02、船が沈んだ理由と俺が置いて行かれたわけ

「ユリア!」


 俺の呼びかけに子犬みてぇな黄色い耳がぴくっと動く。ユリアは仰向けのままごしごしと目をこすった。


「むにゃぁ、もう朝ぁ?」


 海で遭難しながら寝ているとは、さすがユリアである。


 だが俺も船がいつ事故に遭ったのか、沈んだのか、ちっとも覚えてねえんだよな。酒が入っていたとはいえユリアを笑える立場でもねえか。


 波に運ばれて近づいてきたユリアを揺り起こす。


「おい、目を覚ませ」


「おぷっ!?」


 覚醒した途端、ユリアはくるりと反転し、背泳ぎ体勢から犬かきに移行した。


 やっぱこいつ狼人ワーウルフ族じゃなくて犬っころだな。


 冷静に観察していると、ユリアは俺の顔を見て目を丸くした。


「誰この美少女!? 銀髪ショートヘアがすんごく似合ってる! かわいい!!」


 まさかユリア、記憶喪失!? 岩か流木に頭をぶつけたとか……


 いやでもユリアだし、寝ぼけてるだけって説も。


「俺だ。ジュキエーレ・アルジェントだ。分かるか?」


「あ、なんだジュキくん」


 がっかりするユリア。テンション下がりやがって失礼な奴だな!


「ジュキくんの髪の毛、水に濡れてぺたんとしてるから分かんなかったよ」


 まじかよ。昨夜までずっと顔合わせてるのに髪型が変わったくらいで性別まで間違えるって、おかしいだろ。げんなりする俺にユリアは言い訳した。


「いつものボサボサ頭が男装ジュキくんのイメージなんだもん」


「男装じゃねえし」


 俺は海に浮かんだままユリアをにらんで呼びかけた。


「ところで犬」


 しっかり仕返ししてやると、


「ユリアだよ!」


 頬をふくらませて反論してきたが、無視して尋ねる。


「みんなはどうした? レモは? 姉ちゃんは? 船員さんたちは?」


「いっぺんに訊かれても分かんないよ」


 そうだ、相手はユリアなんだ。落ち着け、俺。


「昨夜、俺たちの乗っていた船に何があった?」


「沈んじゃった」


 それは知ってる。痛むこめかみを押さえつつ、


「なんで沈んだのか分かるか?」


「うーん、わたしが覚えてるのはぁ」


 ユリアは人差し指を口元に当て、朝の空を見上げた。


「夜中にお船のベッドで、雲のゆりかごの上に乗って綿あめ食べてる夢見てたら、レモせんぱいに起こされたの。『嵐よ!』って。雷がゴロゴロバリバリ言ってた」


 ユリアが起き上がると、レモはすでに寝間着から旅装に着替え終わっていたそうだ。


 レモの話によれば、乗組員は帆を下ろしたり、積み荷を固定したり、甲板に溜まった雨水を排出したりと出来得る限りの対策を講じているが、万一の際は荷物積み下ろし用の小舟に乗って脱出することになるから準備しなさいというのだ。


 ユリアが寝ぼけまなこをこすりながら着替えているとアンジェリカ姉ちゃんが戻ってきて、嵐で船が傾いているせいでジュキちゃんの部屋の扉が開かないの、と泣きそうな声を出した。


 そこへ通りかかった船員が、


『アルジェント卿は昨日あっしらとカードゲームをしていて、そのまま飲んでざこ寝したから大部屋にいますよ』


 と証言したので、レモも姉ちゃんもホッとしたという。


 雷がさらに強まった結果、船のマストに何度も落雷し、木造船は火事となった。


 女子三人は小舟に乗り、船員たちは樽や木材につかまって海へ逃げたそうだ。レモが風魔法で皆を守り、一人も欠けることなく沈む船から離れたはずが、レモと姉ちゃんは船員たちの中に俺の姿がないことに気が付いた。


 二人が必死になって探しているあいだにユリアは居眠りし、小舟から落ちたらしい。


 ドジなユリアに色々突っ込みたいところはあるが、酔っぱらって熟睡していたために船が完全に沈没するまで気付かなかった俺もほぼ同罪だから、無駄なことは言わないでおこう。


 とにかく今朝未明までは、レモも姉ちゃんも無事だったと判明した。だが今も小舟に揺られて大海をあてどなくさまよっているのだ。出来る限り早く見つけて合流したい。


 俺は水を操り水面に立ち上がると、背中の翼を顕現した。


「空から探そう」


「わたしも連れてってー」


 ユリアがバタ足をしながら手を伸ばす。


「仕方ねえな」


 ここでユリアとはぐれても面倒だ。俺は彼女を精霊力で浮かせると両手で抱きかかえ、青空へと舞い上がった。南の海とはいえ、濡れた体に朝の風が冷たい。


「わーい、お姫様抱っこー」


 ご機嫌な声を出すユリアに、


「レモたちの姿、見えねえかな?」


 と尋ねる。獣人族のユリアは五感が鋭いのだ。


「どこまでも海だね」


 そんなこたぁ分かってる。


「何か浮かんでねえか?」


「うーん……」


 ユリアは片腕を俺の首に回したまま、もう一方の手のひらを額にかざして朝日を反射する海面を見回していたが、


「あ、あそこ!」


 と一点を指さした。きらめくさざ波の間に、何か黒い影のようなものが見える。


 だが翼を羽ばたいて真上まで来てみると、木の破片が浮いているだけだった。


 ユリアは俺に抱えられたまま水面を見下ろして無言になった。


「なあユリア、レモたちは大勢で海の上を漂ってるんだろ?」


 ひとつだけ黒い影が見えるなんてものではないはずだ。


「そうなの」


 ユリアも気づいたのか、ちょっと不満そうな顔をしながら、また大海原へ視線を走らせた。


「あ、影がたくさん波に逆らって動いてる!」


 ユリアの弾んだ声に、俺は期待に胸をふくらませて飛んでゆく。


 だが――


「シャチかな? ヒレが水面に出てるだけだな」


 海洋生物の群れだった。


 空から探す作戦は無理があるのだろうか? 意気消沈する俺に抱きついたままユリアが、気軽な調子で提案した。


「ねえジュキくん、『海よ!』とか言ってレモせんぱいのところまで連れて行ってもらえないの?」




─ * ─




ユリアのアイディアで、ジュキはレモたちと再会できるのか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る