10、ペセジュ船長の素性が判明

 細い廊下に出た俺は行く当てもないので甲板へ上がることにした。小さな傷がたくさんついた廊下を歩いていると、階段下の扉が開いてさっきの女性が姿を現した。 


「今夜、寝ていただく場所の用意ができました。置いてあった物はなるべく移動したのですが、全ては動かせなくて――」


「構いませんよ、一晩だけだし。お邪魔して俺たちこそ申し訳ない。集落から逃げてきた人たちみんなで暮らしてるんだから、空き部屋なんでありませんよね」


 言ってから、しまったと思う。彼女たちは俺に素性を隠したかったんじゃないか?


 だが女性の反応は予想と違っていた。 


「ペセジュ様からお聞きになりましたか」


 悲しげな口調ではあるが、俺を警戒するそぶりはない。


 俺は、はい、と答え、聞いたことをそのまま話した。


「あの方も婚約者を亡くされ、お兄さんは捕虜になっているとか」


「捕虜というか、奴隷兵というか――」


 彼女の声は小刻みに震えた。


「帝国を攻めるための捨てごまにされるんだわ。私の夫も弟も同じ目にあっているんです」


 俺はどんな言葉をかけるべきか分からず、唇をかむことしかできなかった。


 女性は階段下の船室に俺を招き入れた。


「こちらです」


 突き当たりの小さな窓は甲板に上がる階段によって斜めに切り取られている。誰かが上り下りするたびにきしんだ音が伝わってくるから、物置として使っていたようだ。


 片側に二段ベッドが計四つ作りつけられており、下の二つには現在も木箱が詰め込まれていた。一方上の二つには寝具が用意されている。


 ベッドの向かい側の壁の前には、布をかけて隠してあるものの樽が並んでいるのが分かる。


 それでも一晩、居候いそうろうさせてもらうのだ。


「ありがとうございます」


「いえいえ」


 答えた彼女の目には、家族のことを思い出したためか涙が浮かんでいる。


「俺も今、婚約者と姉と離れ離れになっているんです」


 気付けば自分のことを話していた。


「だからってわけじゃないけど、あなたたちがどんなに苦しいか、自分のことみたいに分かる気がする」


 俺はつたない言葉で胸の内をそのまま吐露した。俺がレモや姉ちゃんと再会できずにいるのは、天災のせいだから誰を恨むこともできないが、彼女たちは人災により悲劇に見舞われているのだ。


「鳥人族の族長ゲレグとかいうやつ、許せねえな」


「私も、許せません……」


 船室の前に立ち尽くした女性がこぶしを握りしめた。彼女のうしろで開いたままの扉が、船の揺れに翻弄ほんろうされて不規則に動いている。


「私たちは無力です。不死身になった鳥人族を前に、蹂躙じゅうりんされる一方だった」


 うつむいた彼女は消え入りそうな声で話した。


「だけど俺なら聖剣で彼らを止められるんだ!」


 俺は腰にぶら下げた剣に指を添えていた。


「聖剣……?」


 彼女が顔を上げた。


「うん。この剣は聖剣アリルミナス。水の精霊王であるホワイトドラゴンが太古の昔に氷のブレスを吐いて、それがつるぎの形に変わったと言われている」


 思いっきり自慢しちゃったけど、不用意に手の内を明かすのはまずかったかな? ペセジュ船長なら警戒して絶対に言わないだろうなあ。


 だが女性は両手を顎の下で組んで、目を輝かせた。


「なんと心強い!」


「えへへ。この聖剣なら不死身の兵士も斬れるんだ」


「素晴らしいわ。歌姫さん、あなたは私たちの救世主かも知れない」


 歌姫さんて。俺が無表情になったのに気付かず、彼女は言葉を続けた。


「聖剣のお話、ペセジュ様にしましたか?」


 俺は溜め息をついて首を振った。


「できるような雰囲気じゃなかった。ペセジュ船長に信用してもらえなくて俺たち、水の大陸に送り返されちゃうんだ」


 しょんぼりする俺をなぐさめるように、彼女は俺の銀色に輝くツインテールを指先で撫でた。


「ペセジュ様はおそらく、族長の娘として必要以上に責任を感じていらっしゃるのです」


 船長は族長の娘だったのか! どことなく身分ある女性を思わせる振る舞いにも納得だ。


「族長もその奥様も鳥人族と戦って集落を守ろうとしました」


 女性は窓の外で白く泡立つ波を見つめながら、ペセジュ船長の両親について語り出した。


「お二人はペセジュ様の婚約者たちウム族の戦士と共に、鳥人族と勇敢に戦いました。でも実は、ウム族再興の未来にかけて息子と娘を逃がしたのです。でも息子――お兄様のほうはほかの若い男たちと一緒につかまって、捕虜となってしまった」


 身分を隠していたおかげで族長の息子とは知られず、一命を取り留めたようだ。


「一方ペセジュ様は奥様から戦えない者たちを守るように言われていました。火の山から下りて攻めてきた鳥人族から逃げ、私たち女子供や老人と共に海へ出たのです」


 ウム族は昔から漁業を営んできた部族だったらしい。だが部族間抗争が激しくなってきて、二十年前に外洋の航海にも耐えられる戦艦を造船したそうだ。水の大陸と交易することで武器となる魔道具も手に入るし、海賊と出くわしたときや、ほかの部族と漁場争いになったときにも有利に進められるからだと言う。


「帝国の港へ魚介類を運ぶにも、魔導船なら速いですから新鮮な魚を届けられますしね。まさか鳥人族に集落を奪われて、海へ逃げることになるとは思いませんでしたが、なんとか残った者たちが生き延びる手立てとなったのです」


 彼女は苦しげに打ち明けると、感謝の思いを伝えるように手のひらで船室の壁に触れた。弱々しい彼女の肩を見ながら、俺は啖呵たんかを切った。 


「鳥人族の奴らにはお灸をすえてやらなきゃなんねえな」


「歌姫さん、心強いです!」


 だからその歌姫さんってのはやめて欲しいんだがなあ。ったく調子が狂っちまうぜ。


 俺はおとこらしく力強い声で宣言した。


「あなたたちの暮らしを取り戻すためにも、鳥人族の族長ゲレグは俺が倒す!」




─ * ─




次回はレモ視点です。船を失ったレモとアンジェリカお姉さんの行方は!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る