30、黒猫のニョッキ元町長登場

「久し振りねぇ、ガッティくん。獣人街区に帰ったら毎回顔みせてくれればいいのに」


 さわやかな笑顔で迎えてくれたのは、三毛猫っぽい耳と尻尾を生やした女性。腕には赤ん坊を抱いている。


「あ、いや」


 なぜか、しどろもどろになるガッティ副団長に、


「美少女三人も連れて楽しそうねえ。こりゃ私なんか目じゃないか」


「三人? 四人だろ?」


 さっそく突っかかるナミル団長。


「あ、師団長さんごめんなさい! 美少女三人と美女一人でしたね」


 年齢に関してはゆずらないらしい。


 不機嫌そうなナミル団長と、ひたすら汗を拭いているガッティ副団長、それから俺たち三人は、応接間に通された。


「冷たいマタタビ茶よ。今、パパ呼んでくるから待っててね」


 飲み物を出してくれた彼女が家の奥に消えると、


「幼馴染でしてな」


 ガッティ副団長が言い訳をした。


「あの赤ちゃん、ガッティくんの隠し子――むぐぅ」


 爆弾発言をしたのはユリア。レモが慌てて黙らせる。


「そんなわけないじゃないですか、ユリア嬢。ただの幼馴染ですよ、ただの」


 妙に「ただの」を強調するガッティ副団長。二人の間には過去、何かあったのだろうかと考えを巡らせていたら、故意に床を踏み鳴らすかのような足音が近づいてきた。廊下のドアを乱暴に開けて入って来たのは、二足歩行の猫が服を着て靴を履いているとしか形容できない、眼鏡をかけた白髪交じりの黒猫だった。


「今さらアニャシの娘になんの用ニャ! 娘は婿を取って、幸せににゃったのだぞ!」


 開口一番、甲高い声でガッティ副団長を怒鳴りつけた。


 目を丸くする俺たち三人の横で、ナミル団長がじろりとガッティ副団長をにらむ。その顔には話が違うぞ、と書いてあるようだ。


 ガッティ副団長は胸の前でパタパタと両手を振りながら、


「いえいえ、今日参ったのは全く別の件でニョッキ元町長にお願いしたいことがございまして」


「お願いにゃと!? どのつら下げてアニャシに頼むつもりニャ!?」


 黒猫の元町長は手にした杖を、カーペット敷きの床に何度も打ちつけた。


 ガッティ副団長に仲介をお願いしたの、間違いだったんじゃないかなーなどと思っていたら、ナミル団長も同じことを考えていたようで、


「あんた一体何をしてネコ町長さんをこんな怒らせたんだよ」


 小声でガッティ副団長に尋ねた。


「いやー、二十年前の話ですよ。娘さんが僕に告白してくれて、でも僕は『君とは親友でいたい』って答えて――」


「そりゃまあ、あんたはあっちだもんな」


 ナミル団長がよく分からない納得の仕方をするが、


「貴様っ――」


 黒猫のオッサンは怒りにわなわなと震え出す。


「娘をコケにしにゃがってぇ! 三十年前、お前は娘と結婚すると約束したニャ!」


「そんな五歳の時の約束……」


 ガッティ副団長はかすれた声で、弱々しく抗議した。


 五歳の時、二人は将来を誓いあったが、十五歳になって娘さんがガッティ氏に告白したら振られちまったってわけか。現在の二人は三十五歳くらいで、娘さんはすでに婿を取って、お子さんもいるってぇわけだな。


