16、メレウトさんはフェニックスと恋人同士!?

「それではまず自己紹介から始めましょう」


 師匠が口火を切り、緊迫した空気の中、話し合いが始まった。


「私はペセジュ。父はウム族の族長だった」


「僕は鳥人族の族長ゲレグの息子、メレウトです」


 メレウトさんの腕から生えた羽は虹色に輝いているのに、明らかにしぼんでいた。ペセジュ船長の眼光の前にひるんでいるようだ。


 メレウトさんは続けて師匠を翼で示し、


「こちらはアンドレア・セラフィーニ氏。レジェンダリア帝国で賢者と呼ばれている人物です。父からベヌウ――不死鳥フェニックスを救うために来ていただきました」


「鳥人族は不死鳥フェニックスをベヌウと呼んでいるのか?」


 ペセジュ船長の問いに、メレウトさんはかすかに頬を赤らめた。


「僕は彼女をベヌウと呼んでいます。不死鳥フェニックスというのは種族名でしょう? 僕は鳥人族だけどメレウトという名前があるから、種族名より個人名で呼ばれたいですし」


 水の精霊王であるばーちゃんも白竜ホワイトドラゴンだけど、ドラゴネッサっていう名前があるもんな。


「君はまさか、火の精霊王と恋仲なのか?」


 ペセジュ船長がずばっと核心に触れた。


 メレウトさんは目を伏せ、


「僕の生まれた年に火の山は小規模な噴火を起こし、不死鳥フェニックスは幼鳥となりました」


 唐突に昔語りを始めた。意図がめずにぽかんとする俺たちに、師匠が補足する。


不死鳥フェニックスは火の山が噴火するとき、マグマに飛び込んでその身を焼かれ、幼鳥としてよみがえるのです」


 師匠の言葉を受けてメレウトさんはうなずいた。


「ですから僕とベヌウは幼馴染として一緒に育ったのです。僕は先祖返りのせいで友達ができなくて、ベヌウと過ごしていた。彼女は僕のそばにいるときいつも半分人化して、僕と同じ姿でいてくれたんです」


 ドラゴネッサばーちゃんも人化して幼女の姿になっていたくらいだから、メレウトさんと火の精霊王が特別な関係になっても不思議はないかも知れない。


 だが俺はそれより気になることが抑えられず、護衛の立場にもかかわらず口をはさんだ。


「鳥人族の中で先祖返りはおめでたいことではないんですか?」


 俺の場合は縁起がいいと言われていた。だが先祖返りして生まれてきたくせに魔法が使えなかったから、むしろ周囲の期待が重いばかりで、肩身の狭い子供時代を送っていたんだが。


 メレウトさんは明確に答えてくれた。


「先祖返りは祝福すべきことですが、子供は自分たちと違う者を排除したがる。しかも僕は族長の息子で遠巻きにされていたから、なおさらほかの子供たちとは遊べなかったのです」


