19、なつかしのクロリンダがやってきた!

「おーほっほっほ! アタクシの婚約者イーヴォ、助けに来たわよぉぉぉっ!」 


「ひえー! 出たー!」


 頭のてっぺんまで青くなったイーヴォが船室に逃げ込もうとするが、


「どうしたんスか、イーヴォさん」


 扉の前にはニコが突っ立っている。


「どけよっ、馬鹿!」


 慌てふためくイーヴォはまだ、クラーケンを従える変な女には見つかっていないようだ。


「よく聞きなさい、海賊ども!」


 クラーケンの上から放たれたヒステリックな声が、陽光と共にコバルトブルーの海に跳ね返る。


「アタクシの愛するイーヴォさえ渡すなら攻撃はいたしません。ですが従わぬと申すなら、アタクシのかわいいクラーケンのクララがこの船を沈めます!」


「なんだかレモせんぱいみたいなこと言ってるけど、あれ誰?」


 ユリアがクラーケンの上に仁王立ちする、くすんだブロンドの女を指さした。


「さあ?」


 レモは当惑しきりといった様子で首をかしげる。


「私の知り合いに、あんな頭の悪そうな人いないから分からないわ」 


「いやあれ、レモネッラ嬢の実の姉――クロリンダ嬢だろ?」


 ニコがしれっと言い当てた。


「チッ」


 レモが公爵令嬢とは思えない悪い顔で舌打ちする。


「まあ! やっぱり姉妹って似るのね。私たちみたい!」


 姉ちゃんがなぜかうしろから俺を抱きしめた。あんたに妹はいないはずだがな? ツッコミ入れようと姉を振り仰いだところで、


「砲撃準備!」


 ペセジュ船長の声が木造船全体に響いた。


 レモは印を結んで呪文を唱え始め、俺は腰の聖剣を抜いた。


「発射!」


 ペセジュ船長の指示に従い、船の腹から撃ち出された大砲が一斉いっせいにクラーケンを襲った。煙と水しぶきが俺たちの視界を覆い隠し、甲板にも大量の水しぶきが雨のように降りそそぐ。


