04、銀髪ツインテ美少女の歌声に、海賊船は魅せられたようです
「ねえジュキくん、重労働させられない方法があるよ」
俺が操る水の上に座ったまま、ユリアはにっこりと笑った。
「いつも通り、女の子になればいいの」
「いやそれ、海賊どものなぐさみものになるだけだろ!?」
もしくは港町の娼館に売られるのがオチである。
「わたし強いから平気。ジュキくんも相手のお顔、おっきな雫で包んだりできるから襲われないと思う」
確かに美少女二人がおぼれていると見せかければ海賊たちは油断するだろう。その隙に
「でも俺、女の子の服なんて持ってないぞ?」
「だめだなあ、ジュキくんは。女の子の身だしなみがなってないぞ」
生意気なユリアが指先でちょんと俺の額をつついた。
「いってぇな」
怪力を自覚してくれよ。
「とりあえず髪伸ばして」
ユリアは俺に命令しながら、自分の服の袖口についている飾りリボンを引っ張って取り外した。海から上がって、俺が操る水の上に座っているので、なかば乾いている。
「ツインテールにしてあげる」
「いや髪型だけ変えても――」
「マントを脱いで巻きスカートにするんだよ」
なるほど。ユリアのやつ、俺を女装させる話になると冴えてるな。
納得した俺は髪に精霊力を集め、背中まで伸ばした。キラキラと銀色の光が舞い散る中、ユリアが目を細める。
「うわぁ、やっぱり綺麗だなあ。ジュキくんの銀髪って短いとあっちこっち跳ねてるのに、伸ばすとウェーブがかかって素敵なの、うらやましい」
ユリアが年ごろの乙女らしく目を輝かせ、俺の横に陣取った。
「じゃあ結ぶよ」
「できんのか?」
「レモせんぱいと結びっこして練習してるの」
女子同士でそんな遊び方をしているとは、やっぱりかわいいな。
「いつでもジュキくんの髪を結べるように」
「は!?」
聞かなかったことにしよう。俺の中でレモとユリアはいつまでも素敵な乙女であり続けてほしいからな!
俺はマントを外して半分に折りたたむと、うまいことベルトの下に差し込んで巻きスカートにしてみた。膝下まで隠せるから今まで履かされてきたミニスカートほど抵抗は感じない。足元はブーツなので女の子らしさには欠けるかも知れないが、外洋を航海する冒険者ならむしろ自然だ。
白い長ズボンを脱いで
「ジュキくんにこのリボンチョーカー、貸してあげる」
ユリアが襟元に巻いていた太めのリボンを手渡してきた。
「髪のリボンと同じピンクだからよく合うでしょ」
自慢げなユリアからチョーカーを受け取って首に巻き、リボンの中央に聖石を取り付ける。ユリアは水の上であぐらをかく俺を見ながら、満足そうにうなずいた。
「うん、かわいい。どこからどう見ても銀髪ツインテ美少女だね」
自分から女装を選択する羽目に陥るなんて不本意もいいところだが、今はレモと姉ちゃんとはぐれてしまって緊急事態だ。男の
俺は近づいてくる海賊船をにらみながら、
「いざとなったら歌って眠らせるって手もあるしな」
とつぶやいた。
だがユリアはこてんと首をかしげた。
「今歌えばいいじゃん。最初からみんなとりこだよ」
その手があった!