 メレウトさんの口調は静かだったが、俺は彼の孤独を垣間見た気がした。


「それでも母が生きているうちは幸せでした。父もまともでしたし」


 彼は暗いまなざしを船床ふなどこに落とし、同時にペセジュ船長の放つ空気が鋭くなった。


「あんたの父親――族長ゲレグはたぐいまれなシャーマンの力を持っているそうだな?」


 ペセジュ船長の言葉にメレウトさんは首を縦に振った。


「だからこそ父は、神の声を聞くようになったのです」


 嫌な予感がする。千二百年前に魔神アビーゾにそそのかされたラピースラも、強い霊力を持つ巫女で、深海に封じられているアビーゾの声を聞いてしまったのだ。


「五年前、僕が十三歳のときに母が沢で足を滑らせて亡くなりました」


 突然の痛ましい告白に俺は息を呑む。だがペセジュ船長は顔色ひとつ変えずに尋ねた。


不死鳥フェニックスの羽の輝きに触れると、病は治り、傷は癒えると言われているが?」


 火の精霊王にそんな力があったとは。聖魔法いらないじゃん。


 だがメレウトさんは苦しそうに首を振った。


「母が帰って来なくて皆で探し回りました。ようやく見つかったときにはすでに亡くなってから時間が経っていたのです」


「体から完全に抜けた魂は、不死鳥フェニックスでも戻せないか」


 ペセジュ船長も納得した。


「ええ、父もそれは分かっていました。ですが心の隙間につけ込まれたのでしょう。母の喪に服してびょうにこもっていた父は、出てきたとき、瞳に異様な光を宿していました」


 彼は精霊王より上位の存在である太陽神の声を聞いたと言い出したそうだ。


「父は火大陸をべる者として、太陽神に選ばれたのだと信じていました。自分は王となる資格があるのだと。太陽神からお告げがあり、その方法を教えられたのだと」


「馬鹿な」


 ペセジュ船長は手のひらでひたいを覆った。


「側近たちは、おかしなことを言う族長ゲレグをいさめなかったのか?」


「父がどんな邪悪な存在とつながったのかは分かりませんが、恐ろしいことに筋が通っていたんです。だから側近たちも父に従いました」


 メレウトさんの父ゲレグは、今のように各部族に分かれて争っていては北の強大な帝国レジェンダリアに攻められ、支配をうけることになるから、火大陸を統一しなければならないと説いたそうだ。


 だが息子のメレウトさんは、厳しい目で父親を見ていた。


「父は心に秘めていた支配欲につけこまれたのです」


 ゲレグは若い頃から強力なシャーマンとして特別視されていたそうだ。だが族長の家に生まれた以上、彼の将来はすでに決まっていた。いくら能力が高くても彼の世界は閉ざされており、可能性を試す機会などなかったのだ。


「自称太陽神が父に与えた助言は非道なものでした。まだ子供だった僕をつかまえて、右腕を切り落としたのです」


「ギャー!」


 俺は思わず叫んで自分の腕を押さえた。


「俺様のジュリアは繊細なんだから、鳥おとこ、怖い話を聞かせるんじゃねえよ!」


 イーヴォが殴り掛かろうとして師匠が顔色を変えるが、メレウトさんは余裕でかわした。


「うおっとー!」


 バシャーン!


 態勢を崩して海に落ちるイーヴォには目もくれず、ニコが俺をなぐさめてくる。


「大丈夫だよ、ジュリアちゃん。過去の話だからね」


 俺が恥ずかしくなって沈黙していると、イーヴォが衝撃で外れたらしいバンダナを片手に、濡れた頭皮をてらてらと光らせて小舟に這い上がってきた。


 ペセジュ船長は俺のツインテールを撫でながら、視線だけメレウトさんに向けたまま確認した。


「翼を落とされたってことだよな?」


 痛そうな話はやめてよぉ。


「そうです。ベヌウを捕らえるための罠でした」


 不死鳥フェニックスなら落とされた翼も元に戻せるのか。


「僕は父の黒い思惑に気付いてベヌウに来ちゃだめだと言ったんです」


 メレウトさんは幼い頃から不死鳥フェニックスベヌウと二人、火の山の上を飛んで遊んでいたそうだ。だが彼は二度と飛べなくなっても、ほかの鳥人族と同じように地上で生きられる。その説得はしかし、不死鳥フェニックスの決意を変えることはなかった。彼女は愛する少年の羽を元に戻すため、自ら罠にかかったのだ。


「父はベヌウが僕を想う気持ちを利用したんだ」


 メレウトさんは右手のこぶしをきつく握りしめた。その腕には今も綺麗な羽が生え揃い、不死鳥フェニックスが完全に治癒したことがうかがえた。




─ * ─




罠にかかった不死鳥フェニックスの身には何が起きたのか? そしてメレウトの決断は?

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