26、ユリアのスカートめくり

「レモネッラ嬢、ユリア嬢、見て下さい!」


「白い毛に緑の瞳の美少女子猫ちゃんですよ!」


 若いお針子さんたちが自慢げに、レモとユリアに俺を紹介する。


 俺は、女の子として飾り立てられた自分が恥ずかしくて、椅子に座ったままうつむいていた。今さらではあるのだが、やっぱり慣れない。ひらひらレースのミニスカートを履いて、ロングヘアをツインテに結った姿を、愛するレモに見られるなんて――


「ジュキ?」


 駆け寄ってきたレモが、俺の足元にしゃがみこんだ。


 猫耳つけたレモの姿を見たい――でも、自分の恥ずかしい姿は見られたくない…… 葛藤していたら、レモの指先がそっと、俺の頬にかかる銀髪を持ち上げた。


「とっても綺麗よ、ジュキ。自信持って」


 下からのぞきこんで、優しくささやいてくれる。


 今の俺はもう、自分を不気味なバケモノだとは思っていない。かつては先祖返りした自分の外見では人族の人々に恐れられ、迫害されるんじゃないかと危ぶんでいた。でも実際は、教養ある人族の貴族たちが、俺を見慣れぬ美しい者として受け入れてくれた。


 だからもう、綺麗だと褒めてくれるレモの言葉に、首を振るつもりはないんだが―― とはいえ反応に困っちまうんだ。


「私たち、おそろいね。今は二人とも猫人ケットシー族よ」


 レモが楽しそうに言った。そうだ、今は人族と竜人族ではない、俺たちおそろいなんだ。


「レモ――」


 顔を上げると、ピンクブロンドの髪の間から、かわいらしいピンクの猫耳をのぞかせたレモが、愛らしい微笑を浮かべていた。


「「か、かわいい!」」


 俺たちの声がハモった。


「ジュキったら、かわいすぎ!」

「レモ、すっげぇかわいい!」


 俺たちはお互いを賞賛して抱き合った。


「ジュキ、ちょっとだけお化粧しよっか」


 抱き合ったまま、レモが気軽に提案した。


「え……」


 戸惑う俺なぞ意にも介さず、レモは体を離すとどこからともなく小さなポーチを取り出した。


「ジュキの肌、白くて綺麗なんだけど血色がないから、病的な美少女に見えるのよ。でもジュキの天真爛漫な性格には、ほっぺがちょっと色づいていたほうが合うと思うわ」


「いや、天真爛漫はあんたじゃね?」


 ぼそぼそと反論するも、


「はい、おしゃべりはおしまい」


 レモは指先で俺の唇にぷにっと触れると、いたずらっぽくウインクした。


「軽くお口ひらいててね」


 言われるままに、上下の唇を離した状態を維持していたら、


「ジュキったらそういう無心な表情も、あどけなくてそそられるわ!」


 レモが口を開けとけって言うから従っただけなのに!


