33、猫がおしりの匂いを嗅ぐのは普通ですニャ!

「ところで白猫のお嬢さん、本当はなんの種族にゃんですか?」


 ネコ町長の衝撃的な質問に、馬車の中は沈黙に包まれた。


「ニャハハハ!」


 ネコ町長は愉快そうに笑った。


「猫の勘をあにゃどってはいかん。でもお嬢さんたちが頑張って猫のふりしてて可愛かったから、騎士団の依頼を受けることにしたのにゃ」


「お嬢さん『たち』ってことは、私のほうもバレてる……?」


 レモが恐る恐る尋ねた。


「うんにゃ。無理しなくていいにゃ」


「ありがとう、ニョッキ元町長さん。でも私はこの猫耳、気に入ってるからそのまま付けててもいいかしら?」


「好きなようにしにゃさい、人族のお嬢さん。でもそちらの爆発的にかわいい白猫にゃんは、肌の色からして人族ではなさそうニャ」


「俺、竜人族なんです」


 女装がバレた俺は、恥ずかしくなってうつむいた。


「ニャハハハ、『俺』とはずいぶん勇ましいお嬢さんにゃ。それとも竜人族の方言でしたかにゃ?」


 え? 勇ましいお嬢さん?


 馬車の中になんとなく微妙な空気が流れるが、俺は構わず、亜空間収納マジコサケットからいつもの服を取り出した。


「馬車ん中じゃあ、せまくて着替えらんねえかな」


 俺が手にした白い服を見たネコ町長が、不思議そうに金色の目を見開いた。


「にゃんで男装するにゃ?」


「男装じゃないです! 俺、男です!」


 大きな声で主張すると、レモもユリアも目をそらして肩を震わせ始めた。


「本当かニャ? お嬢さん、ちょっと立っておくんにゃさい」


「は? なんで」


 ブツブツ言いながら服を座席に置き、低い天井に片手をついて中腰になった。


「ジュキくん、揺れますから気を付けて」


 師匠が俺のあいているほうの手を握った。


「お嬢さん、うしろ向いてほしいにゃ」


 ネコ町長に注文を付けられた俺は、意味も分からずレモたちの方を向く。


「そうそう、お尻をアニャシのほうに向けて――クンクン」


「ちょっ、スカートめくらないでっ!」


 咄嗟に猫の手でスカートを下げようとすると、


猫人ケットシー族はお尻の匂いで年齢や性別が分かるのですニャ」


 そんなこと言ったって――


「は、恥ずかしいよぉ……」


 スカートをめくられ、ケツの匂いを嗅がれて、俺は涙目になった。


「にゃにゃにゃっ!? やっぱり男? しかも十代半ばにゃと?」


 うしろからネコ町長の驚いた声が聞こえる。


「ちょっと失敬ニャ」


 声と同時に、俺の股の間をするりと、黒い毛に覆われた猫の手がすべった。


「キャーッ!」


 悲鳴をあげてキュッと股を締める俺。


「ジュキったら内股になっちゃってかわいい」


 レモが何か言っているが、


「ニョッキさん!」


 師匠がすぐに、ネコ町長の黒い腕を払いのけてくれた。


「いくらなんでも、さわるのはいけません!」


 言うなり立ったままの俺を抱きとめるように、自分の膝に乗せた。


「あれ?」


 師匠に抱っこされて戸惑う俺。


「にゃー、すまんすまん」


「まったく目が離せませんね」


 耳のうしろで、師匠の呆れた声がする。


「ジュキくん、到着まで私の膝の上で過ごしてください」


 え…… なんでこうなるの!?


「さすが師匠、策士だわ」


 向かいの席でレモが苦笑している。


「皇后様もエドモン殿下もジュキを膝に乗せられなかったのに」


 なんでみんな俺を膝上抱っこしたいんだ!?


「師匠、重くねぇか?」


「ぜーんぜん! スーハー、子供ってお日様の匂いがするんですよ」


 師匠に鼻をすり寄せられて、俺は固まった。このオッサン、俺の年齢十歳間違えてねーか!?


