五、再び瘴気の森へ

32、ガッティ副師団長の秘密、本人のいないところで明かされる

 翌朝、いつも通りの時間に侍従が起こしに来た。十の鐘に出発なら、いっぱい寝られると思っていたのに。


 早々にレモと二人で朝食を食べさせられる。


「ユリアは?」


「あの子は支度がないから、もう少し寝てられるんでしょ」


 支度? などと思いながら首をかしげていた俺は、朝食後すぐに理解することとなった。


「え~、どうして今日も女装!?」


「ネコ町長さんが来るんだから当然じゃない」


 レモは予想していたようで、むしろ驚いた顔。


「――ってことは瘴気の森でもずっと女装!?」


 なんで俺はいつも、かっこいいはずのクライマックスシーンで女装なんだ!!


 ふくれっ面しているうちに、昨日の着替えを見学していた侍女さんたちに寄ってたかって脱がされ、飾り付けられ、俺はまた白猫美少女にされてしまった。


「ジュキにゃん、そろそろどっちが本来の自分か、分からにゃくなって来にゃい?」


「来ねーし」


 ピンク色の尻尾をふりふりしているレモに悪態つきつつ、普段通りのユリアと共に宮殿の廊下を歩き、階下へ降りる。


「なんか俺のスカートが一番短くね?」


「ジュキにゃん、言葉遣いが戻ってるニャ」


 レモにしっかり突っ込まれた。 


 バカ広い敷地内を歩いて宮殿内の馬車止めまで来ると、セラフィーニ師匠が涼しい顔で待っていた。


「おお! レモさんもジュキくんも猫人ケットシー族になっているではありませんか!」


 そういえばこのオッサンにこの姿を見られるのは初めてだったな。


「――ってジュキくん、また女の子に……」


 苦笑しつつ、俺の頭についたピンクのリボンを突っついた。


「よく似合ってますよ」


「嬉しくねーよ」


「ハハハ、怒ってもかわいいんだから困ってしまいますね」


「からかいたくなるよねー」


 ユリアが笑顔で話に混ざってくる。腹立つなー。


 やがて石畳の道をガラガラと、帝国騎士団の紋章をつけた二頭立て馬車が近付いてきた。


「待たせたなっ」


 馬車の窓から顔を出したのはナミル獣人師団長。なんでもないセリフなのに、なぜかキザな調子でしゃべれるのは、この人の特技である。


 向かいの席には小柄なネコ町長、ニョッキさんの姿。


「みにゃさん、おはようございます」


 俺は二人に片手を挙げ、それからレモやユリアを見回し、


「六人ってなぁきつくねえか? 俺、御者台に座ってもいいぜ。いや、いいニャ」


 ナミル団長が半眼になってることに気付いて、慌てて言い直す。


「でもジュキ、御者台に三人も並んだら、それこそ狭いと思うわ」


「は?」


 ぽかんとする俺。御者さんも不思議そうな顔で見下ろしている。


「レモさんは、いかなるときもジュキにゃんのそばを離れたくないようですね」


 師匠がレモの頭の中を通訳してくれた。


「ジュキにゃん、今度はわたしのとなりに座ってよ!」


 ユリアが俺のモフモフになった腕を抱きしめる。


「いやでもユリア、ケツの位置動かせねぇと長旅はきついぞ」


「おいおい何を言っているんだい、レディ」


 馬車の中から俺を見下ろすナミル団長。


「美少女が一人減るだけで、アタシは息苦しくなるんだよ」


「それなら私が御者台に座りますよ」


 師匠が気を使って提案したところで、


「アニャシが小さいから、師団長さんと師匠さんと並んでもきつくないニャ」


 さすが年の功。ネコ町長さんが場を丸く収めた。


「あ、セラフィーニ顧問のことは、ニョッキ元町長殿に説明してあるから」


 ナミル団長が思い出したように付け加える。


 レモ、俺、ユリアの順で馬車に乗り込み、俺は二人に囲まれて腰を下ろした。


「フッ、両手に花たぁこのことか」


 誰にも聞こえないようにつぶやいたつもりが、耳が良いのか魔豹レオパルド族のナミル団長に、速攻突っ込まれた。


「ん? 何言ってるんだ、ジュキにゃん。きみが一番花だろ?」


 くそーっ、またからかいやがって!


 最後に長身の師匠が腰をかがめながら乗り込んで、馬車は瘴気の森に向けて出発した。午前中の帝都をゆっくりと進む馬車に揺られながら、


「昨日はお見苦しいところをお見せしてしまったニャ」


 ナミル団長と師匠にはさまれて座っているネコ町長が、恥ずかしそうに話し始めた。


「昨夜あれから、娘にもう一度、事情を聞きましたニャ」


「ああ! 二十年前にガッティさんが娘さんに、『きみにはずっと親友でいて欲しい』って答えた件ニャ?」


 恋バナに興味があるのか、レモが身を乗り出す。


「うにゃ。そうしたら――」


 馬車の床に足のつかないネコ町長は、自分のブーツをじっと見つめながら、言葉を選んで続けた。


「娘は二十年間、アニャシに隠していたことがあったのニャ。二十年前ガッティにゃんから、誰にも言わにゃいでほしいと打ち明けられたそうでにゃ」


「とっくに時効だけどな」


 ナミル団長が快活に笑った。


「秘密ってにゃににゃに!?」


 レモが目を輝かせる。


「アニャシから言ってしまってよいものかのう」


 肉球で杖の頭をなでているネコ町長に、


「ならアタシが言うよ」


 ナミル団長があっさりと告げた。


「アタシは美少女専門だろ?」


 同意を求められても困りますが。


「ガッティ副師団長はガチムチ専門なのさ」


 ん?


「あー、そっち!」


 レモは合点が行ったようだ。


「そ。理想は先祖返りした狼人ワーウルフ族の中年親父らしいぜ。鋭い目つき、精悍せいかんなマズル、筋肉質な体つきにうっすら中年太りがツボなんだと」


 やたらと詳しく語ったナミル団長は、理解できないと言わんばかりに肩をすくめた。


「そうにゃのだ。アニャシはガッティにゃんが、どこぞのアバズレに浮気したと思い込んでおったニャ。二十年間も目のかたきにしてすまにゃかった」


「そっか。ユリアは狼人ワーウルフ族だけど、先祖返りしてないから駄目にゃのか」


 納得した俺の言葉にユリアは驚いて、


「ジュキにゃん何言ってんの? その前にわたし女の子じゃん」


「え?」


「あーユリア、純真無垢なジュキにゃんは放っておいてあげて」


 レモが俺をはさんでユリアに話しかける。


 どういう意味? ちらっと斜め前に座った師匠の顔を盗み見ると、彼も会話の意味が分かっている様子。


「白猫のお嬢さんは本当に可愛らしいですにゃあ」


 満足げなネコ町長の言葉に、俺以外の全員がうなずいた。なんだか俺だけ置いてかれてるみてぇで面白くねえ。


 だが俺の不満は、ネコ町長の次の言葉が衝撃的すぎて、一瞬にして吹き飛ばされたのだった。


「ところで白猫のお嬢さん、本当はなんの種族にゃんですか?」


 どういう質問!? 俺が本物の猫人ケットシー族じゃないってバレてた!?




 ─ * ─




 次回『猫がおしりの匂いをぐのは普通ですニャ!』

 誰が誰に匂いをがれてしまうのかにゃ!?

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