 これ、父親であるネコ町長が無駄に引きずりすぎなだけじゃないか? むしろ娘さんにとっちゃあ、いい迷惑だよな。


「うぅ、かわいそうにあの子は婚約を信じて、お前にずっと恋をしておったのにゃ――」


 ネコ町長は肩を震わせて泣き出した。


「不憫にゃ……」


「おじいちゃん、泣かないで?」


 皆が固まって動けない中、トコトコと駆け寄って行ったのはユリア。白いハンカチを差し出した。


「はい。涙拭いてね」


 無邪気なユリアだからこそ、怒るネコ町長に声をかけられたんだろうな。


 いつもなら一番役に立つレモは、どう言葉をかけるべきか頭をフル回転させているようで、結局なにもできずに見守っている。


「優しい子にゃのう。お嬢ちゃん、獣人街区じゃ見かけにゃい子だが――」


「わたしはスルマーレ島から来たの!」


「彼女は――」


 口を開きかけたガッティ副団長を、


「お前は黙っておれ」


 黒猫町長が金色の目でギンっとにらみつけた。


「わたし、ユリアだよ!」


 いつも通りの簡単な自己紹介を、ナミル団長が補足した。


「ルーピ伯爵家の令嬢です、ニョッキ町長」


「おお、ユリア嬢か。帝都の魔法学園に通っていたそうだにゃ? おおらかにゃ獣人の姫がいると、有名だったニャ」 


「ほんと!?」


 ユリアの青い瞳が、喜びに輝く。


「うむ。晴れた日しか登校しにゃいとか、つまらにゃい講義をする教授の授業は寝てやり過ごすとか、まるで我ら猫人ケットシー族のように自由だニャ」


「えへへー、照れるなあ」


 褒められたと思っているユリア。


「それでお嬢さんたちが、この老いぼれになんの用にゃ?」


 ネコ町長は俺たちの方にもちらりと視線を送った。


 レモは無い胸を張り、俺はスカートの裾を肉球で一生懸命のばしながら、うつむいた。


「ねえ、なんの用だっけ?」


 ユリアは一切、悪びれず俺とレモを振り返る。


「ユリア様に代わりまして、侍女のわたくしが説明差し上げますニャ」


 さすがレモ、打ち合わせもしていないのに、すらすらと偽の設定を思いつく。貴族女性らしく、ふわりと礼をした。


「にゃるほど、お二人はユリア嬢の侍女でしたか」


 黒猫のオッサンが納得して俺たち二人を見る。だがユリアが首を振った。


「侍女はピンクのお耳と尻尾のレモちゃんだけ。そっちの綺麗な白猫ちゃんは、歌姫ジュキちゃん! わたしのお抱え吟遊詩人なの!」


 自慢げなところ悪いけど、歌姫と吟遊詩人って結構イメージ違うだろ。しかもあんた、俺のパトロン気取りかよ?


 色々突っ込みたいのをこらえて、俺はレモにならって淑女の礼を取り、自己紹介を――


「…………」


 あっやべ、緊張して言葉が出てこねえ! 習ったばっかの方言って咄嗟に使えねえもんだな。


「ほほーう、神秘的な白猫にゃんはジュキにゃんというのですか。あとで歌声をお聞かせ願いたいところですにゃ」


 何はともあれ、ニョッキ町長は機嫌を直してくれたようだ。さすが美少女効果。かわいい女子に囲まれて怒っていられる男なんていないよな。


 ……あれ? いま俺、自分を美少女って認めてた!?


「――というわけでして、ニョッキ元町長殿には我々と一緒に瘴気の森へご同行願いたいのですにゃ」


 俺がショックを受けているあいだに、レモが現状を説明し終わっていた。


「騎士団からの正式な依頼として、報酬は――」


 ナミル団長が声をひそめ、ふところから取り出した紙片にペンで走り書きした。


「これくらいで、いかがです?」


「瘴気の森にゃあ、魔物がいるからにゃあ」


「ニョッキ元町長殿は我々が責任を持って護衛しますよ。セラフィーニ元魔術顧問も同行しますし!」


 ナミル団長が説得にかかる。


「でもあそこ空気まずいし、遠いし、めんどくしゃいにゃあ」


 ニョッキ元町長は短い腕を組んで渋い反応。


 レモがかわいらしく、あごの下で両手を組んだ。


「そこをにゃんとか!」


 お願いするレモ、かわいいなあ。ボーっとながめていたら、かわいいはずのレモに、ひざで突っつかれた。


 あっ、俺からも頼まなきゃいけないのか。


「俺、えっと、ジュキからもお願いなのにゃ!」





─ * ─




 かわいいジュキにゃんは、ネコ町長さんを瘴気の森に連れて行けるのか!?

 次回、明らかに!


 ネコ町長ことニョッキ元町長のイラストを近況ノートにUPしました!

https://kakuyomu.jp/users/Velvettino/news/16817330660589810374

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