18、巨大なクラーケンが襲い来る!

 メレウトさんは鳥人族の見張りから隠れ、岩陰に打ち捨てられていた船に乗って沖へと出た。


 途中で海賊船に捕まったものの、彼らは鳥人族に集落を追われた岩場の民だった。


 鳥人族の族長ゲレグに先祖返りした息子がいるという話は、火大陸北部では有名だそうで、メレウトさんの素性はすぐに露呈した。あわや避難民の復讐を受けるかと思いきや、彼は不死鳥フェニックスの羽根で傷ついた人々を癒し、持ってきた貴金属を彼らに分け与え、レジェンダリア帝国に助けを求める計画について打ち明けたと言う。


「みんな、太古の昔から火大陸を守ってきてくれた精霊王不死鳥フェニックスを救えるならと、僕に同意してくれました」


「だれも帝国の脅威については考えなかったのか」


 慎重派のペセジュ船長は、少しあきれているのかも知れない。


「レム族は族長一家が皆殺しにされてしまったそうです。だから支配者が誰になろうと、自分たちは昔の通り魚を獲って暮らせばよいと考えているみたいですね」


 そっか、ペセジュ船長が厳しい考え方を持っているのは族長の娘さんだからなんだな。俺の乗っているウム族の船も、船長以外は気楽に俺とユリアを受け入れている。


 まだ何か言いたそうなペセジュ船長に、師匠が先を続けた。


「メレウトさんの乗った船は、帝都にほど近いマリーナ共和国の港へ入ったようです。共和国の元老院から帝都にハーピー便がもたらされ、皇帝陛下の知るところとなりました」


「それでなんで師匠が来たのかしらね」


 上からレモの声が降ってくる。小声で話しているつもりらしいが、丸聞こえだ。


「師匠ってほとんど戦力にならないのよ」


 などと姉ちゃんに耳打ちする。


「しくしくしく」


 師匠が落ち込んじまったじゃねえか。


「ジュリア、このオッサンどうしたらいいんだ?」


 ペセジュ船長が師匠を指さして俺に尋ねるので仕方なく、


「帝都に連絡が入ったのは、すでに俺たちが出港したあとだったんですよね?」


 先をうながすと、気を取り直した師匠はうなずいた。


「あと一歩早ければ、と騎士団長もなげいていましたね。ジュキくんたちはまさに不死鳥フェニックスを救うために火大陸へ向かったのですから、メレウトさんも同行できれば理想的だったんです」