「水よ、椅子となれ」
俺の言葉に従って流水が動き、透明な直方体を形成する。俺はその上に座り、
調弦を始めると海賊船もこちらに気付いたらしく、進度がゆるやかになった。ぶつからないよう配慮してくれているのか、警戒しているのか、どちらにしても海賊らしくねえな。
船の挙動に小さな違和感を覚えたが、俺の意識はすぐにレパートリーへと飛んだ。
何を歌おうか? オペラアリアはふさわしくない気がする。お貴族様の娯楽のために作曲された音楽なんて反感を持たれそうだ。
精霊教会の聖歌も、異なる信仰を持つ彼らに向いているとは言い難い。
「そうだ、母さんから教わった『海に捧げる歌』にしよう」
セイレーン族である母さんの実家は海沿いの小さな漁村だ。一年に一回、初夏の時期に海の
竪琴の弦を優しく撫でてアルペジオを奏でると、たおやかな音色が波間に立ち上がった。船が目の前に来てくれたおかげで音が散らばらず、上へと昇ってくれるのはありがたい。
俺はウォーミングアップをしていない喉を守るため、いつもより少し低い音域で歌い始めた。
「全ての命の源よ
我らが願い 聞き
哀愁に満ちたメロディが俺の心を、さびれた漁村のつつましい生活へと運ぶ。サーモンピンクやスカイブルー、エメラルドグリーンに塗り分けられた家々の壁は海風にさらされ、色あせている。塗装はそこかしこで剥げ落ち、軒先につるされたランプには錆びが目立つ。石畳を歩けば海岸から吹き上げられてきた砂が靴の下でこすれて音を立てる。だが人々は、岩に張りつくような狭い海岸で寄り添って、古い暮らしを守っているのだ。
「汝荒ぶるとき 汝の子ら息をひそめ収まるを待つ」
湿った風を吸い込んで俺は、一語ずつ丁寧に
「汝の
あらゆる命 喜びに満ち 汝を慕い
感謝の
想いを乗せてロングトーンを歌えば、優しい竪琴の音色に支えられ自由を得た歌声が、輝く一本の糸のように青空へと飛翔する。
海賊船はゆっくりと
「なんと
「海の上でまさかこんな美しい音楽を聴けるなんて」
と語り合うのが聞こえてくる。
俺は嬉しくなって、少しキーを上げて続きを歌った。
「汝の内へ
我らが
高音でトリルを入れると、色鮮やかな蝶が軽やかに羽ばたくみたいにキラキラと歌声が舞う。
だが甲板に立つ男のうちの一人が声を上げた。
「あの美少女、波に座って歌っているぞ!?」
「もしやあれは――」
しわがれた老人の声が割って入った。
「船乗りを惑わして食っちまうっていう化け物じゃないか!?」
「セイレーンとかいう伝説上の魔物か!」
ええっ、ひどい誤解だよ! 現代のセイレーン族は漁業を営み、おだやかに暮らしてるんだ。人間を取って食ったりしないのに!
「ま、間違いねえ。あんな美しい少女が人間のはずねえ」
「そうだそうだ。あんな銀細工みてぇな髪、おいら見たことねえ」
中年男たちのおびえ切った声が俺のところまで届く。
船は舵を切ったのか、ぐるーりと回転を始めた。
ちょっと待ってよ、逃げられちゃう!?
「海賊にしちゃあ臆病だな」
後奏を弾きながら俺が低い声で不満を漏らすと、
「確かにジュキちゃんって
ユリアがぱたぱたと黄色い尻尾を振りながら腹の立つことを言い出した。
「俺の
しっかり言い返したあとで、俺はまた竪琴でコードを弾く。
ここは即興演奏で乗り切るしかない!
「おいで、おいで、海の子らよ
おいで、おいで、我がもとへ」
ささやくように誘いかけると、海賊船は一回転してまた俺たちの方へ
「おい誰だ、船を動かしているのは!?」
中年男たちの悲鳴のような怒声が聞こえる。
「妖怪少女に近づいてるぞ!」
誰が妖怪だよ!? 大体少女じゃねえっての!
だがひときわ若くて元気な声が、彼らの恐れを打ち消した。
「安心してくれ、みんな! あの
大嫌いな知り合いとよく似ただみ声だが、あいつがここにいるわけないから他人の空似だろう。
「帝都の歌姫ジュリアちゃんだ!」
なんだって!?
思わず演奏を止めて見上げた甲板の上、午前の爽やかな陽射しを反射して、見覚えのある頭皮が光った気がした。
─ * ─
だ、だれだ!?
次回、望んでもいない知り合いと再会!?
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