「ねーねー、じゃあ黒猫さんは、わたしの膝の上に乗って」


 空気を読まないユリアが突然、ネコ町長を抱きあげた。


「や、やめるニャ! アニャシは猫じゃにゃい!」


 確かに本物の猫よりはデカいよな。


「わーいモフモフー」


 抵抗もむなしく、ネコ町長は怪力ユリアに抱き上げられた。ざまーみー! 俺の大事なとこをさわった天罰が下ったんだ!


 だが俺も、瘴気の森に着くまで師匠の膝の上で過ごす羽目になったのは言うまでもない……




 瘴気の森入り口に馬車を止め、ステップから下りた俺は固まった。


「遅かったじゃねえか」


 真新しいバンダナを頭に巻いて、道の真ん中でふんぞり返っていたのは――


「イーヴォ…… なんでいるんだよ」


 我ながら声に疲れがにじんでいる。


「イーヴォさんはジュリアちゃんにいいとこ見せて、僕を出し抜こうって魂胆なんです!」


 隣でニコも騒いでいるが、いまいち言ってる意味が分かんねえ。


「俺様のジュリアはかわいいなあ。パチパチまばたきしちまって」


「ぐふふふっ、綺麗な銀髪で猫耳ツインテ最高ですよねぇ」


 ニコが気持ち悪く笑った途端、


「俺様のジュリアを視界に入れんじゃねえ!」


 ごすっ


「いてぇ!」


 理不尽すぎるイーヴォの制裁が飛んだ。


「ジュリア、見てろよ。俺様が得意の火魔法で、悪人のアジトなんざぁ瘴気の森ごと焼き尽くしてやるから!」


「それするとイーヴォが悪人ににゃるかもよ」


 俺の忠告が聞こえているのかいないのか、イーヴォは火の精サラマンドラを示す印を結んだ。


「ククク、俺様のジュリアは話し声もかわいいなあ」


 俺の忠告、しっかり聞こえてんじゃねーか。前は俺の声をガキみてぇだってバカにしてたくせに、女の子認定した途端、手のひら返しやがって。


聞け、火の精センティ・サラマンドラ――」


「みんにゃ、止めにゃくていいんですかニャ!?」


 ネコ町長が俺やレモ、ナミル師団長や師匠の顔をかわるがわる見上げる。


「貴重な資源である瘴気の森を燃やすにゃんて、どんでもにゃい蛮行では!?」


「いやー、あのハゲた青年にそんな力はないと思うんだよな」


 帝都ギルドの資料を見たからだろう、ナミル団長が、すらりとした指先で頬をかきながら答える。


「面白いから見物してましょうよ」


 レモの提案にうなずきつつ俺も、


「いざとなったら俺の水魔法で消し止めるから平気」


「――我が前にあるもの、の炎が中にうち囲みたまえ」


 相変わらずのんびり魔術構築するイーヴォが、ようやく術を完成させた。


煽猛焚フレイムバースト!」


 イーヴォの目の前にある木が大火に包まれるかと思いきや、


 ぽしゅん。


 若枝の先に小さな炎が灯った。


 ぱちっ。


 目を丸くするイーヴォの前で、かすかに木のはぜる音がする。


「な、なぜだ!?」


 イーヴォが驚くのも無理はない。動く敵に対処できない弱点はあるにせよ、火魔法の威力はそれなりにあったはずだ。ニコと俺が沈黙する一方、


「きゃはははは!」


「こいつぁ愉快だ!」


 レモとナミル師団長が腹を抱えて笑い出す。


「髪の毛と一緒に魔力も減っちゃったのかなあ?」


 ユリアが言葉の矢をイーヴォに放ったとき、街道の向こうからガラガラとけたたましい馬車の音が近づいてきた。


「オーホッホッホ!」 


 同時に響いてきたのは、頭の悪そうな高笑い。


 え。なんであの人がここに!?




 ─ * ─




 頭の悪そうな高笑いは誰のもの!?

 次回『イーヴォの天敵あらわる!』


 イーヴォの火魔法が不調だった理由にも触れていきます!

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