29、ニコの決意と将来設計

 丸い頭に夕日を反射させた男が、往来の真ん中で俺を指差した。


「俺様のジュリアが猫ちゃんになってる!!」


「よかった……! おいらのジュリアちゃんが女の子に戻ってる!」


 影の薄い子分も、もちろん横にいる。


 俺は御者台のほうに首を伸ばし、大声で頼んだ。


「あいつら振り切って逃げてもらえませんか!?」


「お嬢さん、申し訳ねえ。人通りが多くて今の時間帯、走れねぇんでございやすよ」


「そうだよにゃ……」


 唇をかむ俺の真下にはすでに、輝く頭皮と黒髪が迫っていた。


「俺様のジュリアは、獣人族だったのか……?」


「イーヴォさん、何言ってるんスか? きっとジュリアちゃんは苦手なイーヴォさんをくために、獣人族に変装したり男装したりしてるんスよ」


「んだとう!? ニコてめぇ何いい加減なこと言ってやがる!」


 イーヴォの言う通りではある。ニコがこんな妄想を繰り広げるとは、これまた知りたくもない意外な一面を知ってしまった。


「おいら決めたっス! ジュリアちゃんをイーヴォさんの魔の手から守るため、故郷に連れて帰るっス!」


 なに勝手に決意してんだ、こいつは。


「ニコてめぇ、一人で勝手なこと決めんなよ!」


 俺の心の叫びはイーヴォによってすぐに代弁された――かと思いきや、


「俺様と二人で天下取るって約束じゃねえか!」


「おいら、分かったんス! 自分に冒険者としての才能なんかないって。土魔法で畑耕したり、土掘って家作ったり橋架けたりするのを手伝う方が得意だって」


 なんと、昨日のレモの話に感化されてたのはニコのほうだったか。


「おいらこれからの人生、愛する女性のために捧げるんス!」


「抜け駆けするなー!」


 イーヴォがニコの首に腕を回して羽交い締めにした。


「俺様のジュリアだぞ!!」


「愚かねぇ、私のジュリアちゃんなのに」


 馬車の中でレモがしれっとつぶやくが、外の二人には聞こえていない様子。


「じゃ、イーヴォさん。おいらの父ちゃんの養子になって、おいらの兄貴になっておくんなさい」


「ん? そうするとどうなるんだ?」


 イーヴォは目を白黒させる。


「ジュリアちゃんはイーヴォさんの義理の妹になるんです」


「義妹! いい響きだ!」


 イーヴォはさらに鼻の下を伸ばした。


「『俺様が愛した猫耳美少女、実は義妹いもうとだった件』ってか! 良いぞ!!」


 頭が気の毒なイーヴォは、ニコがその美少女と結婚する気でいることに気付いていない。


「二人で末永くジュリアのために生きるか、ニコ!」


「そうっス、イーヴォさん! 愛する女性のために労働する人生、素晴らしいじゃないですか!」


 話がまとまったところで悪いんだが、俺は窓から顔を出してはっきりと告げた。


「ごめんニャ。ジュリア、レモにゃんと二人で世界中、旅したいニャ。あんたたちと海見て日がな一日過ごすにゃんて、まっぴらにゃの」


 五十年後なら、レモとそんなふうにゆったり過ごすのも悪くねえけどな。


「か、かわいい! 方言女子になったジュリア、破壊力やべぇ!」


「声と言葉遣いがかわいすぎて、内容が頭に入って来ないっス!」


 イーヴォとニコが目をハートにして、往来の真ん中でへたり込んだとき、


「お、道がすいてきた」


 御者がひとちて、馬に軽く鞭を入れた。


 立ち止まっていた馬が、かっぽかっぽとゆるやかに歩きだしたと思ったら、カパラッカパラッと蹄の音もリズミカルに、心地よい速度で進み出す。


「おい、待てよ!」


 走って追いかけてくるイーヴォとニコ。馬車なんて走れば追いつく程度の速さだ。だが――


「ったく邪魔くさいわねぇ」


 眉間にしわを寄せたレモが、風の印を結んだ。


「レモネッラ嬢、街中で攻撃魔法は――」


 ナミル団長が止める間もなく、


「向かい風っ!」


 レモが馬車の窓からイーヴォたちへ術を放った。


「う、うおぉ! なんだ!? 進めん!!」


「続けて追い風っ!」


 馬車のうしろに二発目の風魔法を放つ。


「こりゃ快適」


 馬の気持ちを代弁するように、御者がつぶやくのが聞こえた。二頭の馬は軽々と走って行く。


 レモの風魔法は人畜無害ながら効果てきめん、道の真ん中でじたばたしている二人の姿はすぐ小さくなって、通りの向こうに消えてしまった。


「疲れた……」


 思わず小さくつぶやくと、


「ジュキ、私によりかかって」


 レモが俺の頭を優しく抱き寄せてくれた。


「元お兄ちゃん、わたしのお胸なら天然のクッションだよ!」


 反対側の窓際に座っていたユリアが、ぐいっと俺の腕を引く。


「うわっとっと」


 馬車の中で怪力を発揮したユリアの胸に突っ伏す俺。


「ちょっ、ユリア――」


 真ん中に座っているレモの声に怒気が混ざったと思ったら、すかさずナミル団長が、


「さて、お嬢さん方。ガッティ副師団長から、これから向かう獣人街区とネコ町長について説明があるから、集中して聞いてくれ」


「我々が会おうと思っているのは、通称ネコ町長ことニョッキ氏だ」


 ガッティ副団長が、方言をやめて普通の口調で話し出した。


「通称?」


 俺が首をかしげると、また首元の鈴が鳴った。


「かわいっ」


 レモがいちいち反応し、向かいに座ったナミル団長もガッティ副団長もにんまりと笑みを浮かべる。……あんまり不用意に首をかしげないようにしよう。


「ニョッキ氏は帝都獣人街区内にある猫人ケットシー族の町で三十年以上、町長を務めていたんだが、数年前、年齢を理由に引退したんだ」


「にゃるほど、元町長ってわけか」


 俺が猫方言で納得すると、


「元お兄ちゃんが元町長に会いに行くのー」


 ユリアがからかってくるが、これは無視。


 ガッティ副団長は苦笑しつつ、


「ニョッキ氏は娘さんに町長の座をゆずったんだよ」


 と教えてくれた。


 窓の外に見える通りには、獣人族の姿が増え始める。


「この辺もう獣人街区にゃの?」


「そうだね。塀で区切ってるわけじゃないし、この辺りも獣人街区に入るかな。僕の実家も、この一本向こうの通りを東に曲がったところだしね」


 ガッティ副団長が分かりにくい説明をする。


「帝都の生まれだったのね、ガッティさん。ナミルさんも?」


 レモの問いにナミル団長は首を振り、


「アタシは多種族連合ヴァリアンティ自治領出身だよ。男爵家の三女でね。魔法学園卒業後、領地に戻って政略結婚のコマになるのもつまらないから、獣人師団に入ったのさ」


 うなずきながら窓の外に目をやると、夕暮れの街を歩くのは猫人ケットシー族がほとんどになっている。


 やがて馬車は、古いながらも立派な家の前で止まった。




 ─ * ─




 次回、ようやく黒猫のニョッキ元町長登場です。

 近況ノートに挿絵を載せております!

https://kakuyomu.jp/users/Velvettino/news/16817330660589810374


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