金色の火の粉を散らしている。
「水の大陸からいらしたお客さんと、鳥人族の若様は真ん中へ」
俺たちは地元の人に背中を押され、石畳に置かれた長テーブルの中央に座らされてしまった。広場に並んだ木製テーブルはどれも色とりどりの布がかけられ、時折り吹きつける潮風に裾を揺らしている。
「やった、パン!」
俺の向かいでユリアがよだれを垂らす。船内では保存用の硬いビスケットしか食べられなかったから、石窯で焼いた香ばしい匂いには俺もうずうずしてきた。
「飲み物は大麦酒か、シナモンで香りをつけた蜂蜜水があるけど、どっちにする?」
ペセジュ船長が尋ねると、
「私は大麦酒で」
姉ちゃんが真っ先に答え、次に師匠とメレウトさんも同じものを頼んだ。
「私とこの子は蜂蜜水でお願いするわ」
レモが自分とユリアを指差す。
「ジュキは?」
レモに問われた俺の頭に、船で酔っぱらって沈没船で爆睡した嫌な記憶がよみがえってきた。仕方ねえ。
「俺も蜂蜜水のほうで」
村人たちもぞくぞくと席につき、飲み物が行き渡ったころ、年配の女性がペースト状のものが盛られた大皿を持ってきた。
「これつけて先にパンだけ食べてな。長旅で腹が減ってるだろ」
「クンクン。オイルとハーブの匂い。これ何?」
身を乗り出したユリアの尻尾が揺れているのが見える。
「豆と香草をすりつぶして、木の実を絞った油で練ったものだな。パンに塗って食べるとうまいんだよ」
給仕の女性は日干しレンガの建物に引っ込んでしまったので、代わりにペセジュ船長が答えた。
「へえ。じゃ、早速いっただっきまーす!」
ユリアが両手に平たいパンをつかんだとき、隣のテーブルで年配の男たちに囲まれていたペセド兄貴が立ち上がった。
「我が村の解放とウム族再興を祝い、また水の大陸からいらした方々と鳥人族の若様が精霊王様をお救いになることを祈願して、今夜は大いに飲んで食べましょう!」
「「「うおー!」」」
夕空の下、海の男たちが勇猛な掛け声で答えた。
─ * ─
次回は飯テロ回です!
レモが鳥人族から聞き出した話も一部明かされます。
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