 皇帝に話が伝えられても実際に政策を考えるのは騎士団長らしい。さすがは安穏あんのん帝だ。


「そこでジュキくんたちと合流できる私が、メレウトさんと共に火大陸へ向かうこととなったんです」


「どうして師匠なら俺たちと合流できるんだ?」


 俺の問いに答えたのは甲板から見下ろす姉ちゃんの声だった。


「ジュキちゃんは師匠さんの魔道具のこと、知らないんじゃない?」


「そうよ、皇后陛下に溺愛された残念な運命だってこと、あとで教えてあげなくちゃね」


 レモの言葉に嫌な予感しかしない。思わず身震いすると、気付いたイーヴォが俺を抱き寄せようと太い腕を伸ばしてきた。すかさずよけて、代わりにニコを押し出す。


 抱き合う二人を横目に見つつ、師匠が真面目な声で続ける。


「騎士団長も魔神アビーゾの関与を疑い、重く見ております」


「魔神アビーゾだと? 深海に封じられた異界の魔神が復活を狙って四大精霊王の力をそごうとしているって伝説は本当なのか?」


 ペセジュ船長が緊迫した声を出すと同時に、なぜかニコが海の中に突き落とされた。じゃれ合うイーヴォとニコを意に介さず、メレウトさんが両の翼で頭を抱える。


「父さんがつながったのは太陽神じゃないと思ってはいたけれど―― 魔神アビーゾか!」


「プハーッ、イーヴォさん、僕の髪が豊かだからって突き落とすなんてひどいです!」


 ニコが小舟のへりに両手をついて、海から這い上がってくる。


「俺様に抱き着くんじゃねえ! 俺様は男に興味はねえ!」


 じゃあ俺に惚れるのやめてくれよ……


 深刻な空気がすっかり台無しになったところで、船の上からレモが質問した。


「師匠ったら学園の仕事はどうしたのよ? 教授たちみんな研究だの、帝国魔法諮問委員会だのって忙しくしてて、授業を代行できる人材なんていないじゃない?」


「それが――」


 師匠は残念そうな顔でレモを見上げた。


「幼女姿のドラゴネッサさんが、教科書さえ読めばどの科目も教えられると言い出しまして。特に歴史なんて見てきたから記憶しているそうです」 


 まさかのばーちゃんが魔法学園で講義を代行していたとは。


「それでは共に火大陸を目指すということで――」


 師匠が話し合いの終了を宣言しかけたとき、


「大変だー! 巨大なクラーケンが出たぞー!」


 甲板で見張りの船員が叫んだ。


「クラーケンだと!? ここの海域は海流が入り組んでいるから、大型サイズの魔物は出ないはずだぞ?」


 ペセジュ船長は不審そうに眉根を寄せながらも縄梯子を引き寄せ、イーヴォとニコを甲板に上がらせた。


「全員、配置につけ!」


 彼女が『赤きウム族の希望』の船員たちに命令したときには、師匠とメレウトさんも自分たちの船から下がる縄梯子を登り始めている。


「非戦闘員は船室で待機! 砲撃手は砲門を開けて準備を!」


 レム族の船から聞こえてきた指示は――えっ、レモの声!? そういえばキャプテン・レモネッラなんだっけ。


「マストは畳んで、手動で敵の攻撃を回避して!」


 レモの良く通る声が響き渡る。俺も負けちゃいられない! ペセジュ船長を支えながら、


「小舟ごと甲板に戻りましょう。俺につかまっていてください」


 声をかけるなり、


「波よ、我らを運びたまえ!」


 俺は海に呼びかけた。


「さすがジュリアだ! 可憐な美少女なのに頼もしいとは素晴らしいな!」


 ペセジュ船長が褒めてくれるが、ちっとも嬉しくない。


 小舟に乗ったまま大型船の甲板へ上がると、迫りくる巨大なクラーケンの姿を視認できた。


「でけぇな」


 強い陽射しの下、目を細める俺のとなりで、ユリアが魔物を指さす。


「おいしそうなタコさんの頭、つるんとしててイーヴォくんみたいだね! ぺろり」


 舌なめずりしやがって食う気満々だな、こいつ。そのうちイーヴォの頭もタコみたいとか言って食いつきそうだ。


「でもタコさん、頭の上に女の人乗せてるの」


「えっ」


 俺が目を凝らすと同時に、


「なんだって!?」


 ペセジュ船長も片目をつむって望遠鏡をのぞいた。


「女性が乗っているぞ! しかもクラーケンの頭の真ん中に、魔石のようなものが埋め込まれている」


「嫌な予感がするわね」


 突如、横から聞こえたレモの声に俺の心臓は止まりそうになる。


「ジュキったら驚かないでよ」


 自分の船に指示を出し終わって、俺のところまで飛んできたらしい。


「レモさんったらジュキちゃんから離れたくないんですって」


 なぜか姉ちゃんまでいるし。


「額に魔石を埋め込むと言ったら、間違いなく魔石救世アカデミーよね」


 レモの冷静な声に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「残党は全て片付けただろ? なんで奴らが――」


「分からないわ。でも人間に操られた魔物が襲ってきていると考えておいたほうがいいかも」


「クソッ、なんだってこんな海の真ん中まで追いかけてきやがるんだ!」 


 俺の疑問に対する答えは、大海にこだまする高笑いによって速攻与えられたのだった。


「おーほっほっほ! アタクシの婚約者イーヴォ、助けに来たわよぉぉぉっ!」 




─ * ─




誰だ、このけたたましい声は!?

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