21、クロリンダ、大海のゴミとなる

 魔石救世アカデミーが残したラビースラ謹製の魔石は、レモが全て聖魔法で浄化したはずなのだ。


「あら、アタクシが可愛げのない妹なんかに、大切なお友達について教えてあげるとお思い? 人望のあるアタクシには、レモネッラにはない人脈があるのよ」


「へぇ、クロリンダ嬢、サムエレさんと友達だったのか」


 間の抜けた感嘆は、クラーケンの腕にグルグル巻きにされたままのニコのものだ。


「サムエレだって!?」


 俺は同村出身の男の名を思わず繰り返していた。


「あいつ、帝都劇場のスタッフとして真面目に働いてるんじゃなかったのか!?」


「それは表の顔なんですよ、ジュリアちゃん!」


 ニコが恋のライバルの株を下げようと、大声で情報提供してくれる。


「サムエレさんは劇場に訪れる帝都の貴族をボックス席に案内するとき、妙な話を持ち掛けて、変な魔石を売っているんです!」


 ニコの説明に、レモの表情が険しくなった。


「アカデミーを去る前に呪われた魔石を持ち出していたのね」


 悪知恵が働くサムエレは、魔物や人間を操る魔石に利用価値があると踏んだのだろう。そして事実、俺たちの前には悪徳商人に引っかかった愚かな貴族が一人――


「おーほっほっほ! あの男はアタクシに頼み込んだのですわ。アタクシの身に着けた宝石は本物だから、目利きの宝石商なら見逃すことはない。特別な魔石と交換してはもらえないかと」


 本物とか特別とかいう言葉に乗せられてしまうクロリンダ嬢は、本質的には自分に自信がないんだろうなあ。


「妹が優秀すぎるってのも不幸だよな」


 不用意な考察を漏らしたのは失態だった。クラーケンの上に立ったままのクロリンダが、ひたと俺に視線を据える。


「そこの銀髪小娘、誰かと思ったら帝都劇場で騒がれてたちんちくりんじゃないの! あなたがイーヴォを篭絡ろうらくした歌手だったのね!」


 バレちゃった。


「許せないわ。レモネッラをしのぐ貧乳のくせに、イーヴォをたらしこんで船旅デートだなんて!」


 こ、怖い。妄想を根拠に恨みを燃え上がらせる思考回路は圧巻だ。


「白い服で清楚ぶっているあばずれ歌手め、クララの墨でけがされてしまえ!」


 クロリンダが俺を指さすと同時に、クラーケンの口から真っ黒い墨が飛び出した! 


吹飛嵐ヴォーラヴェント!」


 レモが間髪入れずに風魔法を解き放ち、全ての墨を吹き飛ばす。舌戦に参加してこないと思ってたら呪文唱えてたのか。


 突風によって逆流した墨はすべてクラーケンとその上にいたクロリンダ、そして吸盤に絡めとられていたイーヴォとニコに降りそそいだ。


「真っくろリンダになっちゃった」


 ユリアがぽつんとつぶやくと同時に、


「きゃぁぁぁっ、なんてこと! 美しいアタクシが!!」


 クロリンダの絶叫が青い海に響き渡る。


「綺麗にしてやろうじゃねえか、お嬢さん」


 俺はにやりと笑って海に呼びかけた。


「大海よ、荒波にて不浄なるもの洗い流したまえ!」


 ゴゴゴゴゴ……


 地響きのような音を立てて、クラーケンの浮かぶ海水が高く持ち上がっていく。


「一体何が起こってやがる!?」


「海が変です、イーヴォさん!」


 イーヴォとニコの切羽詰まった声をかき消して、


 ザザ――――


 高波が轟音とともにモンスターの姿を遥か遠くへ流してゆく。イカ墨まみれの黒い姿は大海のゴミとなり、豆粒のように小さくなって、やがて見えなくなった。


 あとには静けさを取り戻した海が、力強い陽光をキラキラと反射するばかりだ。


「ふふっ、せいせいしたわ」


 さわやかな笑い声を上げたのはアンジェリカ姉ちゃんだった。


「イーヴォとニコの奴、子供の頃からジュキちゃんをいじめて。私、何度フライパンで殴ってやったか分からないもの」


 昔から毎回しっかりやり返してるんだから、せいせいしたも無いもんだと思うが、姉ちゃんはご満悦だ。


「ようやくジュキちゃんのかわいさを認めたと思ったら、まとわりついて鬱陶しいったらなかったからね」


「その通りですわ、アンジェお姉様。邪魔者はすべて、広い海が吞み込んでくれることでしょう」


 レモも満面の笑みを浮かべている。


 ペセジュ船長だけが愁いを帯びた表情でレモに尋ねた。


「本当にあなたの姉ではなかったのか?」 


「赤の他人ですわ。私の家族に魔物を操る者などおりませんから」


 レモはちりほどの迷いもなく断言したのだった。




 それからの船旅はおおむね順調だった。問題と言えば、レモが俺と同じ船に乗ると言い出したせいで、二人がどちらの船で過ごすかをめぐって、危うくウム族とレム族の間で部族間抗争が勃発しかけたくらいだ。


 ウム族の奴らは「歌姫ちゃんは我々の船に乗るべき」と叫び、レム族は「キャプテン・レモネッラはゆずらない」と声高に主張した。


 ペセジュ船長は我関せずといった様子で、


「まさかあのピンクブロンドのキャプテンがお姉さんではなく婚約者だったとはなあ」


 感心して、操舵室の中で腕を組んでいた。


「ところでキャプテン・レモネッラはなぜ女装しているんだ?」


 という問いには答えないでおいた。幸いレモは船室にこもって師匠と新しい魔法の開発にいそしんでいた。


 レモと師匠が顔を合わせるたびに新しい魔法研究について語り合う姿は何度も見てきたが、今回は依頼達成に関わる重要な話だった。


 師匠が言うには、


「不死の肉体というのも状態異常の一種だと考えれば、聖魔法で無効化できるかも知れません」


 とのこと。


「でも俺の聖剣アリルミナスなら不死の奴も倒せるんだろ?」


 気楽な調子で尋ねた俺に、


「そんなに簡単ではないかも知れません」


 苦言を呈したのはメレウトさんだった。


「不死身になったのが父と三人の側近――つまり四人だけではないからです。ほかの部族があっという間に占領された理由は、鳥人族の男たちがほとんど皆、不死となっているためでしょう」


 そういえばそうでした。俺は返す言葉もなく沈黙した。帝国にも「不死身となったある部族が他の部族を圧倒した」と伝わっている。帝国騎士団の感覚で言えば、「一個師団、全員不死」くらいの覚悟を持った方がよいかも知れない。


 メレウトさんは眉根を寄せたまま、さらに不穏なことを語り出した。


「父は強い力を持つシャーマンでして、名前を知る者の精神を『しゅ』によって縛ることができるのです」


 しゅで縛るなんて、水の大陸では聞いたこともない。魔法とは異なる力ということか?


「縛られると、どうなるんだ?」




─ * ─




ラスボス・ゲレグの力は不死と、魔神アビーゾから借りた闇魔法だけではなかったようです。

次回、火大陸に到着します!

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