24、鳥人族の敵将はやっぱり不死身!?
「兄上!」
悲鳴にも似た声は、俺たちの乗る船から聞こえた。仰ぎ見れば舳先に立っていたペセジュ船長が、透き通った波の結界を通して、一艘の小舟を見下ろしていた。
「それから村のみんなも――」
ペセジュ船長の声が涙で途切れる。
甲板に残っていた数人の船員たちも口々に家族の名を呼び始めて、俺は気が付いた。入り江を守らされている兵士たちの中には、ウム族の人々もまざっているのだと。
俺たちのうしろを航行していた木造船からも、
「あれはわしの息子たちだ!」
と喜びの声が上がっている。
だが再会を喜ぶ人々の笑顔は、入り江の最奥に鎮座する豪華な船から聞こえた怒声に塗りつぶされた。
「愚か者どもめ、誰が攻撃をやめてよいと言った!? 命令に従えぬ者は全員、海底に沈めてやるから覚悟しろ!」
物騒な声の主は入り江に停泊している船の甲板で、立派な椅子にふんぞり返っていた。彼の周囲にも五人ほど、弓矢を手にした男たちが立っている。
「あいつらが鳥人族か?」
俺が大きな船の甲板をにらみつけると、野生の視力を持つユリアが報告した。
「お耳のあたりに、ちっちゃな羽が生えてるの」
「それが先祖返りしていない鳥人族の特徴です」
メレウトさんがうなずいて答えたのと同時に、敵船の甲板に座っていた男が、
「やれ」
短く命じた。周囲の男たちが弓矢を構える。
「くそっ、海よ――」
俺が小舟に乗ったウム族やレム族の人々を守ろうと水の精に呼びかけたとき、
「なぜ攻撃せぬ!?」
再び男の怒号が飛んだ。見れば弓矢を構えた男たちは誰一人として火矢を放つことなく、代わりに互いの様子を確認しあっている。例えるなら最初の音が分からなくて、顔を見合わせながらも歌い出さない子供たちの聖歌隊みたいだ。一体どうしたんだ?
俺の疑問は感動に震えるメレウトさんの声によって解けた。
「すごい! 歌姫さんの美しい声が父の邪悪な
そういうことなのか! よかったとつぶやきかけるも、俺はひらきかけた口を閉じた。
「ええい、どいつもこいつもわしの命令を無視しやがって!」
敵の甲板でただ一人座っている男が、手にした扇のようなもので椅子の肘掛けをたたいたのだ。ブツブツと不思議な発音で何事かつぶやき始めたので、怒りで気でも触れたのかと眺めていたら、
「いけない、攻撃が来ます!」
メレウトさんが叫んだ。あの聞き取れない音が火大陸の呪文なのか!
「凍れる壁よ、我らを守りたまえ!」
俺はとっさに二艘の大型船と、その周囲に散らばる小舟を氷壁で囲んだ。
だが放たれた火魔法の的は俺たちではなかった。小さな炎が無数に降りそそいだ先は、入り江を守るウム族やレム族の人たちだったのだ!
普通、侵入者である俺らに直接攻撃するだろ!? 残忍な大将め!
