03、海賊船が現れた!
「ねえジュキくん、『海よ!』とか言ってレモせんぱいのところまで連れて行ってもらえないの?」
ユリアが考えもつかないことを言い出した。
試してみる価値はありそうだ。俺は翼を消して着水すると、
「海よ、俺たちをレモのところへ運んでくれ」
呼びかけてみるが――
波は困ったようにぐるぐると同じ場所で渦を描いている。
ユリアがこてんと首をかしげ、
「海さん、レモせんぱいのこと知らないみたい?」
と推察する。その通りなんだろう。俺たちの目に見えない海の精たちは、人間の個人名など知る
「海さん、海さん。レモせんぱいってのはね、美少女なんだけど、お胸がささやかなのー」
ユリアの言葉に答えるように、俺の胸元にパシャッと波がかかる。ユリアは無邪気に笑いながら、
「違うよぉ、その子は精霊王ちゃんじゃん」
と返す。小さな波がその場で跳ねた。
「分かってるって? 精霊さんも冗談言うんだぁ」
「おい待てユリア。海の精と会話できるのか?」
だがユリアはまた首をかしげた。
「よく分かんない。わたしの空想かも」
おいおい、どこまで野生に近いんだよ、こいつは。
キャッキャと楽しそうに波と戯れていたユリアが、ふと俺を振り返った。
「海さん、火大陸なら知ってるみたい。火大陸でレモせんぱいたちと待ち合わせしよっ」
そうか、たった一人の少女は分からなくても、大きな大陸なら判別できるよな。
俺は精霊力を集中し、自分を取り囲む大海原へと願う。
「海よ、我らを火大陸まで運びたまえ!」
途端に波が起こり、俺たちは南の方角へ運ばれ出した。
「すげえ」
想像以上の結果に我ながら感嘆する。
「わーい、らくちん」
仰向けになって波に身を任せるユリアとともに、火大陸へと流されていく。だが俺は、本当に現地でレモと姉ちゃんに合流できるのか不安になってきた。
「俺たちだけ行ってもしょうがないよな? それより帝国に戻って救助隊を出してもらった方がいいんじゃないか?」
話しかけたが返事がない。
「ユリア?」
のぞきこむと、また仰向けになったまま眠っている!
「おい!」
「おぷぅっ!」
変な声を上げてユリアはまた犬かきに戻った。
「ジュキくん、お腹すかない?」
「嘘だろ……」
俺は豪胆すぎるユリアをまじまじと見た。
「あんたレモせんぱいが心配じゃないのかよ」
ユリアはきょとんと目を見開いて、まっすぐ俺を見つめる。
「ジュキくん、レモせんぱいを信じてないの?」
えっ、レモを信じる――?
「煮ても焼いても食えないのがレモせんぱい。嵐をぶつけたくらいじゃ倒せないし、船を失ったくらいで目的を変えたりしないと思うの」
ユリアの言う通りかもしれない。不安になったりあきらめたりしているレモなんて想像できないもんな。
「ジュキくん、朝食たべた?」
ユリアがまたメシの話を振ってきた。
「食ってるわけないだろ」
夜中に嵐で船が沈没したってのに、どこに朝メシ食ってる要素があるんだよ。
「じゃあわたし先にいただくね」
「え――」
食糧持ってるのか? と尋ねる前に、ユリアの姿が海面から消えた。
「おい!」
タコに足でも引っ張られた!?
