34、イーヴォの天敵あらわる!

「オーホッホッホ!」


 ガラガラガラ……


 頭の悪そうな高笑いと、けたたましい馬車の音が近づいてきた。


 街道の向こうから姿を現したのは、午前の日差しを反射して輝く金色の馬車。


 どうして皇家の紋章入り馬車にクロリンダが乗っているんだ?


 高笑いを耳にした途端、青ざめたイーヴォの前まで来て、馬車はぴたりと止まった。


 馬車から降りてきたのは、見覚えのある貴族の男。


「あ。エドモン殿下の侍従――」


 思わず小さな声が漏れた俺に一瞥もくれることなく、侍従はイーヴォに一礼すると口を開いた。


「イーヴォ殿、クロリンダ嬢護衛の任務が延長されましたので、帝都にお戻りください」


 冷静な侍従とは対照的に、イーヴォはわたわたと両手を振った。


「い、いい加減なこと言っちゃいけねえ! 護衛任務は完了したはずだ! 疑ってんなら一緒にギルドへ――」


「その必要はありません。延長後の護衛任務はギルドを通さず、エドモン第二皇子からの直接依頼となっております」


 逃げ出そうと片足を上げたイーヴォの肩をつかみ、侍従はうっすらと笑った。


「よかったですね。皇子から期間の定めなしで雇われるなんて、生活安泰じゃないですか」


「よくねぇぇぇっ!」


 イーヴォが絶叫したところで、邪魔くさく広がったドレスを馬車の扉に引っかけながら、ようやくクロリンダがやって来た。


「護衛がアタクシから離れては駄目でございましょ!?」


「俺は高笑い女の護衛なんか嫌だぁぁぁっ!」


 イーヴォの絶叫は無視してクロリンダは、馬車から降りて来た顔をのぞかせた初老男性をしかりつけた。


「じいやったら、アタクシのドレスの裾を持ち上げる係でしょう!? 汚れてしまったらどうしますの?」


「クロリンダ様、わしはじいやではなく魔法医です」


「だから何だと言うの?」


 理解できないという風に眉根を寄せるクロリンダ。


「いや、あの、クロリンダ様。馬車があまりに飛ばすもんで、わしは気分が悪くなってしまって」


 まだクロリンダの精神操作ギフトの影響下にあるのか、魔法医はたじたじとなって言い訳した。


「医者なら自分で治せるわね? アタクシの大切な護衛イーヴォが瘴気の森で行方不明になったら大変でしょ?」


 どっちが護衛だか分からない理論を展開するクロリンダ。


「馬車を飛ばしたのには理由があるんだから、ワガママ言われても困りますわ」


 どっちがワガママだよ。


 侍従は無情にもイーヴォの首根っこをつかんで、


「さ、戻りますよ」


 馬車へと引っ張っていく。


「た、助けろ、ニコ! 俺様を助けるんだ!」


「ニコラ・ネーリ殿、私に協力すれば、あとでエドモン殿下からたっぷり褒美がいただけますよ」


「へ? たっぷり褒美?」


 侍従の言葉を繰り返したニコは、もちろんイーヴォを助けなかった。


「た、助けてぇぇぇ! 俺様はジュリアと生きるんだぁぁぁっ!」


 憐れな泣き声を残して、イーヴォを積んだ馬車は街道を遠ざかってゆく。


「あいつもそろそろ年貢の納め時ってぇやつだな」


「エドモン殿下も困った方ね」


 レモが涼しい顔でつぶやいた。


「お姉様をイーヴォに押し付けるなんて」


 レモがそれを言うかなあ……


「それじゃあ気を取り直してネコ町長殿」


 馬のひづめと車輪の音が遠ざかると、ナミル師団長は布に包まれた何かを手のひらに乗せた。


「この魔石のにおいを頼りに、魔石救世アカデミーの根城を探してもらえるかな?」


 ナミル団長が、魔法陣の刺繍された布包みをひらくと、真っ黒く変色した魔石が顔をのぞかせた。


 ネコ町長が注意深くにおいを嗅いでいるあいだに、俺たちの乗ってきた馬車の御者台から男が、


「それでは師団長様、打ち合わせ通り、あっしは一足先に宿場町の星空亭に向かってますんで」


「ああ、頼むよ」


 ナミル団長が片手を上げると、御者は馬に軽く鞭を入れ、空っぽの馬車と共に宿場町へ向かっていった。


 一方ネコ町長は、


「にゃー、くしゃいくしゃい!」


 よほど不快だったのか尻尾の毛は逆立ち、耳はイカ耳になっている。


「でも分かったニャ。アニャシについて来にゃさい」


 自信たっぷりに、短い足を動かし始めた。


「嫌な予感がするんですよ」


 歩き始めてすぐ、師匠がぽつりとこぼした。


「さっきのイーヴォくんの火魔法、全然火力が出なかったでしょう?」


「そりゃあの熊が弱っちいから――」


 言いかけたレモが、ハッとして口もとを押さえた。


「そういえば私の火魔法も、いつもと同じ魔力量だと全然威力が出なかったんだわ」


「あっ、魚焼いたとき!」


 俺も思い出して思わず声をあげる。


「違うわよっ、煽猛焚フレイムバースト青銅巨人タロースを倒したときよ」


 レモに訂正されて、俺はようやく思い出した。


「あの、レモに精霊力を口移ししたとき――」


 頬が熱くなってくる。


「い、言わなくていいわよ、ここで!」


 レモも真っ赤になった。


初々ういういしいですねえ、美少女子猫ちゃん二人で慌てちゃって」


 師匠がにこにこしながら見下ろしてくる。


「そ、それで師匠! 火魔法が全体的に弱まっているってことかしら?」


 いつもより高い声で話を戻そうとするレモ。師匠より先に口をひらいたのは、前を歩いていたナミル師団長だった。


「そういえば魔法騎士団の中でも、ギフトが火魔法フオーコのやつらがぼやいていたな。最近、調子が出ないって」


 レモやイーヴォだけじゃないってことか。


「一体何が起こってるんだ?」


火の精サラマンドラの力が弱まってるとか? でもどうして?」


 レモも不安げに師匠を見上げる。


「推測の域を出ませんが――」


 師匠は重い口を開いた。




 ─ * ─




次回『火の精霊たちに起きた異変』

説明もあるけど、敵も出るよ!

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