20、クロリンダがイーヴォの乗る船に到達できた理由
慌てたレモは呪文詠唱を中断した。
「私の姉は今、帝都におります。皇太子殿下の婚約者候補として、皇家の離宮の一つで暮らしているのですから」
「あの皇子はダメよ! 全然アタクシに会いに来ないんだから。女の幸せは身分の高い殿方と婚姻することより、愛されることだと気づきましたの」
クロリンダはあごの下で手を組み、瞳を輝かせる。
「だから田舎者の竜人族で、品のない傭兵でしかないイーヴォを迎えに来てあげたのですわ!」
意外と筋が通っているクロリンダの言葉に、船員たちは不安になってきたようだ。
「本当にレジェンダリア帝国の公爵令嬢だったら、俺らが攻撃したの、まずくないか?」
「火大陸の船が帝国の貴族を沈めたなんてことになったら、国際問題になっちまうよな」
心配そうに、操舵室にいるペセジュ船長を振り返る。
公爵令嬢といっても帝都の貴族ではなく、辺境と呼ばれる聖ラピースラ王国の令嬢なので皇宮が動き出すとは思えないが、火大陸民はそんな事情を知るはずもない。
だがレモはぴしゃりと言い放った。
「私の姉を
「ぬおおっ!」
船室から苦しげな声が聞こえた。イーヴォが身もだえしているようだ。
「レモせんぱいもその歌手のパトロン」
ユリアの指摘は、
「歌手の追っかけですって!? 本当なの、イーヴォ!?」
クロリンダの金切り声にかき消された。ハゲも軽犯罪も気にならないが、歌手の追っかけだけは聞き捨てならなかったようだ。
「イーヴォさん、お呼びっすよ」
階段の入り口に立ったニコが、無情な声で階下へ呼びかける。
「イーヴォったら、だまされているのよ! 歌声ならアタクシのほうが美しいわ! ラララー、ルールルー、ラリラリラー」
突如、始まった音痴なリサイタルに俺は耳をふさいだ。
「船酔いをおこしそうだ!」
「ぎゃー、なんたる金切り声!」
「鼓膜がかゆくなってくる!」
あちこちで皆、耳を押さえて苦しみだす。
「これはひどいわね。歌声魅了ならぬ歌声兵器だわ」
レモも血の気の失せた顔でつぶやいた。
「ジュキちゃん、かわいそうに。耳が良いから、なおさらつらいわよね」
アンジェ姉ちゃんが俺の頭を自分の豊満な胸に押し付け、歌声兵器から守ってくれる。すべすべとした手で俺の耳をふさいだまま、姉ちゃんはクロリンダを見上げ、キッとにらんだ。
「下手くそな歌はやめなさい!」
すげぇ、ド直球だ。
さすがにショックを受けたのか、それとも姉ちゃんの
「そんなひでぇ歌で俺様の歌姫ジュリアに対抗しようだなんておめぇ、百年
イーヴォが船室から階段を登って姿を現した。推しへの侮辱は許さない姿勢、ファンとしては合格である。
「アタクシのイーヴォ、ようやく解放されたのね」
クロリンダの勘違いを訂正する前に、イーヴォは殴り掛かりそうな勢いで尋ねた。
「そもそもなんで俺様の居場所が分かったんだよ!? 帝国の外へ出たら追いかけてこないと思ったのに!!」
「おーほっほっほ! アタクシ、魔法図書館で古代の呪いを見つけましたの。探したい相手の体の一部を、魔術師自身の血で描いた魔法陣の中央に置くと、居場所を示してくれるのですって」
「それってつまりイーヴォの体の一部を持ってるってことか?」
俺の当然すぎる疑問に震えあがったイーヴォは、反射的に股間を押さえた。
「えっ、大事なモノ取られちゃったの!?」
すかさずレモが反応するが、真実は違った。
「アタクシ、あなた様の
いつ集めたのか、抜いたのか、ふところから赤い毛束をのぞかせる。
「あーっ、俺様の大事な髪! 近頃減りが早いと思ったら、キサマ――」
イーヴォが指差し、身を乗り出すと、
「クララ」
クロリンダがクラーケンに呼びかけた。目にも留まらぬ速さでぶっとい足が伸びてくる。
「うわーっ!」
イーヴォにしては俊敏な身のこなしで、すぐ近くにいたニコに抱きつくが、ニコ一人では重しになどならない。
「助けてくれー!」
二人は絡み合ったままクラーケンの足に持ち上げられ、青空に吊るされた。
「おー、高い高い」
ユリアが額に手をかざして、青空を仰ぎ見る。俺もレモも姉ちゃんも、ユリアにつられて見上げるばかり。だが一人、ペセジュ船長だけが焦っていた。
「待ってくれ! その竜人族たちは魔力量が多いから、魔導船を動かすのに必要な人材なんだ!」
「そんなの俺が動かしてやるぜ」
「ジュリアが!?」
驚いたペセジュ船長は、だがすぐに思い出したようだ。
「そうか、君は先祖返りした竜人族だから、魔力量は桁違いなんだな」
俺は拳で胸を叩いて見せた。
「おう、任せてくんな!」
よっしゃー、キマったぜ! これでペセジュ船長も船に乗った女性たちも、俺に惚れ直すはずだ!
「ハハハ、ジュリアちゃんはやっぱりかわいいなあ。ツインテが似合う美少女なのに無い胸叩いちゃって」
「うわぁぁぁん!」
俺はペセジュ船長の言葉にショックを受けて、姉ちゃんの豊かな胸に再び顔をうずめた。
「さて、これで後顧の憂いは断てたわね」
レモはパンパンと手を払いながら、クロリンダを見上げた。
「天誅を下す前に、ひとつ明らかにしなければならないことがあるわ。その魔物に埋まっている魔石――」
レモは真っ直ぐクラーケンを指差した。
「一体どこで手に入れたのかしら?」
魔石救世アカデミーが残したラビースラ謹製の魔石は、レモが全て聖魔法で浄化したはずなのだ。
─ * ─
クロリンダはまさか、魔石救世アカデミーとつながっているのか!?
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