06、海賊船の女船長ペセジュ

 女船長が甲板から海へと身をおどらせた!


「うおーっと!」


 俺は反射的に叫んで両手を伸ばす。と同時に俺の意思に反応した海が立ち上がり、彼女を受け止めた。


「あっぶねーよ、船長さん!」


「む? お前たちの乗ってきた小舟があるかと思ったのだが――」


「ないって」


 あったとしても戦艦サイズの海賊船から小さな舟に飛び降りるのは危険すぎるだろ。大体、遭難者を助けるために自ら海に飛び込んでくる海賊船の女船長なんているか? まるで無茶をするお嬢さんだ。海賊船らしい旗こそ掲げているが、こいつらの正体については謎が残るな。


 一方、甲板の上では船員たちが右往左往している。


「キャプテンが海に落ちたぞ!」


 自分から飛び降りたんじゃないか。


 だが上から見下ろせば、波の上に乗っている船長はおぼれかけているように見えるのかもしれない。


 仕方ねえな。


 俺は精霊力を操り女船長を抱え上げた。俺の腕の中で彼女はあたふたしている。


「あわわっ、可憐な銀髪ツインテ美少女にお姫様抱っこされるとは!」


 しまった。俺いま女の子だったの忘れてたよ……


「キャプテン、歌姫さま! 梯子はしごに捕まってくだせえ!」


 甲板から見下ろす男たちが叫ぶが、女船長を抱えたまま縄梯子に捕まるのは難しい。翼を顕現させて飛んでいけば早いのだが、彼らは先祖返りした亜人族なんて見たことないだろうから、外見に関して大騒ぎされるのは居心地が悪い。ここは海を操るのが得策だな。


「波よ」


 小声で呼びかけると海がせり上がり、女船長を抱いたまま俺は甲板の高さまで持ち上げられた。だが――


「大波だー!」

「船が飲まれるぞ!」

「舵を切れー!」


 突然出現した大波に甲板は阿鼻叫喚。なんとか俺たちから距離を取ろうとする。


「逃げるなー!」


 俺はつい叫んだ。歌う俺を見てはセイレーンだと怯え、海を操ったら大波だと騒ぎ出す。船乗りとしては危機意識が高く、正しい対処かも知れないが、海賊としてはどうなんだ!? 頭が燃えてる骸骨の旗が泣いてるぞ!?


「埒が明かねえ」


 俺は観念して翼を現し、船の甲板まで飛んだ。


「し、白い羽が!」

「あれは天使と呼ばれる伝説の生き物!」

「天界の者なら美しいのも納得だ」


 甲板のオッサンたちが勝手に納得している。さっきイーヴォが同じ村の出身だって言ってたのに何が天界だ!


