27、猫人族の方言を学ぶニャ!

「確かに履いてないってのは当世風じゃないな。昔の獣人族は履かないこともあったようだが」


 風習の変化について淡々と語りながら、彼女はなぜか騎士服のベルトを外し始めた。


「とりあえずアタシのでも履いておくか?」


「待ったぁぁぁっ!」


 俺は立ち上がって叫んだ。


「あんた、自分の履いてるパンツを脱いで俺に履かせる気か!?」


「アタシは、美少女になら貸せるぜ」


「こっちが願い下げだ!」


 ゼーハーゼーハー、肩で息をする俺。ここにまともなやつはいないのか!? レモも職人さんたちもずっと笑っていて使い物になんないし!


「困ったなあ」


 切れ長の目で天井をにらんでいたナミル団長は、


「あ。じゃあレモネッラ嬢のクローゼットに入ってる洗いたてのパンツ貸してもらったら?」


「はぁぁっ!?」


 あり得ねえ! 好きな女の子のパンツ履いたりしたら、男として終わる!


「それだけは絶対やだからな!」


「え、ジュキになら貸してもいいかなって思ったのに」


 レモがもじもじしながら、チラッと俺を見る。


「間接妊娠しちゃったりして」


 すでに妄想が止まらない様子。


「あのな、もふもふタイツの上から履くからな? 間接とか何もないから!」


 俺がつとめて冷静にたしなめたとき、部屋の扉がノックされた。使用人に案内されて入って来たのは、頭から猫耳を生やし魔法騎士団の制服を着た小柄なオッサン。


「お、もうそんな時間か」


 ナミル団長がひとちてから、職人さんたちを見回す。


「みんな、今回は無理なお願いを聞いてもらって助かった。せかしたみたいで、すまなかったな」


「いえいえ、皇帝陛下直々じきじきに下された命令ですもの。ナミル師団長様がすまないなんておっしゃらないで」


 あれ? 師匠がツテで集めた職人さんたちじゃなかったっけ?


 俺が首をかしげていると、ナミル団長はホクホクと満足そうな笑顔で、


「いやぁ本当によかったよ。陛下にアルジェント子爵白猫美少女化プロジェクトを進言して」


「はぁっ!?」


 聞き捨てならない言葉に、また大きな声が出る。


「昨日きみとレモネッラ嬢が騎士団長に連れられて行ったあと、急いで企画書をしたためたのさ。その後、騎士団長経由で皇帝陛下に提出してもらったんだが、アタシの案が無事採用されたってわけだ」


 こいつが元凶だったとは! くだらないことを進言しやがって!


「おかしいと思ったんだ。師匠が俺に女性の服を着せるとは思えないし。ほんと、胸しか取り柄がないですよね。ナミルさんって」


 わざとらしくため息をつきながら、俺はじろりとにらんでやった。


「そんな怖い顔するなよ、ジュキくん。その目つきはどうしようもないが、君の可愛げ無い言葉遣いを矯正するべく、強力な助っ人を呼んだよ」


 職人さんたちが手を振って部屋から出ていくと、猫耳のオッサンが部屋の中央へやってきて、ナミル団長のとなりに並んだ。ナミル団長は彼を手のひらで示し、


「こちら、猫人ケットシー族の方言指導を担当する獣人師団のガッティ副師団長だ」


「ちょっと待て! 猫人ケットシー族の方言って――」


 俺は知っている。猫耳女子がしゃべればかわいいが、自分では絶対口にしたくないやつだ!


「アルジェント子爵、お初にお目にかかりますニャ。ご紹介にあずかりましたガッティと申しますニャ」


 やっぱり! 恐れていたニャンニャンしゃべりで、猫耳のオッサン――獣人師団のガッティ副師団長は敬礼した。


「ガッティ副師団長、俺はだまされませんよ。いまどき方言でしゃべる猫人ケットシー族なんて、年輩の人くらいじゃないですか」


 俺の世代で「ニャ」なんて言う女子はいない。


「ニャハハ。アルジェント子爵は多種族連合ヴァリアンティ自治領の出身だから、そりゃあ知ってるにゃ。実を言うと僕も、普段は方言を使わないニャ」


「じゃあなんで――」


「頭の固い先祖返りのネコ町長を取り込むには、若いのに方言女子ってのが効くんだにゃ~」


「はぁ」


 言っている意味は分かる。分かるんだが――


「か、かわいい!」


 レモが目をキラキラさせながら、身を乗り出した。


「私、猫人ケットシー族の方言、学びたいわ! いえ、学びたいにゃ?」


「うまいうまい、うまいですニャ、レモネッラにゃん」


 無表情になる俺とは対照的に、褒められたレモはすっかり乗り気になっている。


「それじゃあみにゃさん。あちらのテーブルでまにゃびましょうか」


「わーい!」


 やる気満々なレモは、猫脚の白テーブルへ走って行く。


「わたしもお話聞くのー」


 ユリアもポフンと椅子に座った。俺も仕方なく席に着く。


 ガッティ副団長はテーブルに石盤を乗せるとロウ石で簡単な表を書きながら、説明を始めた。


猫人ケットシー族の一人称は『アニャシ』、二人称は『アニャタ』、敬称は『にゃん』となります。ナミル団長は『ナミルにゃん』ですな」


 それマジで言うの? 恥ずかしすぎて生きていけないんだけど…… と思っていたら、


「ユリアにゃん!」


「レモにゃん!」


 などと言い合って、レモとユリアがはしゃいでいる。


「女の子たちが使うのはかわいいけどさ、俺は勘弁してもらえねぇかな?」


「ジュキにゃんさぁ」


 ナミル団長がニマニマしながら俺を見た。


「今、一番かわいいが自分だって自覚ある?」


「そうよジュキ! いいえ、ジュキにゃん! 私、かわいいジュキにゃんが、ニャンニャン言うの見たいにゃ?」


「…………!」


 俺は、猫耳つけたレモのかわいさに身もだえしつつ、窮地に立たされていた。


「まあ難しかったら、語尾にニャをつけてしゃべるだけでもいいニャ。あとは『な』がなまって『にゃ』になるくらいかにゃ」


 ガッティ副団長が石盤に例文を書き加えながら続ける。


「例えば『なんなんだ?』が『にゃんにゃんだ?』になるニャ」


「まあそれくらいなら、頑張れそうかな」


 疲れた声を出した俺にナミル団長が、


「でもジュキにゃん、自分のこと『俺』って言うのは禁止だよ?」


「えっ」


 男バレするからか。でも「アニャシ」は言いたくないぞ!




 ─ * ─




 次話、『姿見の前に立たされて方言練習』

 女の子にされてしまった自分の姿を見つめながら、にゃんにゃん言わされる回です!

 え? 健全ですよ?

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