15、先祖返りした鳥人族メレウトの出自

「やめて!」


 立ちはだかったのはアンジェリカ姉ちゃんだった。湾曲剣を握って目を血走らせるペセジュ船長の目の前に、両手を広げて立ちふさがる。姉ちゃんの威嚇ブラフが効いたのだろう、ペセジュ船長は動きを止めた。


「申し訳ない!」


 謝罪の言葉と共に姉ちゃんのうしろから姿を現したのは、両腕に鳥の翼を生やした青年だった。ハーピー族かと思ったが、本物の鳥とそっくりな四本指の脚が甲板を踏みしめているのに気が付いて、俺は思わず彼の姿に見入ってしまう。


「先祖返り――」


 自分以外の先祖返りを初めて見た。


「そうよ」


 空中で俺の腕を抱きしめたまま、レモが教えてくれる。


「彼は火の精霊王不死鳥フェニックスの血を引く鳥人族の先祖返りなんですって」


 先祖返りの青年はペセジュ船長の前に出るとひざまずき、こうべを垂れた。


「僕は火大陸北部の人々に殺されてしかるべきだ。だが不死鳥フェニックスを父の魔の手から解放するまで待って欲しい」


 父の? 彼は鳥人族の族長ゲレグの息子なのか!


「なっ」


 ペセジュ船長はうろたえた。


「精霊王に仕える気高い一族が頭を下げるというのか?」


 戦意をそがれたのか、彼女の握る湾曲剣は切っ先を甲板に向けている。


 火大陸の民も、救助された帝国の船乗りたちも、息を詰めて成り行きを見守る中、師匠が一歩前へ進み出た。


「場所を移して話し合いませんか?」


「誰だ、お前は」


 ペセジュ船長は再び湾曲剣を構えた。


「これは失礼。私はレジェンダリア帝国皇帝アントン陛下の名代みょうだいとして、ここにおります」


 師匠は騎士風の礼をした。師匠が騎士の作法を身に着けているなんて似合わないが、騎士団で働いていたから不思議じゃないのか。


「レジェンダリア皇帝の名代がなぜ鳥人族と行動を共にしている?」


 ペセジュ船長の声に疑念の色がにじんだ。


 答えたのは、ひざまずいたままペセジュ船長を見上げる先祖返りの青年だった。


「僕がレジェンダリア帝国からお連れしたのです」


「お前たち鳥人族は帝国に攻め入る計画を立てていたのに?」


 ペセジュ船長が問いを重ねる。俺も師匠がここにいる理由については気になっていたところだ。


「それは父と側近たちの考えです」


 青年は即答した。鳥人族は一枚岩ではないということか。


「僕は父を討つ決意を固めました。愛する人を救い出すために」


 愛する人だって? 閉じ込められているのは火の精霊王不死鳥フェニックスじゃないのか?


 俺同様、眉をひそめるペセジュ船長に鳥人族の青年が声をかけた。


「今後の計画について共に話し合いましょう」


「こんな敵地で話し合いなどできるか!」


 ペセジュ船長はオレンジ色に燃える瞳を警戒の色に染め、周囲を見回した。彼女はまだ帝国の船乗りも、他部族の避難民も信用できないのだろう。


「では、あなた方の船で」


 先祖返りの青年が次の案を出すも、


「敵を我が船に上げるわけにはいかん!」


 ペセジュ船長はまたもや厳しい声で反対した。


 ひりついた空気を変えたのは師匠の落ち着いた声だった。


「ウム族の船長さん、船に小舟を積んではいませんか?」


 荷物の積み下ろしや浅瀬での探索に使えるように、大きな船はボートを積んでいるものだ。


「もちろん……」


 ペセジュ船長は話が見えないようで、小さく答えた。


「ではその小舟に、あなたは護衛を連れて乗っていただけますか? こちらからは私とメレウトさんだけが乗って話し合いましょう」


 メレウトさんというのが先祖返りした鳥人族の青年か。相変わらず火大陸の名前は聞いたこともない発音で覚えにくいな。


 ペセジュ船長は少し考えていたが、危険はないと判断したようだ。


「分かった。護衛の者を選別する。小舟を下ろすまで、しばし待て」


 言うなり彼女は湾曲剣で身を守りながら後退し、船べりに登ったと思ったら、ひらりと舞い上がって自分の船に戻っていった。


 成り行きを見守っていた俺たちも、ずっと空の上にいるわけにはいかない。


「姉ちゃんとも話したいし、そっちの船に――」


 俺がレモたちの船に向かおうとしたとき、


「ジュリア」


 ペセジュ船長が、空を見上げて俺を呼んだ。


「あら、ジュキったらすっかりジュリアちゃんになってるのね」


 俺にしがみつくレモが嬉しそうなのは、どういう心理なんだ? 普通、恋人には男らしくいてほしいものだろ? レモに普通などという概念が通用すればの話だが。


「女の子になってるなら女船長に信頼されていても許してあげる」


 耳元でささやいたレモが俺の手を放し、そっと背中を押した。


 レモが自分の船に戻ってしまったので、俺はペセジュ船長の隣へ降り立った。


「ジュリア、すまんな。せっかくお姉さんと再会したのに」


 ん? 姉ちゃんはまだ向こうの船にいて――


 俺はすぐにペセジュ船長の誤解に気が付いた。


 レモを俺の姉だと思ってるのか!? 種族も違うし、レモは俺より年下だぞ!


「女の子にこんなことを頼むのは気が引けるのだが」


 続くペセジュ船長の言葉で、俺は更なる事実に思い至った。


 そう、彼女は俺を女の子だと思っている。ゆえに俺の婚約者は男だと信じているのだ!


「今だけ私の護衛となってくれぬか?」


 どうやら歌声魅了シンギングチャームの効果で信頼を得ていたようだ。


「波を操るジュリアの能力は強力だからな。イーヴォとニコと共に小舟に乗って欲しいのだ」


「えっ、イーヴォとニコも?」


 俺はつい嫌そうな声を出した。


「いとしのジュリアは俺様が守る!」


 船員たちの中から耳障りな大声が聞こえてくる。お前が守るのは俺じゃなくて船長さんなんだよ。話、聞いてたのか?


「美しいジュリアちゃんを守るのはおいらだい!」


「生意気だぞ、ニコ!」


「いってー!」


 殴られたニコが大げさな声を出すのを聞きながら、俺は盛大な溜め息をつきつつペセジュ船長を見上げた。


「いいんですか? あいつらで」


「私を守る君を彼らが守れば問題ない」


 ペセジュ船長は余裕の笑みを浮かべた。


 船に乗っているのは鳥人族が戦力にならないと判断し、捕虜にしなかった男たちと、女子供しかいない。イーヴォとニコでも護衛にふさわしいと見なされたようだ。


 二艘の戦艦が少し距離を取り、間に小舟が浮かべられた。


 それぞれの船から縄梯子が下ろされ、俺たちの船からはイーヴォとニコ、ついでペセジュ船長が乗り込み、レモたちの船からは鳥人族のメレウトさんと師匠が降りてくる。最後に俺が翼を羽ばたいて、小舟に着地した。


 小舟をはさんだ大型船の甲板では、船べりから見下ろす人々が耳をそばだてている。心なしか上昇気流を感じるのは、俺たちの話がよく聞こえるようにレモが風魔法を使っているのだろう。


「それではまず自己紹介から始めましょう」


 師匠が口火を切り、緊迫した空気の中、話し合いが始まった。




─ * ─




次回、鳥人族の青年メレウトさんが言った「愛する人を救い出すために」の意味も明らかになります!

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