 腕の中の女船長も目を丸くして、俺の白い羽に釘付けになっていた。


「一体、何者なんだ。君は?」


 甲板に降り立った彼女は目を見開いたまま尋ねた。さて、どう答えるか。翼を消したあとに残った精霊力がキラキラと銀色の星屑を降らせる中、俺は必死で説明を考える。


 だが俺が口をひらく前に、


「ジュキちゃんは精霊王なの。むしゃむしゃ」


 干し葡萄を口に放り込んでいたユリアがさらりと答えた。


 俺は水の精霊王であるホワイトドラゴン――通称ドラゴネッサばーちゃんの力を受け継いでるだけで、精霊王本人じゃない。


「そうじゃなくて、あのな――」


 慌てて補足しようと、しどろもどろになった俺をさえぎったのは、


「そんなはずはない! 精霊王は今や鳥人族の裏切りによって、彼らの手に落ちてしまったのだから!」


 突然、感情的になった女船長の声だった。


 途端に甲板の上がしんと静まり返る。船乗りたちは皆、喪に服すみたいに暗い顔で、一様に下を向いてしまった。波音だけが絶え間なく繰り返される。


 俺は努めて冷静に、


「それって火の精霊王のことだよな?」


 と確認する。


 女船長は取り乱したことを恥じているのか、目をそらした。


「お前たちの帝国でも知られているのか」


 女船長は俺が天界出身説だなんて信じることなく、イーヴォやニコと同じ帝国民だと分かってくれているようだ。


「俺たちは火の精霊王を救うためにやってきたんだ」


 一瞬、女船長の顔は希望の光に輝いた。だがすぐに疑いの色に染められる。


「なぜお前たちが? 帝国民ということは水の大陸の者たちだろう?」


 水の大陸は水の精霊王ホワイトドラゴンに守られているのに、なぜほかの大陸の精霊王を救いに来たのかと怪しんでいるのだろう。


 四大精霊王の力がそがれると深海に封じられた魔神アビーゾの封印が弱まるから、世界全体の危機につながるのだ。だが、火大陸の人たちは魔神アビーゾについて知っているのかな? 魔神の話なんか出して信じてもらえるかな?


 俺が答えに窮していると、


「まさか――」


 どんな予想を立てたのか、女船長がいかにも深刻そうな声を出した。周囲の男たちも不安げに成り行きを見守っている。


「濡れた服を着替えてから私の部屋へ来なさい」


 女船長は硬い声で命じると、船室へ至る木の扉を開けて狭い階段を下りて行った。その先で、


「あの者たちに服を」


 と指示を出す声が聞こえる。


「あ、その必要はありません!」


 俺は声を張って答えると、


纏熱風ヴェントカルド!」


 レモから教わった生活魔法を唱えた。熱風を起こして服や体を乾かせる便利な風魔法だ。着替えの手伝いなんかされて性別が露呈したら、信用を失う原因になる。女性が危険を避けるために男装して旅をしているならあり得るが、逆は怪しすぎるからな。


 まだ干し葡萄を食べているユリアの横をすり抜け、


「俺様のジュリア、お前の疑いは俺様が晴らしてやる!」

「ジュリアちゃん、おいらと海デート――」


 意味の分からないことを言っているイーヴォとニコを無視して、女船長のあとを追い、階段を駆け下りた。


「あら、お着替えは――」


 階段下の脇にある船室が開く。姿を現したのは海賊船に似合わない、普通の村娘風の女性だった。もとは鮮やかな色合いだったであろう布を巻きつけた服装は、見慣れないものだ。


 俺は魔法で服を乾かしたことを告げ、船長室の場所を尋ねた。


 だが女性は戸惑った様子で、甲板の方へ視線を動かした。


「あの、おそらくもう一人のお嬢様もお連れいただいたほうがよろしいかと思うのです。ペセジュ様は三人分の飲み物を用意するようにとおっしゃっておりましたので」


「あ、分かりました」


 俺はうっかり素直に答えたあとで、甲板へと戻る階段を登りながら、飲み物を用意してくれる海賊船の船長ってなんだよ、と突っ込んでいた。ペ――何とかというのが女船長の名前なのだろうが、火大陸風の名は馴染みがなさすぎて聞き取れなかった。


 イーヴォのバンダナを奪おうと楽しそうに鬼ごっこをしていたユリアをとっつかまえて纏熱風ヴェントカルドをかける。


「もーう、ハゲのお兄ちゃんと遊んでたのに」


 不満そうなユリアを引っ張って船室へ下りるとき、船べりに寄りかかったイーヴォが、顔面蒼白になって肩で息をしているのがちらりと見えた。


 俺たちを待っていた先ほどの女性が、


「ペセジュ様のお部屋はこちらです」


 と案内してくれる。古い木材の匂いがする細い廊下を歩いていると、両側に並ぶ船室の扉が細く開いていた。中からは子供や母親が不安そうにのぞいている。まるで難民船のようだ。


 女性が突き当たりの扉をノックし、


「お二人をお連れしました」


 と声をかける。


「入ってくれ」


 中から女船長の声が聞こえた。




─ * ─




一体ジュキは、女船長にどんな疑いをかけられてしまったのか?

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