25、天候魔法が火災を止める!

「そんな! ジュキちゃんに危険なこと、させられないわ!」


 案の定、過保護な姉が止めようとするが、俺は聞こえなかった振りをした。心配性の姉ちゃんには悪いけど、レモやメレウトさんに男らしさで引けを取るわけにはいかないんだ!


 精霊力を操って、レモをお姫様抱っこする。


「我が力の結晶たる氷よ、我らを包みたまえ!」


 陽射しに輝く氷の結界をレモと自分の周りに張り巡らせて、俺は背中の翼を顕現して舞い上がった。


「おお、綺麗だな」

「まるで神殿に描かれた壁画のようだ」

「歌声だけでなく、使う魔法まで美しいとは」


 ペセジュ船長だけでなくみんなが口々に俺を褒めてくれるが、誰も男らしいって言ってくれないのが引っかかるんだよなあ。


 敵船に近づくと、炎がマストの一本に燃え移って帆を焦がし始めていた。鳥人族たちは必死で消火しているが、火の勢いは強い。


「聖なる光よ――」


 レモが俺の腕の中で聖なる言葉を唱え始めた。


「自然のことわり捻じ曲げたるしがらみ解きて――」


 俺たちの周囲にぼんやりと、あたたかく心地よい光がわき起こった。


 一方、甲板の上ではメレウトさんの火魔法に包まれた敵将が、水の入った桶を奪おうと鳥人族の一人に近づいてゆく。だが死と再生を繰り返す男は、素早く動けないようだ。部下の鳥人族は桶の水をマストにかけてしまった。この隊長、人望皆無だな……


「――いましめに囚われし者をあるべき姿に戻したまえ」


 レモの聖魔法が完成したことを悟った俺は、火柱をあげる敵船へとさらに下降する。熱で溶け続ける氷の結界を精霊力で新たに作り出し、甲板すれすれまで来たとき、


聖還解呪リトルナ・アル・ゼロ!」


 レモが聖魔法を解放した。彼女の両手から淡い光が放たれ、波紋のように広がってゆく。白い光は炎に囚われた男を包み込み、続けて消火作業を続ける鳥人族たちへと向かって行った。


「グァ……ガ、アァ――」


 炎の中から声にならないうめき声が漏れ、鳥人族の隊長は膝からくず折れた。


「な、ぜ……だ――?」


 不死身だったはずの男は甲板に這いつくばり、助けを求めるように片手を伸ばした。だがその手は空をつかんだだけで力を失い、炎に呑まれて灰と化していった。


 一方、白い光に包まれた鳥人族たちの体にも異変が生じていた。ある者は船べりに片腕を置いて体を支え、また別の者は甲板に両ひざをついて荒い呼吸を繰り返している。


「一体、俺たちの体に何が――」


 鳥人族全員に同じ症状が現れているようだ。


「さっきの白い光だ…… 不死じゃなくなったんだよ」

「まともな体に戻れたんだ」


 絞り出す声に力はなかったが、歓喜の色がまざっていた。意思に関係なく、族長ゲレグによって不死身にされていたんだな。


「不死の肉体を得て以来、忘れていた疲労感が戻ってきてしまった――」


 鳥人族のつぶやきから、俺は推測する。


不死鳥フェニックスの生き血を舐めると、疲れ知らずになるってことか?」


「そうみたいね。徹夜して魔術研究したい師匠がうらやましがりそう」


「俺はゆっくり眠りてぇな」


 炎を上げる船から距離をとりながら本音をもらすと、腕の中のレモがいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「私はそんなジュキの寝顔を眺めていたいわ!」


「お、おい」


 首から上がカーっと熱くなる。だが鳥人族たちの、


「船が、燃え落ちる――」


 絶望に染められたつぶやきが聞こえてきて、俺は赤面している場合じゃないと思い出した。


 船の周囲では、ウム族やレム族、そのほかの部族の人たちが必死で逃げようと櫂を操っているが、小舟の数が多くなかなか進めない。空へ向かって真っ赤な炎と煙を吐き出すマストが、ゆっくりと折れ始め、潮風にはいくつもの悲鳴がまざった。


「消火は俺に任せろ!」


 俺は叫ぶなり、レモを腕に抱いたまま青空を見上げ、意識を集中した。


そらから来たりし数多あまたなる氷雨ひさめよ――」


 俺の声にこたえて、澄み渡っていた青空に暗雲が広がってゆく。冷たい風が吹きつけてくると、人々は恐ろしげに空を見上げ始めた。


ほむらを包みて力を奪い、めっしたまえ!」 


 俺の言葉が空を支配するかのように、黒い雲が不穏に渦巻く。その直後、燃えさかる船めがけて一斉に氷の粒が降りそそいだ。雹が甲板に打ち付ける派手な音が辺りに響き渡る。


「すごいわ。本当に火事になっている場所にしか雹が降って来ないなんて!」


 俺の腕の中でレモが感嘆の声をもらす。


 船を舐めまわしていた炎の舌は、巨大な氷の塊に打たれるたび勢いを失い、火の粉を散らして消えてゆく。火の手が次第に小さくなるのと対照的に、木材の焦げた臭いが冷気に乗って強く漂ってきた。


 降り続いた氷の嵐が最後の残り火に勝利を収めると、焼け残った船からは死者の魂を追悼するように黒煙だけが二筋、三筋と空高くのぼっていった。


「た、助かった――」

「ああ、俺たちみんな生きてるな」

「白い翼を生やした愛らしい天使に救われたんだ」


 焼け残った甲板の端で寒さに震えていた鳥人族の男たちが、かすれた声でつぶやいた。不死の状態から通常の肉体に戻って、ずいぶん負担が大きかったようだから、海に飛び込んでも岸まで泳げないと判断して甲板に残っていたのだろう。


「もう大丈夫みたいだな」


 俺はレモとうなずきあうと、アンジェリカ姉ちゃんたちの待つ船へ向かって翼を羽ばたいた。


 これで無事、火大陸へ上陸できると思ったとき、予想もしていなかった問題が発生した。


 小舟の上からウム族かレム族かそれともほかの部族か、鳥人族に支配されていた兵士が、黒焦げになった船を指さしたのだ。


「なあ、鳥人族どもの様子、おかしくねえか?」

「ずいぶん弱って見えるな」

「俺たちをさんざん苦しめやがって」


 嫌な予感にさいなまれながら、俺はレモを抱えたまま、姉ちゃんたちが様子を見守る木造船に降り立った。




─ * ─




一難去ってまた一難!?

引き続きジュキが活躍――するはずです!

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