二、仲間との再会

11★師匠の偽物が現れた!?(レモ視点)

(レモ視点です)


 どんなに探してもジュキの姿は見つからなかった。


 月明かりが冷たく照らす小舟に乗っているのは私と、紫がかった銀髪をポニーテールにしたアンジェリカさん――ジュキのお姉さんだけだ。船乗りたちは樽や木片につかまって白目をむいている。難破したからではなく――


「あなたたちがジュキちゃんと一緒だっていうから私は避難したのに!」


 アンジェお姉さんが無意識に発動し続ける威嚇ブラフに当てられ、精神を削られているのだ。私は彼らが大海に流されないよう風魔法を強化しながら、アンジェお姉さんを落ち着けようと声をかけた。


「ジュキはきっと大丈夫よ……」


 だが私の声も弱々しい。私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「だってジュキは水の精霊王だもん。水の精がおぼれるなんて聞いたことないわ」


 祈るような気持ちで聖石のペンダントを握りしめる。ジュキも色違いの聖石が嵌められた、おそろいのペンダントを身につけているのだ。


 振り返ったアンジェお姉さんは涙に濡れた頬に微笑を浮かべようとした。子猫を思わせるわずかに目尻の上がった瞳と、形の良い鼻梁がジュキを思い出させて、胸が締め付けられる。


「そうよね。私もジュキちゃんもセイレーン族である母さんの血を引いているから、水の中でも息できるし」


 あ、この人もジュキが水中で呼吸できるの知ってたんだ。ていうかご本人も水中呼吸可能だったとは。


 私の驚きをよそにお姉さんは不安そうに、私とは色違いの聖石が光るペンダントをなでている。お姉さんのペンダントには紫が、私の方にはピンクの聖石がついている。


 このペンダント、皇后さまが私たち四人に贈ってくださったありがたい品なのだが、ファッションにおいても最先端を行く皇后さまがくださった装飾具にしては素っ気ないデザインなのだ。もちろんこんなことを思ってしまうのは、私が帝都の魔法学園に通っている間、派手好みな貴族たちや社交界を見てきたからで、庶民出身のアンジェお姉さんは素直に喜んでいた。


 皇后さまは教会の高位聖職者が加護を込めたとおっしゃっていたから教会製なのかしら? どことなく師匠の作る魔道具のように見えるのだが。ジュキにも同じデザインのものを渡していたから、あまりにフェミニンなものは避けたのかもしれないけれど。


「これからどうしましょう? ただ救助を待つしかないのかしら」


 アンジェお姉さんが憔悴しきった声でつぶやく。人間の救助を待つセイレーンに突っ込みたい気持ちを押さえつつ、


「なるべく早く帝国に戻って救助隊を出してもらう必要があるわ」


 私は冷静に頭を回転させた。私たちは大勢の船乗りを見捨てることなどできない。


「風魔法でなんとか行けるかしら」 


 水の大陸に着くまでに魔力が尽きないか不安が残る。


 アンジェお姉さんも片手を頬に当てながら沈んだ声を出した。


「私なら泳いで行けるかも知れないけれど、どっちの方角が水の大陸だか分からないわ」


 海図も方位磁針も望遠鏡も、すべて船と共に海の底へ消えてしまった。


 だがわずかに明るくなり始めた遠くの水平線は、私たちに落ち込むばかりでは何も変わらないと教えてくれているようだ。


「近くにみんなを運べる小さな島でもあるかも知れないし、私、とりあえず上から見てみる!」


 私は突破口を求めて呪文を唱え始めた。


聞け、風の精センティ・シルフィード――」


 私の周りでふわりと風が動く。


「汝が大いなる才にて、低き力のしがらみしのぎ、我運び給え。空揚翼エリアルウィングス!」


 私は小舟から浮かび上がり、夜明けの空へと舞い上がった。小舟の上ではアンジェお姉さんが光魔法「光明ルーチェ」を灯して、私に帰る場所を示してくれている。


 少しずつ高度を上げると、夜の冷たさが残る風が頬を撫でる。白み始めた東の空が暗闇を払い、水平線が燃えるようなオレンジ色に染まり始める。


 私の目は、海から大きな太陽が生まれてくる瞬間を捉えていた。光の矢が海面に放たれ、波間を金色に輝かせる。私は思わず太陽の方角へ体を向け、目を細めていた。


 静寂にまどろんでいた海が強い朝日を受けてきらめき始める様は、見えない手が世界を新たに塗り替えていくかのようだ。


 束の間、空と海と一体になっていた私は、左から船が近づいてくることに気付いて息を呑んだ。左――つまり北の方角、ということは水の大陸からやってくる船だ!


「助かった!」


 これで船乗りたち全員を救助してもらえる。


 私は高度を落とし、船へ向かってまっすぐ飛んだ。


 だが――


「違う。あの船――」


 私は自分の短絡的な行動を呪った。マストに、はためく帆には黒い眼帯を嵌めた骸骨の意匠が描かれていたからだ。


「今から逃げても遅いか」


 私が肉眼で確認できたということは、望遠鏡でこちらを見ているであろう海賊船には当然、発見されている。


「それなら向かい撃つのみ!」


 海に浮かぶ船員たちを犠牲にするわけにはいかない。海賊船が彼らのところへ到着する前に私が甲板に乗り込んで撃破するのだ。うまくいったら海賊たちは海に捨てて、船だけ手に入れられるかも知れない。


 風魔法を操り、迷いなく海賊船へ突っ込んでいく私に向かって風が吹いてきた。攻撃魔法じゃないし毒霧攻撃!? と怪しんだ次の瞬間、


『レモさんですよね?』


 風に乗って聞き慣れた声が届いた。


 この声、セラフィーニ師匠!? 私が魔法学園でお世話になった教授の声にそっくりなのだ。


 まさか師匠、海賊につかまっちゃったの!?


 いや彼は夏季休暇の明けた魔法学園で、今も教鞭をとっているはずだ。


 じゃあ偽物!? 私をハメようとしてる!?


 だがなぜ私の名を知っているのか、師匠が私をどう呼ぶか分かっているのか、など謎は多い。しかも声を風魔法で届けるなんていかにも師匠のやりそうなことだ。


「えーい、めんどくさい! 海賊船に乗り込めば分かることよ!」


 すっかり昇った太陽が鮮やかな光で照らし出す大海原の上を、私は風魔法でけた。


 ドワーフ職人謹製の魔装具に魔力を流し、常時発動の結界を強化する。首元につけたV字型のネックレスとベルトに嵌まった聖石が魔力結界を展開してくれるのだ。


 さらに腰から抜いたレイピアを構える。私は準備万端を整えて海賊船の舳先に降り立った。


「よかった! レモさん!」


 だが駆け寄ってきたのは、よく知る中年男だった。背中に垂らした藍色の長い髪、海には全く不釣り合いな学者然としたローブ、困ったような笑顔――どこからどう見ても見慣れた師匠の姿だ。


「――本物?」




─ * ─




なぜ師匠が海賊船に乗って火大陸へ向かっているのか? 次回もレモ視点です!

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