12★先祖返りした鳥人族の青年(レモ視点)

(引き続きレモ視点です)


「レモさん、なぜ空を飛んでいるのですか? 船はどうしましたか?」


 海賊船の甲板で私を迎えた師匠は片手に折りたたんだ地図を持ったまま、朝日にきらめく海を見回した。目視できる場所に船が浮かんでいないのだから、異変に気付くのは当然だ。


「師匠こそ、どうしてここに? それにこの船――」


 海賊船でしょ、と言いかけて私は口をつぐんだ。師匠の斜め後ろに、この船の乗組員らしき青年が立っていることに気付いたからだ。彼は水の大陸では見たことがないタイプの亜人種だった。


 袖の無い上着から出た腕は美しい羽に覆われている。ゆったりとしたズボンからのぞく足元に靴は履いておらず、明らかに鳥類の脚だった。


 ジュキ以外の先祖返りって初めて見た――


 私は一瞬、青年の美しい姿に見とれたが、ジュキはもっとずっと綺麗だもん、と思うと泣けてきた。


 だが私の表情の変化が彼に誤解を与えたらしい。


「すみません。こんな鳥みたいな恰好で怖いですよね」


 青年はためらいがちに師匠のうしろに隠れてしまった。


「違うの!」


 私は慌てて否定した。


「私の婚約者も先祖返りした亜人族なのよ。彼は竜人。あなたは――」


 青年の顔に光が差した。


「僕は鳥人族なんです。メレウトと言います」


「私はレモネッラ・アルバよ」


 私たちは握手を交わした。本来なら自己紹介をしている場合ではない。一刻も早く海に浮かんでいるみんなを救助しに行きたい。


 だが、つい最近まで幻影を見せる敵と戦っていた私は、目の前にいる師匠が本物かどうか自信を持てないのだ。


「レモネッラさん、この船があなたを驚かせてしまったようで申し訳ない」


 メレウトさんが謝罪すると、補足するように師匠が私に確認した。


「レモさん、火大陸の状況は知っていますね?」


 私がうなずくと、彼は状況を手短に説明した。


「土地を追われた部族の中には海賊となって海に出ている者たちもいます。この船に乗っているのも住みかを追われた人々で、ほんの一年前までは真面目な漁民だったんです」


 レジェンダリア帝国の南海で近頃、海賊船が増え、捕らえた彼らからの情報で火大陸の現状が明らかになったのだ。つまりこの船も新興海賊船だから安心しろというわけか。


 でも師匠の現れるタイミングがあまりに良すぎるのよね。まだ胸の暗雲が晴れない私に、メレウトさんが突然、頭を下げた。


「申し訳ありません! 僕の父が――」


 彼のお父さんが何をしたっていうの!? 私が驚いていると、師匠が彼をたしなめた。


「メレウトさんの立場については、あとでゆっくりレモさんたちに話しましょう。それより――」


 舳先に立つ私を見上げた師匠はいつになく厳しい表情をしていた。


「レモさんの乗ってきた船はどこにあるのです? そしてなぜジュキくんたちとはぐれてしまったのですか?」


「なぜそれを?」


 私は笑みを消して問い返した。ジュキとはぐれたことまで知っているなんておかしい。


 師匠は目をそらし、ふっと溜め息を吐いた。


「仕方ありませんね。これはあなたたちには秘密にするよう、クリスティーナ皇后陛下から仰せつかっていたのですが、緊急事態においてはその限りではありません」


 師匠は片手に持ったままだった地図を広げて私に見せた。甲板に下りてのぞきこむと、水の大陸とその南に広がる海、そして火大陸北部が描かれている。だが普通の地図と違うのは、色の異なる四つの光が点滅していること。緑と黄色はほとんど重なり合っており、ピンクと紫もすぐ近くに見える。


