26、メレウトさんの覚悟とペセジュ船長の変化

 レモを甲板に下ろすなり、


「ジュキちゃん、かっこよかったわ!」


 すぐに姉ちゃんが俺を抱きしめてくれた。


「天候を操れるなんて神話に出てくる英雄みたい!」


 うんうん、銀色に輝く鎧を着こんで大きな剣を片手に、馬を操って巨大な魔物に向かってゆくヒーローのイメージだよな、俺って!


 だが俺の上機嫌は、


「さすが姫と呼ばれるにふさわしい!」


 ペセジュ船長の言葉で奈落に突き落とされた。


「強大な力を持っていても命を奪うのではなく、救うために使う。姿だけでなく心まで美しい君を疑ったことを、私は恥じるべきだな」


 恥じなくていいから姫扱いするのをやめてほしい。反論しようと口をひらきかけたとき、入り江に浮かぶ小舟から鳥人族に向かって火魔法が放たれた。


「えっ」


 驚いて見下ろすと、支配を受けていた兵士たちが次々と、焼け焦げた甲板に倒れる鳥人族に向かって攻撃を始めたところだった。


「ゆ、許してくれ! 俺たち、やりたくてやったんじゃないんだ!」


 もとは豪華だった甲板の焦げた手すりから、鳥人族の一人が顔を出して訴える。


「ゲレグ様に操られていたんだよ!」

「お前たちの村を襲ったことは心から謝罪する! 命だけは――」


 泣き叫ぶ姿はあまりに憐れだ。


「みんなを止めなくちゃ!」


 再び飛び立とうとした俺の肩に、メレウトさんが手を置いた。


「いくらしゅに縛られていたとはいえ、これは我々鳥人族が受けてしかるべき裁きです。僕もベヌウを救い出したあとは、ほかの部族の皆さんに殺される覚悟です」


「おかしいよ、せっかく助かった命を無駄にするなんて! そんなの不死鳥フェニックスだって望んでない!」


 裁きを受けるべきはゲレグ族長と、彼に賛同した部下たちだ。本人の意思と無関係に戦場に送られた鳥人族や、メレウトさんみたいに現状を変えようとした人が命を奪われるなんて――


 思わず涙目になった俺の頭に、ペセジュ船長が手のひらを乗せた。


「私も鳥人族に恋人の命を奪われたから、恨みをつのらせている彼らの気持ちも分かる。止めようとすれば、私たちに向かってくるだけだよ」


 メレウトさんも厳しい表情のままうなずいて、


「僕や君の魔法なら彼らを止めることもできるが、それは父がしたのと同じことです。僕は力による支配なんて望まない」


 厳しい口調で言い切った。


 だがアンジェ姉ちゃんがペセジュ船長から俺を取り返すように、うしろから抱き寄せてくれた。


「でもジュキちゃんなら、怒り狂う人々を止められるかもしれないわ」


 言うなり姉ちゃんは、入り江を見下ろしてぱんぱんと手をたたいた。近くの小舟に乗った数人が俺たちのほうを振り仰いだが、また鳥人族を攻撃しようとする。


「みんなー、ちゅうもーっく!」


 アンジェ姉ちゃんが突然大声を出した。さすが荒くれ冒険者たちの喧嘩を止めてきた冒険者ギルドの受付嬢だ。澄んだ声質なのに力強い音色が響き渡る。意識しているのかいないのか威嚇ブラフを発動しているらしく、入り江にいる誰もが命じられた通り姉ちゃんに注目した。


 さざ波の音と海鳥の声だけが聞こえる入り江に、姉ちゃんの声が響いた。


「稀代の歌手のリサイタルが始まるわよ!」


 へー、どこに稀代の歌手が? って俺じゃん!


