第七章:火大陸編
一、大型木造船、嵐の夜に沈没する
01、俺たちの船は沈んだようです
目が覚めたら水の中だった。
光も音も消えた世界を、俺の体はふわふわと漂っていた。
一体何が起こった?
意識が覚醒するに従い、昨夜のことを思い出してきた。
俺は婚約者の公爵令嬢レモネッラと、おバカな伯爵令嬢ユリアと、実の姉アンジェリカと共に大型木造船で火大陸へ向かっていたのだ。火大陸で人間の手に落ちたと言われる火の精霊王「
大型船を動かすには多くの船員が必要だから、海上の旅はにぎやかだった。
俺は昨夜も遅くまで非番の船員たちとカードゲームに興じ、甘い蜂蜜酒でほろ酔い気分――のはずがかなり酔いが回ってしまって……
自分の船室に戻って寝たのだろうか?
酔っぱらっていたためか記憶があいまいだ。
俺は水かきのついた両手を広げて水をつかむと、ベッドの上に起き上がった。
水の中だと言うのに全く苦しくない。母さんがセイレーン族のせいか、俺が水の精霊王の力を受け継いでいるせいか、水中で息ができるのだ。
「みんなどこに行っちまったんだ? 真っ暗で何も見えねえ」
ぼやいたとき、そういえば俺の胸についた
厚いガラスが嵌められた小さな窓からは、海底の暗闇がのぞいている。
「くそっ、俺が寝てるあいだに何があったんだ」
敵が現れたか、海の魔物に襲われたか、それとも海難事故か分からないが、事件が起きたのは間違いない。だがレモや姉ちゃんが俺をおいて行くだろうか?
重い水が嘆きの歌のようにまとわりつき、俺の全身を冷たい腕で抱きすくめる。
「みんなを探さなきゃ!」
俺は心を奮い立たせると、座っていたベッドからふわりと離れた。自分がいつベッドに入ったのか記憶にないが、寝間着に着替えることもなく、腰のベルトには聖剣を下げたまま寝ていたようだ。
船室の出口まで泳ぐと、扉の釘に引っかけてあった
「開かねえ」
部屋が傾いているせいか、それとも水圧によるものなのかは分からないが、扉はびくともしなかった。
「
俺は右手の中に氷剣を出現させ、木製の扉を切り裂いて狭い廊下へ出た。ロープに吊るされたランプは当然ながら全て消え、天井まで暗い水に満たされた廊下には息が詰まるような静けさだけが残っていた。
「レモ、ユリア、姉ちゃん!」
呼びかけても水中では届かない。女子たちの寝台が並んでいた船室は扉が開き、中はもぬけの殻だった。
「みんな、避難したのか?」
海に潜む未知の怪物に食われたりしてねえよな?
さらに廊下を泳ぎ進むと、木造船はなかばから折れていた。
甲板に出てみるも誰一人おらず、船が海底に沈んだことが明らかになっただけだった。船底は斜めになって砂の中に埋もれていた。
「全員、消えちまったのか?」
俺は信じられない気持ちで首を振った。
「海よ、俺を水面まで運んでくれ」
小声で頼むと足元から海流が湧き起こり、俺は上へ上へと運ばれていった。
やがてはるか上方から幾重にも金色の筋を描いて、淡い光が差し込んでくるのが見えてきた。
サンゴだろうか、岩にはピンクや黄色の植物が揺れ、その間を小魚たちが泳いでいく。岩陰では大きな魚が静かな波に揺られて休み、俺の頭上を過ぎ行く魚の群れは銀色の腹に光を反射させている。
「ぷはぁっ!」
水面に顔を出した俺は思いっきり冷たい空気を肺に吸い込んだ。やっぱり
深呼吸した俺のうしろから、強い光が差してきた。
「朝日――」
金色の太陽が海面から顔を出したところだ。
「夜が明ける……」
藍色の海面が
見渡す限りの大海原にぽつんと浮かんで、俺はただ呆然としていた。大自然の前では、ちっぽけな俺はただ無力だ。ひとりぼっちになって何もできやしない。
俺は無意識のうちに、服の下にさげたペンダントを握りしめていた。
「レモ、ユリア、姉ちゃん……」
旅に出る前、皇后陛下が俺たちの旅の安全を祈願して、聖石のついたネックレスをプレゼントしてくれたのだ。四人ともおそろいのデザインで、石の色だけが違う。
今となってはこのペンダントだけが、みんなとつながる証に思えた。
どれくらい時間が経っただろう? 太陽の方角から何かが近づいてくるのが見えて、俺は目をこらした。
「人!?」
水面に浮かんで流されてくる姿には見覚えがある。
「ユリア!」
─ * ─
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