17、族長ゲレグの非道な行い

「ひどいな」


 ペセジュ船長は吐き捨てた。


「鳥人族は長い間、精霊王を守ってきた聖なる一族だ。その族長が精霊王を裏切り、あだを為すとは」


「父は太陽神をかたる邪悪な存在に精神を支配されているのです」


 メレウトさんを治癒している間に不死鳥フェニックスは強力な闇魔法で自由を奪われ、神殿の地下に閉じ込められてしまった。


「闇魔法ですか?」


 メレウトさんの昔語りが始まってから初めて師匠が口をひらいた。


 俺が聞いたことのある分類は、火魔法・水魔法・風魔法・土魔法くらいだ。それから聖魔法と、そこに含まれる光魔法がある。


「父は太陽神が闇魔法を教えてくれたと言っていましたよ」


 メレウトさんは疲れきった表情で、あきらめたかのように首を振った。


「太陽神の力を借りて発動する魔法が闇だなんて、太陽神が偽物である証拠でしょう?」


 十中八九、魔神アビーゾが力を貸している魔法なんだろう。


 族長ゲレグは闇の檻に閉じ込めた不死鳥フェニックスを傷付け、その身からしたたる血を盃についで飲み干したと言う。


 俺は悲鳴を上げないよう、両手で口を押さえた。


「父の側近も部下たちも、ベヌウの生き血を飲んで不死身になりました」


 メレウトさんの整った顔は怒りで青ざめていた。


「あなたは、飲んでないんだよな?」


 ペセジュ船長が珍しく遠慮がちに尋ねる。


「当たり前でしょう? 誰が愛する女性の血を飲みますか?」


「いや、ゲレグに無理やり飲まされたんじゃないかと」


「父は僕の復讐を恐れて、決して彼女の血を与えませんでした」


 メレウトさんは不死鳥フェニックスを自由にするよう、何度も父ゲレグに歯向かったと言う。


「ベヌウは『私のために命を無駄にしないで』と涙を流していたけれど、父は僕を痛めつけるだけで殺しはしなかった」


 あれ? メレウトさんは捕らえられているベヌウさんと話せるのかな?


不死鳥フェニックスは神殿の地下に閉じ込められてるんですよね?」


 俺が尋ねると、メレウトさんは問いの真意を察して答えてくれた。


「族長の血筋の者なら地下に行くことはできます。でもベヌウを苦しめている闇の檻を開けることはできないんです」


 魔神の闇魔法が精霊王の力を奪っているのか。


 メレウトさんの両眼は怒りもあらわに見開かれていたが、涙が浮かんでいた。


「僕はこの三年間、様々な魔法を試してきたが、闇の檻を壊すことはできなかったんだ」


 聖剣アリルミナスならその檻を破れるのだろうか?


「優しいベヌウは人間を傷付けたくないと言っていましたが、僕は父をこの手で殺してでも、ベヌウと火大陸を解放したかったのです」


 だが不死身となったゲレグ族長を倒すことはできなかった。


 衰弱していく不死鳥フェニックスの姿に焦燥感をつのらせていたメレウトさんは、ある日ゲレグ族長が側近たちに話すのを聞いた。


『火大陸北部は我々鳥人族の手に落ちた。いよいよレジェンダリア帝国をも手中に収める時が来た』


 このときメレウトさんは、海の向こうに広がる強大な帝国レジェンダリアに助けを求めるしかないと心に決めたそうだ。


 彼が帝国の兵を火大陸に招き入れれば、火大陸は北部と言わず全土を帝国に支配されてしまうかも知れない。


「それでも僕は、不死身となった一部の鳥人族が多くの民を虐げる今の状況よりはマシだと思ったのです。それにベヌウが弱っていくとともに、我々が使う火魔法も力を失って行きました。父を討つことはベヌウを救うのみならず、世界のためになると僕は信じています」