 姉ちゃんの精神操作系ギフトの影響はかなり強いようで、小舟に乗った人々は鳥人族へ攻撃するのを忘れたみたいだ。


「さっきウム族の海賊船が入ってきたときに歌ってた子か!」

「あの歌がまた聴けるなんて!」

「待ってました!」


 みんなの期待を一身に集めてしまった俺は、慌ててまた亜空間収納マジコサケットから竪琴を取り出す。


「じゃあ、みんなから見えやすいように舳先に座って歌うねっ!」


 甲板から声を張ると、


「か、かわいい!」

「話し声も綺麗だなあ」

「なんたる美少女!」


 盛んに褒められるが、誰も俺を水の大陸一の強さを誇る英雄だと気づいてくれないのは悲しいところだ。


 船べりに両手を置いたユリアが尻尾を振りながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「美しき銀髪の歌姫ジュリア、オン・ステージ!」


 背の高い姉ちゃんは腰に両手をあてむらがる小舟を見下ろした。


「芸術の都と名高いレジェンダリア帝都を席巻し、音楽にうるさい皇后陛下の寵愛を受けている最高の芸術家が、あなたたちの自由を祝って歌うわよ!」


 俺がオペラ劇場で歌ったとき姉ちゃんは帝都にいなかったのに、全部知ってるのかよ! レモから悪影響受けてねえか!?


 竪琴片手に舳先へ向かおうとすると、被疑者レモが俺に声をかけた。


「ジュキは火災をのがれた鳥人族たちも救いたいのよね?」


「ああ、でもあの人たち、ずいぶん弱ってたよな」


 考えてみたら、俺が歌でウム族たちの注意を惹きつけている間に入り江から離れるのは難しいか?


 レモはふっと息を吐いて、


「仕方ないわね」


 小声でつぶやいてから、ペセジュ船長に向き直った。


「私の聖魔法なら鳥人族たちの体力を回復させられます。彼らを逃がしてもよいのかしら?」


 横から口をはさんだのはメレウトさんだった。


「いや、彼らには罪のつぐないを――」


 だが皆まで言う前に、ペセジュ船長が手のひらを向けて止めた。


「キャプテン・レモネッラ、鳥人族たちに回復魔法をかけてもらえるよう、私からお願いする」


 驚いたのはメレウトさんだ。


「よいのですか? あなたの恋人の仇もあの中にいるかも――」


 言いよどむ彼に、ペセジュ船長は悲しげに目を伏せた。だが口もとにはやわらかい笑みが浮かんでいる。


「彼は代々、私たち族長の血筋にある者を守る戦士の家柄だった。だから多くのウム族が捕虜の兵士となったにも関わらず、あの人は私の両親を守って命を落としたんだ」


 俺は口をはさめずに唇をかんだ。


「だが鳥人族の彼らにも帰りを待つ恋人がいるかも知れない。年老いた親や姉妹もいるかもな。我々が怒りに任せて彼らを殺害すれば、その家族や想い人は私たちに恨みを抱く。私自身がそうであったように」


 ペセジュ船長の横顔に影が差す。だが彼女はすぐに強いまなざしで宣言した。


「復讐を繰り返していたら火大陸の抗争は終わらない。今の私が持つべきは戦士の強さではなく、ジュリアが見せてくれた乙女の優しさだと気付いたんだ」


「彼らの命を救っていただき、ありがとうございます!」


 メレウトさんは深々と頭を下げた。


 話がまとまってよかった。胸をなで下ろして再び舳先へ上がろうとしたとき、うしろからレモがささやいた。


「でもジュキ、覚えておいてね。誰かがジュキを傷付けたら、私は考え得るもっとも残忍な方法で、その相手に復讐するから」


「う、うん」


 震える声で返事をすると、姉ちゃんが腰をかがめて俺の耳たぶに唇を近づけた。


「私もよ」


 なんか俺の周り、怖い女性ばっか――じゃないよな。俺を愛してくれる優しい女性たちに囲まれてるんだ!




─ * ─




次回はユリアの振りの通り、ジュキくんオン・ステージです!

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