三、火大陸上陸

23、火大陸上陸作戦、開始!

 船の操縦に必要な数名を残して、ウム族の皆には船室へ入ってもらった。入り江に待ち構える小舟の船団を望遠鏡からのぞきつつ、


「魔術の応酬になるのかな?」


 火大陸の戦い方を知らない俺は、ペセジュ船長とメレウトさんに尋ねた。


「ほとんど火魔法だけどな。補助魔法として風魔法を使うくらいだ」


 ペセジュ船長が明確に答えてくれる。やっぱり火大陸には、俺たちの言葉でいえばギフト<火魔法フオーコ>を授かる人が多いのだろうか?


 ペセジュ船長が付け加えた。


「火大陸北部のどこからでも火の山が見えるんだ。人々は、古代からたびたび火を吹いてきた火の山をおそれ、うやまってきた。それで火魔法を使える者が祝福されたり、赤い髪は縁起がいいなんて言われるようになったんだ」


 火魔法を風魔法で飛ばして火矢のように放つ攻撃が主となるそうなので、周囲の海水に俺の精霊力を混ぜ込み、波を結界のように立ち上げる。


「ジュリア。この波、船と一緒に移動して素晴らしいけど、私たちの方からも敵が見えにくいし迎撃できないんじゃないか?」


 火が飛んできて船が燃えたら怖いじゃん! なんて言うのはかっこ悪いので、俺が口を尖らせていると、レモが答えた。


「わざわざ彼らと戦う必要なんてないわ。シャーマンであるゲレグ族長に縛られているのは鳥人族だけなんでしょう?」


「父が火の山のふもとにある神殿から出てくるとは思いません」


 メレウトさんが証言したのに続いてペセジュ船長が、


「我々は信頼できない相手にフルネームを教えたりしないし、簡単に覚えられないよう、たくさんミドルネームを持っているんだ」


 と付け加える。相手の名を用いて縛る術は、使える者こそ少ないものの火大陸では有名なのだそうだ。


 レモは腕組して作戦を打ち明ける。


「入り江をふさぐ船に乗っているのは制圧された部族の人々で、不死身の鳥人族を恐れて戦わされてる士気の低い兵士たち。私たちは結界を張ったまま強行突破して上陸しちゃえばいいのよ」


 レモらしい力技だ。


「彼らに命令している鳥人族をつかまえて、とっとと新作聖魔法を試してみましょう!」


 レモがぐっとこぶしを握ったところへ、姉ちゃんが人々を船室へと避難させ、甲板へ戻ってきた。


「レモさんったら早く新しい魔法を試したくてしょうがないのね」


 そういうことか。


「結界を張ったまま上陸したら、陸にいるかも知れない鳥人族と、入り江に船を浮かべた戦士たちの間で挟み撃ちにされるんじゃないか?」


 用心深いペセジュ船長が水を差す。すでに入り江からは威嚇の炎が放たれているが、俺たちが分乗する二艘の海賊船までは届かない。メレウトさんは望遠鏡で入り江を確認しながら、


「あの大きな船が鳥人族のものでしょう」


 もっとも陸に近いところに陣取っている、豪華な装飾のほどこされた船を指さした。


「我々鳥人族は人数の少ない部族なのに、各地に見張りの兵をばらまいています。あの船に乗っている鳥人族がこの地域に配置された兵士全てで、陸にはいない可能性が高いと思いますが」


