14、本物の海賊船が現れた!?

「北から海賊船らしきシルエットの船影が近づいてくるんです!」


 ええーっ、本物の海賊が出た!?


「ペセジュ船長に報告を! 攻撃許可が出たら教えてくれ!」


 俺の言葉に年配の船員は、


「へい、承知しやした!」


 威勢の良い返事と共に甲板を走ってゆく。


「ったく、本来の立場的にはペセジュさんのほうがよっぽど姫だろ」


 小声でぼやくと、イーヴォの頭に海藻を積み上げていたユリアが、


「でもペーちゃんはジュキちゃんと違って凛々しいから」


 と腹の立つことを言った。


「俺だって凛々しいもん!」


 言い返しつつ船の舳先へ急ぐ。水夫たちによると海賊船は進行方向から迫ってくるらしい。大砲で攻撃されないよう、船全体に結界を張ろう。また沈没するのはごめんだからな。


「見えた!」


 海に突き出た舳先に立って、俺は肉眼で敵艦を確認した。マストには黒い眼帯を嵌めた骸骨がはためいている。俺のうしろからついてきたユリアは、


「あっちも偽物の海賊だったりして」


 緊張感のない声を出しているが、ユリアを追って走ってきた船乗りのおっさんたちが俺に向かって叫んだ。


「姫さん、危険ですから船室へ!」 


「俺様のジュリア、ここは我が頭皮必殺の光魔法光輪グローリアで――」


 イーヴォも立ち上がり、頭から海藻を払いのけた。しかしイーヴォは輝かしい頭皮の持ち主であると同時に船の燃料でもある。


「あんちゃんは貴重な魔力源だから船室に引っ込んでいてくんなせえ」


 おっさん連中に背中を押されて甲板から消えて行った。


 代わって階段から威勢よく躍り出たのはペセジュ船長だ。


「ジュリア、ここは私に任せろ!」


 やだやだっ、かっこいいところ全部取られてたまるかよ!


 俺は振り返って宣言した。


「この船は俺が守る!」


 水の結界を張ったとき、近づいてきた海賊船からふわりと風が吹いて、俺たちの船を覆う水の膜を揺らした。


『ジュキ、いる!?』


 風に乗って届いたのは――


「えっ、レモの声!?」


 間髪入れずに、


『ジュキちゃん、船に乗ってるの!?』


「えーっ、姉ちゃんまで? どういうこと!?」


 俺が混乱していると、ペセジュ船長が舳先の下までやってきた。


「知り合いか?」


 うまく答えないとまた怪しまれちゃう! 返事に窮していると、


『ジュキくん、ユリアさん、無事ですか?』


 なぜか師匠の声まで聞こえてきた。続いて、


『ちょっと皆さん、船同士が近づくときには決められた合図があって――』


 聞いたことのない男の声が弱々しく割り込んでくる。


『何言ってるのよ。相手は海賊船よ?』


 レモの言い返す声が聞こえるが、そっちも海賊船だからな?


「もしかして君が心配していた婚約者とお姉さんなのか?」


 勘の良いペセジュ船長が言い当てた。


「でもあれ、どう見ても帝国の船じゃないんだ」


 今や目の前に見える海賊船を指さす俺に、ペセジュ船長もうなずいた。


「明らかに火大陸の魔導船だな」


 だが事態は急変した。風魔法に乗ってレモの声が宣言したのだ。


『私のかわいいジュキを返さなければ砲撃する! 十を数える間に回答せよ! 十、九――』


「砲撃だと!?」


 ペセジュ船長が声を上げ、


「大変だー!」

「本物の海賊船が出たー!」

「大砲準備ー!」


 船上は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


 だがペセジュ船長はすぐに冷静さを取り戻した。


「きみたちがこの船に乗っていると分かっているのに、なぜ砲撃などと言い出すのだ?」


「レモせんぱいだから」


 ユリアが答えたときには、俺は翼を具現化し青空へと舞い上がっていた。


「レモ!」


 愛する人の名前を呼びながら、迫りくる海賊船へと羽ばたく。


「ジュキ!」


 ピンクブロンドの髪をなびかせて、甲板からなつかしい姿が飛び立った。


「よかったレモ! 無事だったんだ」


 涙があふれてくる。


「ジュキこそ。すごく心配したわ!」


 俺たちは空中で抱き合った。あたたかい。腕の中にレモがいる。かけがえのないぬくもりを俺はひしと抱きしめた。


「もう離さない」


「私もよ、ジュキ。やっぱり同じ船室で寝るんだったわ」


 レモが俺のうなじに頬をすり寄せたとき、足元の海賊船から歓声が上がった。


「キャプテン・レモネッラ、万歳!」


 甲板で唱和する男たちの暑苦しい声に、俺は首をかしげた。


「レモ、なんでキャプテン?」


 俺が憧れる船長の座を射止めてるなんてずるいぞ!


「ジュキのお姉様がゆずってくれたのよ」


 レモは嬉しそうに答えるが、意味が分からない。ゆずったってことは姉ちゃんも船長候補だったの?


 俺が怪訝そうな顔をしていたせいか、レモはくすくすと笑いながら俺のツインテールを撫でた。


「アンジェリカお姉様の威嚇ブラフでみんな言うこと聞いて、私たちの船になったの」


 海賊船を乗っ取っちまったのか? いまいち話が見えねえが、俺のように姫扱いを受けているわけではなさそうだ。ちっ、うらやましいな。


 レモをキャプテンとして頂く海賊船を見下ろせば昨晩、共に飲み明かした船乗りたちが笑顔で手を叩いていて、俺はホッとした。みんな無事だったんだな。


 さらによく見れば火大陸の民らしき服装をした者たちもまざっている。


 群衆の中から姉ちゃんが、涙を流しながら見上げているのに気が付いて、俺は大きく手を振った。


 姉ちゃんが俺に手を振り返し――って隣の男も手を振ってる!? 地図を片手に安堵のほほ笑みを浮かべるのは、


「やっぱり師匠!?」


 なんでここに!?


「火大陸の王太子みたいな立場の人にわれて、レジェンダリア帝国の使者としてやってきたのよ」


 レモがかいつまんで解説してくれるが、状況が見えない。どこから質問すればよいのか迷っていると、下から船員たちの会話が聞こえてきた。


「もしやお前さんたちは入り江に住むウム族?」


「そう言うあんたがたは岩場に暮らしていたレム族か?」


 海上では向かい合った二艘の船がぶつかることなく、すれ違う恰好で並んでいた。


「鳥人族に集落を奪われちまってな」


「うちも同じだよ」


 どうやらレモたちの乗ってきた船も海賊船と言うより、鳥人族に焼き出された人々の避難船だったようだ。


 だが和気あいあいとした雰囲気は、一瞬のうちに破られた。


「キサマ――」


 昼の海にペセジュ船長の声が響く。


「その先祖返りした鳥人族の姿! 我らが宿敵ゲレグの息子だな!?」


 湾曲剣を手にしたペセジュ船長が、ひらりとレモたちの船に飛び移った。

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