31、猫人族に伝わる民謡を歌って懐柔するニャ!

「俺、えっと、ジュキからもお願いなのにゃ!」


 いつもより高い声で、きゅるるんと上目づかいで、両手の肉球を合わせる。


「うっ、かわいいニャ……これはダメかも――」


 効いてる!?


 だがネコ町長はブンブンと首を振った。


「かわいいお嬢さんがたのお願いにゃから、聞いてあげたいのもやまやまにゃのだが、アニャシには孫の世話があるからにゃあ……」


 さっき娘さんが抱いていた赤ん坊か。と思っていたら、廊下に続くドアが勢いよく開いた。


「パパ、行ってあげなさいよ」


 姿を現したのは娘さん。赤ん坊はゆりかごにでも寝かせてきたのか、今は一人だ。


「あの子の世話なら、うちの婿が率先してやってくれるから平気よ」


「そうは言うがお前、あの人にも仕事があるにゃろ」


 娘さんは面倒くさそうにため息をついて、


「ママだって手伝ってくれるわ。パパったら町長引退してからずーっと家で昼寝ばっかりしてて、頭も体もなまっちゃうわよ」


 お、これは昼間っからゴロゴロしてる親父さんが邪魔だから、外出して欲しいパターンだな?


「にゃにゃっ、これが猫人ケットシー族の正しい生き方にゃ!」


「分かってるけどぉ、私はパパにいつまでも元気で長生きしてほしいんじゃなぁい」


 娘さん、ちょっと白々しいけど大丈夫か?


「ぐぬぬっ…… じゃが、こいつの言うことを聞くみたいで嫌なのにゃ!」


 思いっきりガッティ副団長をにらんだ。明らかに足引っ張ってるぞ、この副師団長。


 ナミル団長が疲れた声で、


「あんた、父と娘に土下座したら?」


「そ、それは上官命令ですか!?」


「え? ああそうそう」


 適当に相づちを打つナミルさん。


「いけないっ、私の宝物が泣いてるわ!」


 娘さんはそそくさと廊下の向こうへ走って行った。


 赤ん坊の泣き声なんて聞こえないのだが――。まあ二十年も昔の想い人に土下座なんぞざれてはたまらないってことだろう。


 彼女の姿が廊下の向こうに消えると、レモが居住まいを正した。


「それではニョッキ元町長様、今日はお忙しいところわざわざお話を聞いて下さり、ありがとうですニャ」


 深々と頭を下げるレモを、ナミル団長がぎょっとした顔で見ている。まさかあきらめて帰るつもりか、と問いたいのだろう。


 その視線に気づかぬレモではないと思うが、無視して言葉を続ける。


「ニョッキ元町長様、お騒がせしましたお詫びに、わがルーピ伯爵家お抱え歌手が一曲、歌って聞かせにゃしょう」


 えええーっ!? ここで俺に振るの!?