だが心配は無用だった。ユリアは右手にタコを絡ませ、吸盤のついた足を一本くわえたまま顔を出した。こいつは捕食する側だったな。
「コリコリした食感と旨味がたまらん」
踊り食いするユリアは非常に満足そうだ。
「わわっ、吸盤がほっぺに吸い付くよ。ジュキくんも一本いかが?」
食レポしながら、うねうね動くタコの足を差し出してきたが、レモや姉ちゃんのことが頭から離れず、食欲がわかない。
「俺はいいや」
断って、魔法で出した水だけを飲んだ。
食べ終わるとユリアは、
「ジュキくん、太陽が高くなってきて暑いの」
とわがままを言い出した。
「水よ、天井となりて我らを陽射しから守りたまえ」
適当に命じると頭上に分厚い水の層が現れ、ほどよく日光をさえぎってくれた。
ずっと海水に浸かっているのも疲れるので、俺たちは精霊力で生み出した水の上に座って、船旅さながらに火大陸を目指していた。
ようやく俺の腹も減ってきたころ、何度目かの食事を終えたユリアが口をとがらせた。
「おさかなさん飽きた。お肉食べたい」
「ああん? 肉より魚の方が頭良くなるんだぞ」
「パン食べたい」
俺だって宮殿の朝食で運ばれてくる貴族御用達ホットチョコレートを飲みたいぞ! だが精霊力で生み出せるのは基本、水関係である。カカオの実や小麦粉は出てこない。
「海藻があるだろ」
我ながらよく分からない理屈で丸め込もうとするも、当然ながらユリアは納得しない。
「海藻はパンじゃないよ。わたしやせちゃうよ」
「ぽよんぽよんのおなかが小さくなっていいんじゃないか?」
「お胸がレモせんぱいになっちゃうよ。ジュキくんは控えめが好きなのかもだけど」
「いや――」
俺だって望めるならデカい方が、と言いかけて口をつぐむ。再会してからレモに告げ口されてはたまらない。
ガキみたいに唇を突き出していたユリアが突然、大きく目を見開いた。
「船が向かってくる」
「なんだって!?」
俺は水を操って海の上で立ち上がった。が、水平線にはぼんやりと霧がかかっていてよく見えない。
「おーい」
ユリアが高い声で呼びかけ、大きく手を振る。
俺の目にもだんだんと、遠くの海に黒っぽい船影が見え始めた。
進行方向からやって来るということは火大陸の船だろうか? 船上でレモが魔法学園で習ったことを教えてくれたのを思い出す。火大陸北部と俺たちの暮らすレジェンダリア帝国の間では活発な貿易が行われており、帝国は金や象牙などの装飾品を輸入する代わりに高性能な魔道具や繊細なガラス工芸品などを輸出しているそうだ。
火大陸から帝国へ向かう船に出会えたのは運がいい。
だが俺の安堵はすぐにひっくり返った。
「待て、ユリア。あれ、商船じゃないぞ!?」
船体は黒く塗装され、船の腹からはいくつも砲門が突き出ている。マストに張られた帆は破れかけ、真っ赤に燃え上がる骸骨の意匠が描かれていた。
「海賊船だ!」
俺はユリアの肩を強く握った。
「逃げるぞ」
「でもジュキくん、海賊さんも船乗りさんなんだよ。お船なら遠くを見る眼鏡もあるし、海の地図も持ってるよ。レモせんぱいやアンジェお姉ちゃんを見つけられるかも」
なんとユリアが理詰めで返しやがった。こいつずっと海の上にいるのがよほど嫌なんだな。
「ユリアが期待してるような食いもんは積んでないと思うぞ。海賊船につかまったら一生オール漕ぎの重労働だからな」
「わたしたちの船だって硬いビスケットとか木の実、乾燥させた甘いイチジクとかあったじゃん!」
くそっ、ユリアの本気の食欲の前に反論できない!
「ジュキくん強いから大丈夫だよ」
「馬鹿。戦って負ける俺じゃないが、船内で攻撃魔法なんて使ったら、また難破する未来しか見えないんだよ」
言い合いをしている間にも海賊船はぐんぐんと距離を詰めてくる。俺たちの乗っていた木造船より明らかにスピードが速い。
「ねえジュキくん、重労働させられない方法があるよ」
─ * ─
果たしてユリアはどんなアイディアを披露するのか?
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