「これって魔道具?」


 私はすぐにピンときた。師匠はしっかりとうなずき、


「この光がレモさんたちのいる場所を示しています」


 と地図上を指さす。


「なんでそんなの分かるのよ? って、あーっ!」


 私は気が付いて、デザインがダサいから服の下に隠していたペンダントを取り出した。


「やっぱりこれ、師匠謹製魔道具だったのね!」


「当たりです。皇后陛下に依頼されて作成したのです。今頃、陛下は地図を眺めながら発狂寸前でしょうねえ。四人がバラバラになっていては」


 師匠は疲れた声を出した。つまり私たちを――いや、主にジュキを心配したクリスティーナ皇后が、つねに我々の居場所を確認できる魔道具を師匠に作らせたのだ。彼女も師匠と同じ地図を持っており、安全な皇宮でハラハラしているのだろう。


 ペンダントに嵌められた石と地図上の光の色が対応しているのだろうから――


「ジュキはここにいるのね!」


 私は海上をゆっくりとこちらへ進んでくる緑の光を指さした。今にも空へと飛び立とうとする私の肩に、師匠が手を置いた。


「この船のすぐ近くにアンジェリカさんがいるはずですが」


 そうだった。乗組員全員、海に漂ってるのを忘れるところだったわ。


「師匠、私たちの乗っていた船が難破して、みんな海の上なの」


「ええーっ!?」


 驚いたのはメレウトさんだけだった。クリッとした目がさらに大きくなっている。


「すぐに助けに行きます! 案内してください!」


 メレウトさんは大きな翼を羽ばたいて甲板から舞い上がった。


「レモさん、風魔法で彼を案内してください。我々も船で追いかけます」


「分かったわ! ――空揚翼エリアルウィングス!」


 私も再び海の上に浮かび上がった。私たちのプライバシーを無視した怪しい魔道具を持っている以上、本物の師匠に違いない。疑いは晴れたのだから今はみんなの救助が最優先!


 メレウトさんをアンジェお姉さんが待つ小舟のもとへ案内すると、私は海に浮かんだ船員たちに大声で呼びかけた。


「救助の船が来たわ! 海賊船の旗を掲げているけれど、カモフラージュだから安心してね! 元帝国騎士団魔術顧問セラフィーニ師匠が導く船だからみんなで乗り込むわよ!」


「僕の脚に捕まってください! 船まで運びます!」


 メレウトさんの協力と私の風魔法で、なんとか全員を船に乗せることに成功した。


 助かったことを喜び合う船員たちを眺めながら、私とアンジェお姉さんは心おだやかではなかった。


「師匠、早くジュキを助けに行きましょう!」


 私がせかすと、


「ユリアさんも、ですよね?」


 師匠が真顔で返した。


「あ。ユリア忘れてた」


 ぽろりと心の声が漏れる。


「いつの間にいなくなっちゃったのかしら!?」


 アンジェお姉さんも今さら気が付いたらしく、両手で頬をはさんできょろきょろとしている。


 頭を抱える師匠に、


「あの子も私たちと一緒に小舟に乗っていたのよ!」


 私は精一杯、主張した。一体どこで落としてきちゃったのかしら?


「幸いジュキくんと一緒にいるようですから、すぐに向かいましょう」


 師匠は魔道具の地図を片手に操舵そうだ室へ急ぐ。アンジェお姉さんは師匠の手に乗った地図を見つめながら、


「ジュキちゃんはゆっくりと私たちの方――水の大陸へ流されているのかしら?」


 と指さした。


「ゆっくりと動いて見えるのは地図の縮尺のせいです。地図上でこの動きということはかなりの速度が出ています。火大陸製の魔導帆船に乗っているとみて間違いないでしょう」


「よかった! ジュキちゃん船に乗っているのね!」


 アンジェお姉さんが胸をなで下ろす。私たちは顔を見合わせて安堵の笑みを交わした。




─ * ─




次回はジュキ視点に戻ります! レモたちの乗った船と無事再会できるのか?

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