「火の精霊王が瀕死になると、世界から火の精霊たちが消えてゆくでしょう」


 師匠が淡々と怖いことを言い出した。


「我々は物が燃えるという現象そのものが失われた世界を生きることになる」


 師匠の言葉に衝撃を受け、小舟の上の誰もが口をつぐんだ――かと思いきや、


「光魔法の時代が来るってことだな! 火と共に戦がなくなった平和な世界を俺様の光が照らすのだ!」


 俺のうしろでイーヴォが全身濡れねずみのまま自信に満ちた声で宣言する。


「えー」


 不満そうな声は、海賊船の甲板からのぞきこむユリアのものだ。


「ハゲに照らされる世界なんてやだな。直火じかびで焼くお肉が一番おいしいんだから」


 一方、向かいの船からは、


「アントン帝の治世に火大陸征服なんてあり得ないんだから、メレウトさんの決意は火大陸と世界を救うものだと思うわ」


 というレモの声。アンジェリカ姉ちゃんにささやいているようだ。


「でもレモさん、今後は分からないんじゃないかしら?」


 不安そうな姉ちゃんの声に、


「次期皇帝はエドモン殿下でしょ? 彼が征服したいのは女の子だけよ」


 レモは言い切った。だがアンジェ姉ちゃんは息を呑む。


「女の子って―― ジュキちゃんも含まれちゃう!?」


 なんの話をしてるんだ、姉よ。


「ジュキは私が守るわ」


 レモは即答し、話を戻した。


「でも未来のことを考えたら、自分の治世に帝国領土が最大、なんていう言葉にロマンを感じる傍迷惑はためいわくな為政者がまた出てこないとも限らないのよね」


 甲板から降ってくるレモの声に、ペセジュ船長はコクコクとうなずいている。


 メレウトさんは気まずそうに目をそらし、


「僕の計画を聞いたベヌウは最初こそ僕の身を案じて反対しましたが、僕の意志が固いことを悟って、水の精霊王に念話で話を通してくれると言いました」


 それでドラゴネッサばーちゃんは不死鳥フェニックスの危機を知っていたのだ。


「旅立ちの夜、ベヌウは僕に羽を一枚、渡してくれて――」


 メレウトさんは腰のうしろから何かを取り出そうとする。彼の腕には翼が生えているが、手の指は人族のように使えるらしい。


 ベルトに下げた大きな麻袋から出てきたのは、光り輝く大きな羽根だった。不死鳥フェニックスの羽根は燃えるような緋色でありながら、虹色の光を放っている。


「うわぁ、綺麗」


 俺が思わずつぶやいたうしろで、


「クソッ、俺様の頭よりまぶしいだと!?」


 なぜかイーヴォが対抗するが、誰も取り合わない。


 不死鳥フェニックスの羽根はあらゆる病や怪我を治してくれると言うから、恋人の身を案じた不死鳥フェニックスが、せめてもという思いで持たせたのだろう。


「新月の夜、星空を映す川を目印に、僕は海の方角へと飛びました。でも誤算だったのは海辺の村も全て、父の送った不死身の兵士たちによって荒らされていたことです」


「知らなかったとは気楽なものだ」


 入り江に暮らしていたペセジュ船長が、いらだち紛れにつぶやいた。


 メレウトさんは貿易商や船乗りと交渉して水の大陸まで乗せてもらうつもりで、神殿の宝物庫から金の指輪などの装飾品を持ち出していたそうだ。


 だが夜明けとともに見せつけられたのは、襲撃を受けてなか瓦礫がれきと化した集落と、活気の消えた港町だった。メレウトさんは鳥人族の見張りから隠れ、岩陰に打ち捨てられていた船に乗って沖へと出た。




─ * ─




次回はメレウトさんの話も終わり、平和な船旅回――と思いきや、クラーケンが攻めてきた!? しかも魔物の上には誰かが乗っているようで……?


次回更新はあさって(9月3日)となります。しばらく隔日更新しますが、またストックがたまったら毎日更新に戻す予定です!

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