 目を見開いて固まっている俺に、


「美しいジュキにゃん、出番よ」


 にっこりとほほ笑むレモ。


「は、はい!」


 返事はしたものの―― 曲選びが問題だ。


 先月何度も歌ったオペラアリアなら、まだ完璧に歌える。時々皇后様のお部屋に呼ばれて披露しているしな。


 だが元々オーケストラがついていた曲だから、華やかなチェンバロ伴奏ならまだしも、竪琴と歌だけだと寂しい感じが否めない。


 どうすっかな……


 俺はあれこれ考えながらとりあえず、亜空間収納マジコサケットから竪琴を取り出し、調弦を始めた。


 そういえば領都ヴァーリエを拠点に冒険者活動をしていた頃、立ち寄った猫人ケットシー族の集落で教えてもらった歌があったな。


 なんとなく気が楽になる曲調と歌詞が気に入って、時々口ずさんでいたから、今でも覚えている。


 俺は頭の中で歌詞を復唱すると、竪琴を左手に構えて顔を上げた。


「それでは多種族連合ヴァリアンティ自治領の猫人ケットシー集落に伝わる民謡をお聴きいただきにゃしょう」


 方言が怪しいのは、気にしないことにしよう。ネコ町長含めみんな、期待を込めて拍手してくれてるし。


「いいにゃあ。アニャシの知ってる歌かにゃ?」


「ど、どうかにゃ……」


 俺がちょっと不安になると、


「にゃーに、お嬢さんみたいにゃ綺麗な子が歌ってくれるにゃら、どんな歌でもアニャシは嬉しいニャ」


 ネコ町長はさっきまでとは別人のように、目を細めて笑った。ご機嫌だとまあまあかわいい黒猫じゃねーか。身長も明らかに俺より低いしな! 猫だから。


 白猫装束のひじ辺りに精霊力をこめ、にょきっとかぎ爪を出す。竪琴の弦を弾いてリズムを取りながら、俺は猫人ケットシー族の民謡を歌い始めた。


「春は朝日を拝めにゃい

 にゃぜなら

 あったかい風

 心地よくて

 昼までぐっすりお昼寝にゃから」


 一番を歌い終わると、


「おお、にゃつかしい!」


 ネコ町長が手拍子をしてくれる。みんなもなんとなく乗せられて、手を叩き出す。


 間奏なんてなかったような気がするので、適当にコードを弾きながらリズムを取って二番に突入だ!


「夏はお日様拝めにゃい

 にゃぜなら

 お外は陽射し

 強すぎて

 日陰でずっとお昼寝にゃから」


 この調子で春夏秋冬、寝まくっている猫の歌だ。実にだらけていて良いのだ。なんて思っていたら、突然ネコ町長が、


「ニャニャンのニャンたーらソーレにゃんにゃん!」


 甲高い声で合いの手を入れてきた。びっくりして演奏が止まるところだったぞ!


「ワンワンほーれほーれ」


 ユリアも楽しそうに踊っているが―― あんた狼だっていう主張は忘れたのか!? 楽しそうにワンワン言ってるけど大丈夫なんだろうか。


 ナミル団長も踊りはしないものの、手拍子がサマになっている。祭りの日に神輿みこしかついでる、気っの良い姐御あねごってところか。


「秋は夕日を拝めにゃい

 にゃぜなら

 お日様

 つるべ落とし

 目を覚ましたら暮れている」


 レモも笑顔で手を叩いているものの、獣人族三人のノリにはついていけていない模様。ちなみにガッティ副団長だけは今も小さくなっている。あれだけ怒鳴られたら当然だけどな。


「あソーレ、あソーレ、にゃんにゃんニャニャン!」


 ネコ町長がついに立ち上がり、応接間を飛び跳ねる。あまりにキャラ変しすぎて言葉も出ない。歌声魅了シンギングチャームってこういうかかり方もあったのか……


 よし、最後の四番だ!


「冬はお日様拝めにゃい

 にゃぜなら

 お外は木枯らし

 寒すぎて

 日がにゃ一日暖炉の前」


「ニャニャンがニャン!」


 ポーズを決めて静止したネコ町長に、どう声をかけてよいか分からない面々。その場が凍りつくかと思いきや、すぐにレモが機転を利かせた。


にゃつかしいにゃ~! 私の父さんも、お酒飲むと歌ってたニャ!」


 満面の笑みで拍手する。


「ハッハッハ、こりゃ楽しい。歌姫ジュキにゃん、久し振りに楽しませてもらったお礼に、アニャシも瘴気の森について行くニャ!」


「へ? ――あ、ありがとうニャ!」


 俺は慌てて礼を言った。歌ったらあっさり願いを聞いてくれることに、驚きを隠せない。これ、女装しなくても歌えばよかったんじゃ?


「それじゃあ明日の昼、鐘が十回鳴るころ、馬車で迎えに上がりますね」


 玄関まで見送りに出てくれたネコ町長に、ナミル団長がてきぱきと説明する。


「十の鐘かぁ。朝早いにゃあ」


「ニョッキ元町長殿、昼過ぎに出発したら、瘴気の森に着くのが夕方になっちまいますよ。馬車の中でも寝られますから」


 背の高いナミル団長は、中腰になってネコ町長の肩をぽんぽんと優しく叩く。


 そして俺たちは再び、瘴気の森へ戻ることとなったのだった。




 ─ * ─




 ようやく次回から本筋に戻って、瘴気の森へ向かいます!

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