 なんて抗議しようかと言葉を探しているうちに、口紅を塗られてしまった。


「ほっぺも失礼するわね」


 メイクブラシが蝶のように舞って、反発する間もなく頬にもいろどりが添えられた。


 二、三歩下がって俺を見つめたレモが、


「お人形さんみたいになっちゃった!」


 と笑いだし、まわりの女性たちもまたキャーキャー騒ぎ出した。


「なんて幼気いたいけな美少女なの!」


「困ってうつむいちゃう仕草がいじらしいわ!」


 ううっ、俺、見せ物じゃねぇのに……


「ジュキちゃん、モフモフさわっていい?」


 ユリアだけは気にせず、トコトコ近付いて来てくれる。


「うん。あんたよりモフモフになっちまったよ」


 俺は苦笑してユリアの頭に猫の手を乗せた。


 ユリアは獣人族だが、狼人ワーウルフの血はあまり濃くないようで、人族の少女に耳と尻尾がついているだけといった感じ。レモの変装はユリアタイプで、手足は人族のままだ。


 一方俺はうろこの生えた手足や、水掻きのついた手を隠すために、四肢が毛皮で覆われたタイプの獣人になった。


 ユリアは、白い毛に覆われた俺の腕に顔を近づけて、


「ちゃんと猫ちゃんのにおい」


 と満足そう。


 だが、レモの顔がさっと青くなった。


「えっ、まさか本物の猫ちゃんの毛皮を――」


「まさか」


 職人のおばちゃんは一笑に付した。


「我々が用いたのはこちら――」


 奥に控えていた弟子の女性が、T字型の器具を取り出した。


「その名もニャーミネーター。猫ちゃんをブラッシングすると、不要な毛のみを取り除くことができます」


「生え変わる毛を使って作ったってこと?」


「においのほとんどしない植物素材に、最新魔道具で猫ちゃんの毛を植え込んでおります」


 説明を聞いたレモが胸をなで下ろしたとき、


「ぺらり」


 ユリアが変な擬音と共に――


「キャーッ」


 思わず女子みたいな悲鳴を上げる俺。


「なっ、何するんだよ!」


 慌ててミニスカートの位置をもとに戻す。ユリアのやつ、あろうことか俺のスカートをめくったのだ!


「ジュキちゃん、ノーパンだった……」


 ユリアが表情のない声でつぶやいた。


「ちっがーう! 下着の上にもふもふタイツ履いてんの!」


「しかもやっぱり――」


 ユリアは真剣な目で俺の股間を凝視したまま。


「あ? どうかしたか?」


「えいっ」


「うわぁぁぁん!」


 俺は再び泣き声をあげた。だってユリアのやつ、もう一度スカートめくりしたうえ――


「ユリア、異性のこんなとこさわるのセクハラだからなっ!?」 


「本当についてない――」


 愕然としたまま、ユリアはあり得ない言葉を口にした。


「は?」


 目が点になる俺。


「わたし、ずっと確かめたかったの。ジュキちゃんについてるのか、いないのか。ミニスカート履いてるから絶好のチャンスだなと思ったんだけど――」


「ちっがぁぁぁう!」


 俺は叫んでいた。


「ついてるんだってば! タイツの下に下着履いてて、その下にあるの!!」


 一体俺は何を説明させられてるんだ!


「どういう意味?」


 ユリアは眉根にしわを寄せ、難しい表情かおをする。


「どういうって――」


 これ以上どう説明しろと!?


 ユリアは不思議そうに首をかしげながら、


「だって見た感じもついてないし、驚いてさわったらやっぱりついてないのに。見てもさわっても無いものがあるって言われてもよく分からない」


 助けを求めるようにレモのほうを見ると、なんとカーペットの上を転げまわって必死で笑いをこらえていた。肝心なときに使えないな、レモせんぱいは!


「でもジュキちゃん、わたし思うんだけどついてなかったらパンツ履かなくてもいいのかも。見られて恥ずかしいモノが無いってことでしょ?」


「モノが無いとか言うなぁぁぁ!」


「わたしのひいおばあちゃん、腕と足が毛におおわれてるタイプの獣人だったんだ。わたしがちっちゃい頃、言ってたよ。スカートの下に何も履かなくてもポンポン冷えないんだって」


 まずい、ユリアの親戚にいたのかよ。こいつの中で信憑性帯びてないか?


「でもユリアはちゃんとパンツ履かないとだめよ、ポンポン冷えるからって」


 ユリアはなつかしそうにほほ笑んだ。


「ジュキちゃんのおまた、ひいおばあちゃんと一緒」


「一緒じゃ……ない……」


 息も絶え絶えになりながら、俺は言葉をつむいだ。


「一緒だったよ?」


 こてんと可愛らしく首をかしげるユリア。


 不毛な議論を見かねたのか、ナミル団長がため息をついた。


「確かに履いてないってのは当世風じゃないな。昔の獣人族は履かないこともあったようだが」


 風習の変化について淡々と語りながら、彼女はなぜか騎士服のベルトを外し始めた。



─ * ─



 ん? なぜナミル団長はベルトを外そうとしているのか?

 次話『猫人族の方言を学ぶニャ!』に続く!

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