05、なんでここにイーヴォとニコがいるんだよ!?
「ユリア、逃げた方がいいかも知れねえ」
俺はそそくさと、竪琴を魔法陣の描かれた布で包んで
だがユリアは心底怪訝な顔で、流水の椅子に座った俺を見上げた。
「ジュキちゃん今さら何言ってるの?」
「あの海賊船、俺の宿敵が乗ってるみたいなんだ」
「帝国一強いジュキちゃんの宿敵って――魔神!?」
ユリアは顔色を変えて迫ってくる船を見上げた。甲板から見下ろす男たちはなぜか赤いバンダナを巻いている者が多い。頭髪をさらしている者は赤い髪をしているようだ。
皆、日に焼けて浅黒く、それなりに鍛えた体つきをしてはいるものの、海賊船にしては平均年齢が高い気がする。中年から老齢の男たちが並ぶ中、一人だけ突出して若い男が赤いバンダナを締め直し、きらめく頭皮を陽射しから守っている。
「俺様のジュリア! 迎えに来たぞ!」
この至近距離で見てもやっぱり確実にイーヴォだ! 帝都でレモの姉クロリンダ嬢の護衛任務についてるんじゃなかったのか!?
俺はユリアの服をつかみ、真剣な顔で告げた。
「逃げよう!」
「宿敵じゃなくて歌姫ジュリアちゃんファンクラブの会員さんじゃん」
俺を振り返ったユリアは当然のように言ってのけた。
重いユリアを動かそうと必死で引っ張っていると、海賊船の爺くさい男たちが甲板の上から声をそろえた。
「お迎えに上がりました。美しき歌姫さま」
どういう
「我ら『赤きウム族の希望』にお任せください」
赤きウム族の希望ってのが、この海賊団の名前らしい。それで赤い髪じゃない者は赤いバンダナを巻いているのかな?
ちなみにイーヴォの地毛は赤だったが、今は大半が消滅しているのでバンダナが必要ってことか。納得。
甲板からロープと木片で作られた
「俺様のジュリア、登ってこい!」
いちいち「俺様の」という
「お船の中、パンあるー!?」
「ん? 硬いビスケットならあるぜ」
イーヴォが気の無い返事をする。
「甘いものはぁ?」
「干し葡萄があったんじゃねえか?」
「うーん、お魚さんオンリーよりましかぁ」
糖分ないと生きていけないぷよぷよ娘め! 食いもんのことしか頭にないな!
俺の意見なんか欠片も聞いてくれないユリアをにらんでいると、彼女はこちらを振り返ることすらなく縄梯子へ飛びついた。
「わー、ブランコー」
縄梯子は固定されていないので風にあおられ、船腹の外壁に沿って左右に大きく揺れている。
「引き上げますぜ」
中年男たちが慣れた手つきで縄梯子を巻き取っていった。
ユリアが甲板に降り立つうしろ姿を見上げつつ俺はふと、このまま逃げちまおうかと思い立つ。海賊船に乗り込んだからってレモと再会できると決まったわけじゃない。
イーヴォが楽しく働ける職場ならユリアだって大丈夫だろう。船底でオール漕ぎも、繊細なアーティストたる俺には無理だが、脳筋なユリアならイーヴォと並んで仲良くこなせるかも知れないねっ!
「次は歌姫さま、どうぞ」
だが俺めがけてまた縄梯子が投げられた。
相手が海賊とはいえ人の親切を踏みにじることになるのではと、逃げることを躊躇する俺の耳に、少年のような若々しい声が響いた。
「お前たち、さっきから一体何を騒いでいるんだ?」
見上げると、甲板へ姿を現したのは中年男たちより幾分か身なりの整った――女性!? パンツスタイルでブーツを履いているし、さらりと羽織った袖なしのベストで胸元は隠れている。低い位置でひとつに束ねた赤い髪は三つ編みに結われていて、女性らしい髪型というわけではない。だが、お歌の次に異性装が得意なジュキちゃんの目はごまかせないもんね! ――って何言ってんだ、俺。
興味を惹かれて凝視しているうちに、海賊たちは彼女へ説明を終えていた。
「ふむ、遭難者の救出か」
船べりに腕を乗せ、こちらを見下ろす仕草はどこか気高く、海賊らしくない。だが船員たちの様子から察するに、彼女は海賊団の
だがたった今、船室から上がってきた彼女には、
「あの子は俺様の幼なじみなんだ。竜人族の故郷モンテドラゴーネ村で共に育ったんですぜ」
その記憶がちゃんとあるのに、なんでお前は俺をジュリアちゃんだと信じて疑わないんだよ!?
だが続いた声に俺は甲板を二度見した。
「ジュリア・アルジェント子爵、モンテドラゴーネ村の領主にして帝都劇場で人気の歌姫なんです」
あの声はニコラ・ネーリ! あいつもこの船に乗っているのか!
「ふむ?」
女船長は額に巻いた赤いバンダナを指先で押さえた。
「お前たちの幼なじみで、出身村の領主で、子爵で、帝都劇場の歌姫?」
完全に混乱している。
「情報量、多すぎだぞ。よく分からんが、地方出身の子爵令嬢で、今は帝都に暮らす歌姫ということか」
全然違うところで納得しやがった! イーヴォとニコの説明はさほど事実から離れていなかったのに、地方の子爵令嬢って、俺のプロフィールとかけ離れてるじゃん!
女船長は甲板から身を乗り出して、まじまじと俺を見つめた。
背の高い女船長は、小麦色の肌に澄んだ瞳が印象的なクール系美女で、目が合うとドキドキしてしまう。彼女はやや厚みのある唇に魅惑的な微笑を浮かべた。
「なるほど、愛らしい。これほどの美少女が海を漂っていてはいけないな。本物の海賊に見つかっては大変だ」
本物の海賊!?
俺は思わず眉根に力を入れた。船員たちも皆、着ているものは多少汚れているが、粗野な印象はないんだよな。
女船長に至っては凛とした美しさを放っている。むしろ俺じゃなくて彼女の方が、地方出身の子爵令嬢って設定が似合うんじゃないか?
「銀髪の美しき乙女よ、縄梯子が恐ろしいのか?」
女船長に問われて俺は改めて、今も縄梯子が揺れていたことを思い出した。
「いや、えっと……」
適当な言い訳が思いつかず口ごもっていると、
「私が迎えに参ろう!」
なんと女船長が甲板から海へと身をおどらせた!
─ * ─
突然、思い切った行動に出た女船長。ジュキはどうする!?
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