簡易的な鎧に火が燃え移った兵士たちは悲鳴を上げて、次々と海へ飛び込んでいく。
ペセジュ船長は舳先から飛び降りると、船べりから身を乗り出した。
「兄上、今助ける!」
「俺に任せてくれ」
ペセジュ船長を押しとどめ、俺は海へと呼びかける。
「波よ、汝の中に落ちた者らを救いたまえ!」
海面が生き物のようにうねって人々を
「なんで俺の歌、あの大将みてぇな男には効いてないんだ?」
「彼は自分の意志で父に従っているのでしょう」
怒りをにじませたメレウトさんの答えに、レモが不敵な笑みを浮かべた。
「それなら遠慮なく攻撃できるわね。本当に不死なのか試してみたかったの」
「じゃ、俺から」
レモが呪文を唱えているすきに俺は、性格がねじ曲がっているであろう肘掛け椅子の男を指差した。
「水よ、
透き通ったつるぎが海から現れ、敵船の甲板に向かって
肘掛け椅子の男は、フンとあざけるように鼻を鳴らすと、やすやすとつるぎを避けたかに見えたが――
ヒュンッ
男の耳横をすり抜けたつるぎが、彼のうしろでくるりと方向を変えた。
「ぐわぁっ!」
後頭部にしんしんと水の刃が突き刺さる。そいつは俺の意のままに駆けるんだから、よけられねえんだよ。
男の首がガクンと前に落ちた。だがそれは一瞬のことだった。
「グワハハハ! 効かぬわ!」
勢いよく立ち上がり、またさっきの聞き慣れぬ発音で呪文を唱え始めたところへ、
「
レモの風魔法が命中する。
「ギャッ!」
風の刃は男の首を真一文字に切り裂き、後方の空へと飛び消えた。落とされた生首が血を吹き上げながら甲板を転がったので、
「うわぁ!」
俺は思わず両手で顔を覆った。
「さすが男性は思い切った攻撃をするものだな」
うしろからペセジュ船長の感心する声が聞こえて、俺はポカンとして振り返った。
「男性って?」
「ハハハ。ジュリアの婚約者、キャプテン・レモネッラのことさ。女装男子とはいえ中身は男らしいんだなと」
まだレモを男だと信じているペセジュ船長はさわやかに笑っている。
「えっと」
反論を試みようとしたレモが、ツインテールに民族衣装姿の俺を見て躊躇している間に、今度はメレウトさんが魔法を完成させた。
「セケル・シャーム!」
特大の火魔法が
「火魔法、弱ってたんじゃあ……?」
燃えさかる炎の強大さに唖然とするレモに、メレウトさんが困ったように頭のうしろをかいた。
「これでもずいぶん火力が衰えてしまったんです」
やっぱり先祖返りは半端ねえ。しかも精霊王の想い人だもんな。敵として相対していたら厄介だったろう。味方についてくれてよかったぜ。
「メレウトさんも
だがペセジュ船長があごを撫でつつ分析するのが腹立たしい! 一番最初に攻撃したのは俺なのに!
火だるまになった男は燃えさかる船の上で右往左往している。全身やけどを負っても死ねずに再生を繰り返すって、むしろ残酷だな……
炎にまとわりつかれた腕を伸ばしたせいで、甲板に転がる生首にも火が燃え移った。俺が水魔法で加勢すると逆に邪魔をしてしまうので、手を出せないのが悔しい。
「死にませんね、やはり」
メレウトさんが、甲板を転げ回る火だるまを見ながら、冷たい声でつぶやいた。恋人の血を飲んだ男への怒りが全身から吹き出して、太陽が真上から照り付けているのに周囲の温度を一気に下げる。普段が温厚なだけにギャップが怖い。
「新開発の聖魔法を試してみましょう!」
ウキウキと楽しそうなレモは、メレウトさんの放つ絶対零度のオーラなど気にも留めない。
「でも燃えている船に近づくのは危険だわ」
異を唱えたのはアンジェ姉ちゃんだった。聖魔法は飛び道具系の攻撃魔法とは違って至近距離でかけるものだからか。ギルドの受付で働いていた姉ちゃんは、やっぱり幅広く魔法の知識を身に着けているんだな。
「そう、船で近づくわけにはいかないのよ」
レモは姉ちゃんの言葉を肯定して、俺を振り返った。
「だからジュキ、私をつれてって?」
甘えるように上目遣いで見つめられて、俺はついとろけそうになる。だがこれは俺の見せ場なのだ!
「よし、氷の結界できみを守ろう!」
─ * ─
次回、ようやく主人公が活躍します!
ジュキ「今まで活躍してなかったみたいに言わないでっ」
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