28、火大陸上陸とウム族の集落

 桟橋を歩くと、久しぶりに味わう揺れていない地面に安堵がこみ上げてくる。


 ユリアが尻尾を左右に揺らしながら、


「まだユラユラしてる気がするのー」


 バランスを取るような仕草をする。


「ここが火大陸なのね」


 姉ちゃんは俺の肩を抱き寄せ、全体的に茶色っぽい景色を眺めた。低木は砂浜から吹く風のせいか、ややくすんだ色をしているし、海岸から見える建物はどれも日干しレンガを積み上げたようなベージュの壁だった。見慣れない景色が異国情緒をかき立てる。


 海賊船に擬態した二艘の大型木造船からぞくぞくと、避難していた人々が降りてきた。入り江にはウム族だけでなく、師匠たちの乗っていた船の持ち主であるレム族も集められていたから、そこらじゅうで家族が抱きあい、再会を確かめあっていた。


 一方で、そのほかの村から連れてこられたらしい兵士たちは、久々に故郷へ帰れると笑顔で仲間と肩をたたき合っている。


 人々の喜びが伝染して、俺とレモは互いの手を強く握りなおした。二人で顔を見合わせて笑いあう。


 大切なレモや姉ちゃんと離れ離れになったときの身を切るようなつらさも、再会できたときの安堵も感涙も、よく分かるから。


 目に涙を浮かべて人々の様子を眺めていたペセジュ船長のところへ、彼女と同じ赤い髪をした青年が近づいてきた。


「ペセジュ、よく皆を守り、無事に帰ってきてくれた」


「兄上こそ無事で――!」


 ペセジュ船長の言葉は途中から涙につまって出てこなかった。


 水の大陸から来た俺たち五人とメレウトさんは、抱き合う兄妹を見守った。だが、せっかちなペセジュ船長はすぐに涙をぬぐい、赤い髪にボロボロの布を巻いた兄を見上げた。


「兄上、彼らについて紹介せねばなりますまい」


 だが妹の硬い声とは対照的に、日に焼けた兄は鷹揚な笑みを浮かべ、俺たち一人一人を見た。メレウトさんが大きな羽をローブにしまおうとして、気付いた師匠が彼をかばうように背中に隠した。


「私はペセジュの兄で、ウム族の族長ペセドです」


 族長だった父親が亡くなったから、今はこの人が族長なのか―― 痛ましい気持ちで口をつぐんでいたら、レモが一歩前へ出て、優雅に貴族式の礼をした。


「水の大陸から参りましたレモネッラですわ」


「ユリアだよー」


「アンジェリカです」


 みんなファーストネームしか名乗らないのは、この大陸ではフルネームを明かすとしゅをかけられるという風習があるからか。


「えっと俺は――」


「ジュリアちゃんだよー」


 ユリアが勝手に俺を紹介しやがった。


「違う! 俺の名はジュキエーレだ」


「略してジュリアちゃんなの」


 ユリアがまた割り込む。略してもジュリアにはならねえだろ!?


 アンジェ姉ちゃんがくすくすと笑い出したせいで、すっかりなごやかな雰囲気になってしまった。


 師匠がにこやかに、


「アンドレアです」


 と言うのを聞いて、


「そんな可愛い名前だったの? おししょさま」


 ユリアがまたとぼけた質問をする。レモがユリアの頭についた犬の耳に口を近づけ、


「師匠だって生まれたときは可愛かったんでしょ。親御さんもうっかり可愛い名前をつけちゃったのよ」


 ひどい解説をした。


 メレウトさんが師匠のうしろで落ち着きなく冠羽を立てたり寝かせたりしていると、


「あなたは鳥人族の若様、メレウトさんですね」


 精悍なペセド兄貴が、ほがらかに話しかけた。メレウトさんが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でコクコクとうなずくと、ペセド兄貴は俺たち全員を見回した。


「皆さん、船旅で疲れているでしょう。私たちの家で休んでください。もとの家は火を放たれて燃えてしまったのですが、離れが残っていますから」


 彼のあたたかい申し出を、俺たちはありがたく受けることにした。


 砂浜を歩きながら、ペセド兄貴はメレウトさんに話しかけた。


「神殿を抜け出したあなたが、各地の部族を集めて反乱軍を結成していると噂になっていましてね」


「えっ、噂? 僕が神殿を抜け出したと!?」


 普段は落ち着いているメレウトさんの声が高くなる。


「はい、あなたをかくまっている者はいないかと、村の各家を鳥人族の兵が探し回っていましたから」


 息子が突然姿を消したのだから、ゲレグ族長が気付かないわけはないんだよな。


 ペセド兄貴は砂浜から草地に変わった道を歩きながら、話を続けた。


「それが今日になって、あなたがレジェンダリア帝国の者を率いて攻めてくるから入り江を守れと、鳥人族たちが命令してきたのです」


 未来予知の力を使ってゲレグ族長は、俺たちの到着を知ったのか。


 足元の雑草にはところどころに焦げた跡が残り、低木の幹も火魔法の被害を受けたらしく、黒ずんだ箇所がたくさんある。まだ癒えぬ戦の傷跡に暗い気持ちになっていたら、


「そういえば船に残っていた鳥人族どもは――」


 ペセド兄貴が黒焦げになった船のほうを振り返った。心臓が止まりそうになったとき、アンジェ姉ちゃんの声が響いた。


「船から脱出しようとして、海に落ちて死んだのでしょう。全員、弱っていましたから」


 一瞬の間をおいて、ペセド兄貴は催眠術にでもかけられたかのように首を縦に振った。


「そうですね」


 感情のこもらない彼の答えに、最後尾を歩くメレウトさんがボソッとつぶやいた。


しゅだ……」


 姉ちゃんの力はそんな怖いものでは、断じてない! ――はずである。


 海を背に歩き、まだ戦火の生々しい集落に入って少しすると、


「おっきなお山が見えるの」


 ユリアが村のうしろにそびえ立つ、山頂のへこんだ山を指さした。


「あれが火の山です。ベヌウ――不死鳥フェニックスはあの山のふもとにある神殿の地下に閉じ込められているんですよ」


 メレウトさんの言葉に全員が火の山を見上げる。肉眼で火の神殿を確認することはできないが、あの山のふもとに俺たちの宿敵が待っているってわけだ。思わず武者震いをしたとき、ペセドの兄貴が足を止めて振り返った。


「着きました。ここが我々の家です」




─ * ─




次回は「火の神殿へはどうやって行くのか」話し合います。

後半は宴です! ジュキは酒を飲むのか、自重するのか、酒に飲まれるのか!?

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