「やったか!?」


 だが水煙の消えた後には――


「おーほっほっほ! アタクシのクララは最強なのよ!」


 無傷のクラーケンと、頭の上で高笑いをするクロリンダの姿。攻撃に怒ったクラーケンが吸盤の並んだ足を振り上げるが――


烈風斬ウインズブレイド!」


 船に到達する前にレモの風魔法が炸裂する! すっぱりと切り落とされたクラーケンの足は海底に沈んでいった。


 クラーケンの上でクロリンダが怒りにわなわなと震えだす。


「まさかこの魔法、レモネッラなの!?」


 レモは無言で俺のうしろに隠れた。


「アタクシのイーヴォを奪ったのはあんただったのね、レモネッラ!」


 なぜそうなる。


「俺様はオトコ女なんかに興味はねえ! 歌姫ジュリア一筋だ!」


 船室へ至る扉の陰に隠れていたイーヴォが決死の覚悟で主張した。


「オトコ女には興味がないのに男の一筋って、髪の無い人が考えることはよく分からないの」


 ユリアの冷静なつぶやきは、クロリンダの歓喜の悲鳴にかき消された。


「このざらついた声はアタクシの愛しいイーヴォ! そこにいたのねぇぇぇっ!」


「ひぃぃっ!」


 イーヴォは凍り付いた。


「今、助け出すわ! さあクララ、あの赤いバンダナを巻いた男を救うのよ!」


 だが甲板の上には赤いバンダナを巻いた男が複数いる。判断に困ったクラーケンは、バンダナ男全員をつかもうと、何本もの足を伸ばしてきた。


おびただしき凍れるつぶてよ!」


 俺の呼びかけに応じて空中に現れた雹が、足の進行を妨げる。その隙に舞い上がり、動きの止まった足を聖剣で凪ぐ。


 ボチャンと大きな音を立てて海へと沈んでいく足もあれば、甲板に転がるものも――


「いっただっきまーす!」


 ユリアが飛びつくが、


「だめだこりゃ」


 鼻を押さえて戻ってきた。


「まずい魔石に汚染されて臭くなってる」


「我らの魔力源を守れ!」


 ペセジュ船長の指示が甲板に響き、


「さあ、船室へ!」


 男たちがイーヴォを階段の方へ押す。


「そうはさせないわ!」


 クロリンダの声と同時にまた伸びてきたクラーケンの足を斬り落とし、俺は魔物を見上げた。


「イーヴォなんてくれてやるぜ」


 船の動力として魔力が必要なら、俺の精霊力を注げばいいからな。


「俺様のジュリア、なぜだぁぁぁっ!」


 船室から泣き声が聞こえる一方、階段の上でニコが小さくガッツポーズをしやがった。


「あなたたちはアタクシと婚約者を引き離すためにこんな大罪を犯してイーヴォをさらったのに、今さら謝罪して彼をアタクシに返すと言うの?」


 誰にも思いつかないであろうクロリンダ理論が展開される。


「繊細なアタクシと彼の心を踏みにじった代償は大きいわよ! イーヴォを返すだけじゃ許さないんだからっ!」


 うわー、めんどくせえ。


「誰が繊細だよ」


 つい本音が口をついて出る。


「アタクシとイーヴォよ! あなたたちは気付いていないかもしれないけれど、さっきバンダナがずれたあの人の頭、ご覧になった? ストレスでずいぶん髪の毛が減っていたわ!」


 それ、前からだよ。


 船員たちは口々に、


「魔力源を引き渡すだけじゃ見逃してもらえないだって?」

「大砲も効かないし、どうすりゃいいんだ」


 不安そうにささやき合っている。彼らの憂慮を払拭するように、レモが一歩前に進み出た。


「気付いていないことがあるのは、あなたのほうです。見ず知らずの怪しい女よ」


 レモが実の姉に厳しい声で呼びかけた。


 一瞬ぽかんとしたクロリンダだが、


「あなたがアタクシの不肖の妹レモネッラだってことは気付いているわよ?」


 眉をひそめて事実を口にする。


 全く動じないレモは変わらぬ口調で、


「この船団は海賊船に擬態こそしていますが、偉大なるレジェンダリア皇帝陛下の正式な使者を火大陸へ運ぶ公用船です。外交上、重要な船を攻撃するとは皇帝陛下に逆らったも同然」


 さすが、あの姉にしてこの妹だ。こっちもそうそう思いつかない理屈を持ち出してくる。


「現在、船に乗っている者の中で最も身分が高いのは公爵令嬢である私です。ゆえに皇帝陛下の代わりとして裁きを下します。抵抗すれば、あなたの罪はさらに重くなるだけ。覚悟なさい」


 レモは支配者然としたたたずまいで呪文を唱え始めた。


「ちょっとちょっと!」


 クラーケンの上でクロリンダが騒ぎ出す。


「逆らわなくても攻撃魔法が飛んでくるなら、罪が重くなろうがなるまいが、海の藻屑になるアタクシの運命は変わらないじゃない!」


 おっしゃる通りである。


「大体、考えてみたらアタクシだって公爵令嬢なのよ!? 実の姉に向かって何おかしなこと言ってるのよ!?」


 隣の船の甲板からは、


「本当にキャプテン・レモネッラのお姉さんなのか?」

「キャプテン・レモネッラ、船を失って海上を漂ってたそうだし、ショックで一部記憶が消えているとか」


 火大陸民のざわめく声が聞こえてくる。答えたのは帝都から乗ってきたレジェンダリア帝国の船員たちだ。


「そういえば少し前に第二皇子が、レモネッラ嬢の姉君を領地から呼び寄せたなんて話があったな」

「ああ、殿下の婚約者候補がまた増えたって、かわら版ガゼッタで読んだぜ」

「クラーケンに乗ってる女、かわら版ガゼッタの挿絵で見た令嬢と似てるかも」


 慌てたレモは呪文詠唱を中断した。




─ * ─




史上最悪に厄介な敵をどう滅ぼす!? 次回、運命の決戦!! ――にはならないか。

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