「絶対にいないとは言えないんだよな」


 懸念を示すペセジュ船長に、


「じゃあさぁ」


 甲板にぺたんと座ってイカの足をくわえていたユリアが久しぶりに発言した。


「歌姫ジュリアちゃんが子守唄を歌ったらいいんじゃない? ペセジュ船長を寝かせたときみたいに」


「おぉーっと!」


 俺は慌ててペセジュ船長とユリアの間に踊り出た。


「ペセジュ船長! 実は俺、相手の戦意をそげる魔道具の竪琴を持ってきてましてね!」


 ということにしておく。冷や汗を流しつつ、亜空間収納マジコサケットから竪琴を取り出した。


「あれぇ? ジュキくんの力は――」


 ユリアが首をかしげるが、勘の良いレモが何かを察したらしく、うしろからユリアを羽交い絞めにしてくれた。


「ねえジュキ、何歌うの?」


「あ、まだ決めてねえんだ」


 竪琴を調弦しながら答える。敵から放たれた火魔法か火矢が時々シュッと音を立てて、俺たちの周りの海へと落ちてゆく。


「じゃあリクエストしていい?」


 上目遣いのレモ、かわいいなあ。ユリアの口をふさいだままだけど。


「もちろん」


 俺が答えると、レモは恥じらうように頬を染めた。


「私のお誕生日に歌ってくれた曲あるでしょ。あの歌を聴きたいの」


 魔法学園敷地内にある職員寄宿舎の厨房で、師匠が手作りケーキを焼いてくれた日のことだ。


「俺のオリジナル曲をリクエストしてくれるなんて嬉しいよ!」


「えへへ。私はジュキの美しい歌声を、風魔法でみんなに届けるわね!」


 レモは頬をほんのり朱色に染めて、呪文を唱え始めた。


聞け、風の精センティ・シルフィード――」


 潮風とは異なる涼やかな風が、ふわりとレモの周りに集まってきた。


「麗しきうた、汝がたなごころにて遥かなる地まで運びたまえ。拡響遠流風ポルタソンロンターノ


 レモの魔法が完成すると俺を中心にそよ風が巻き起こり、放射状に広がっていくのが、さざ波の立ち方で分かった。


 竪琴を構えなおすと俺は、かぎ爪の先で軽く弦を撫でた。マストをはためかせる潮風に震える弦の音色がとけこんで、竪琴から響く分散和音アルペジオが、海から立ち上る力強い波音とハーモニーを奏でる。


 前奏がわりに四小節分のコードを弾いてから、俺は歌い出した。


「終わらぬ夜に昇らぬ陽

 絶望だけが積みあがる

 あかり届かぬ独房に

 斯様かような日々に 舞い降りし君」


 うねり高鳴る波の上で情熱的にうたを紡ぐ。レモに視線を送ると、彼女はまるで世界に俺しか存在しないみたいに、一心にこちらを見つめていた。


 だが入り江に近づくにつれ船に飛来する火魔法は、増えていく。


「その笑い声 初夏の風

 輝く瞳は木漏れ日か

 俺の手を引き連れ出した

 青く澄んだ空のもと」


 俺を見つめるレモの瞳は熱に浮かされたようにうるみ、頬は紅潮し、唇はかすかに震えている。


 同時に俺はふと、入り江からの攻撃が次第にまばらになっていることに気が付いた。歌声魅了シンギングチャームが効いているのか、それとも船の周りを取り囲む波に阻まれて、攻撃が届かないと悟ったからなのか?


「さすがジュキちゃんだわ。あんなヘボい攻撃しかできないやつら、敵じゃないわね」


 嬉しそうなアンジェリカ姉ちゃんに答えて、


不死鳥フェニックスの力が弱まっている今、火魔法はさしたる威力を発揮しませんからね」


 師匠が冷静に分析する。


「失っていた この息吹き

 望めば徐々に 変わりゆく

 夢をみること 遠くても

 歩きだすこと 今ここから」


 力強い波音を凌駕する愛をこめて、いとおしい人への想いを歌い上げると、頭上を舞う海鳥たちがにぎやかな観客のように歓声を送ってくれる。レモはそっとまつ毛を伏せて、潮騒と俺の歌に心を傾けていた。


 肉眼で敵の顔が判別できるくらいまで近づくと、どういうわけか攻撃が完全に止まった。


 戦場のただ中にぽっかりとあいた静寂を、波音と海鳥の鳴き声と、俺の歌が満たしてゆく。


「君のおかげで 思い出す

 過去がどれほど 暗闇に

 沈めど君と めぐり合い

 いまや全てが 輝かん」


 高音のフレーズを気持ちよく歌い終えたときには、レモの呼吸は浅く、瞳はすっかり夢見心地になっていた。


 竪琴で和音を奏でていると、船の右側から人々の声が聞こえてくる。


「なんと明るく、すがすがしい歌声なんだ」

「失っていた感情が戻ってくるようだよ」

「ああ、恵みの音楽、救いの歌声だ!」


 よし、火大陸に残された人々も仲間になってくれそうだ!


 だが左側から聞こえてきた声は、右側の幸せそうな声とはまるで違っていた。


「よく見ろ。あの船は――」

「海賊船の旗を掲げているが間違いない」

「なぜ戻ってきたんだ!?」


 切迫した物言いの中に悲壮感が漂っている。


「兄上!」


 悲鳴にも似た声は、俺たちの乗る船から聞こえた。




─ * ─




ジュキの歌声で無血開城となるのか? 火大陸上陸はそんなに簡単じゃない!?

次回、鳥人族の敵将はやっぱり不死身のようです……

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