23、聖女様は今日も絶好調

「俺様はグレートドラゴンズのリーダーだ。メンバーのニコがやらかした失態の責任をとって、あんたがたと一緒に瘴気の森に行ってやるよ」


 うわ~、ぜってぇ来ないでほしい!


 祈るような俺の気持ちと共鳴したように、レモが首をかしげた。


「イーヴォって弱っちくて使い物にならないのよね? ついてこられたら足手まといじゃない?」


 普通の音量でしゃべったものだから、レモのよく通る声は扉の向こうにも聞こえたようだ。


「なっ、俺様のジュリアちゃんをねらう恋のライバルめ!」


 イーヴォの反応がおかしすぎる!


 部屋の中からナミル団長のため息が聞こえた。


「イーヴォくん、さっきギルドできみの登録データを見せてもらったけれど、きみの実力ではジュキくんたちについていくのは不可能だよ」


 大人らしく落ち着いた口調でたしなめる。


「そりゃ獣人の姉ちゃん、あんたが見たのは帝都ギルドの情報だろ? 俺様、帝都に来てまだ日が浅いんだ。ヴァーリエではSランクパーティのリーダーだったんだぜ」


 まだ言ってる――とあっけに取られたとき、レモがバタンと扉を開けた。


「それ全部ジュキの功績だから!」


「んだとぅ!?」


「ジュキの歌声魅了シンギングチャームで無力化されたモンスターを、あんたはタコ殴りしていただけなのよ!」


「いや――」


 反論しかけるが、しゃべるスピードでレモにかなう者はいない。


「あんたは半分眠った敵にしか太刀打ちできないってこと! だから私が振るうレイピアにすらついて来られなかったんでしょ!?」


「ぐぬぬ」


 言い返せないイーヴォの鼻の先を指差して、


「動かないまとにしか攻撃を当てられない冒険者なんて役立たず、いらないのよ!」


「貴様っ――」


「ここは帝都! 能無しの居場所なんてないの! とっとと田舎に帰って海釣りでもしてなさいっ!」


 びしぃっと言い放った。


「お、お、おいらは能無しなんかじゃない――はずだ!」


 いかにも自信のない声で言い返すイーヴォはすでに涙目である。いじめっ子の悪ガキを口ゲンカで泣かせるレモ、強い。女子って怖い!


「いい加減、目を覚ましなさい!」


 言いながら背伸びするレモ。イーヴォの頭に手を伸ばしたと思ったら――


「ひょいっ」


「あぁっ、俺様のバンダナ! 返せよーっ!」


「あんたの取るべき道は二つ!」


 レモは指を立て、宣言した。


「一つは故郷に帰って、ご両親にそのハゲ頭を下げて『力不足で冒険者にはなれませんでした。家に置いてください』と頼むこと」


 ひぃぃ。話が現実的すぎて心をえぐってくる!


「それが嫌なら、ジュキの歌声魅了シンギングチャームに助けられていただけだと認めて、修業し直すこと」


 レモ、意外とイーヴォのこと考えてやってるのかも知れない。


「ただし今後は自分の弱みを隠したり、見ないふりをしてはだめ。弱さもハゲもさらけ出して、ちっぽけな自分を受け入れて生きていくのよっ!」


 ハゲ隠すのは許してやれよ、なんて思っていたら――


「う、うわぁぁぁん!」


 なんとイーヴォが泣き出した! 


「お、俺様はぁっ、こいつがトンネル掘ったせいで、なんか幹部? よく分かんねえけど敵が逃げちまったんだろ?」


 ニコを指差して鼻をすすりながら訴えるイーヴォ。


「だったら尻拭いは俺様がするから、ニコを罰するのは勘弁してもらおうと思って―― ううっ」


 レモの話と全然かみ合っていない言い訳をする。


「ふんっ、ちょっと能無しって言われたくらいで泣くような男、ジュリアちゃんにふさわしくないわね!」


 あ。イーヴォが俺にちょっかいかけたから、恋愛的な意味でレモの恨みをかってたってことか?


「安心して、レモ。俺はきみのものだから」


 扉の陰からそっと伝えると、


「ジュキったらかわいい!」


 レモが輝かしい笑みを浮かべて振り返った。


「私のジュキ! 私もあなたのものだからねっ!」


 イーヴォのバンダナをポイっと窓の外に捨てて、抱きついてきた。ちょっと背伸びして、


「チュ、チュッ、チュ!」


 俺の右頬、左頬、それからあごにキスの雨を降らせた。


「わぁレモ、みんなの見てる前で恥ずかしい」


 と言いながら、にやけているのが自分でも分かる。


 いとおしい彼女をぎゅっと抱きしめて、


「大好き」


 と俺はささやいた。


 イーヴォは悔し涙を浮かべてレモをにらみ、一方ニコはなぜかうっとりと俺たちをながめている。


「美少女同士のキスって良くないスか? イーヴォさん」


「目覚めてんじゃねーよ!」


 イーヴォの叱責が飛んだ。


「本当にレモネッラ嬢が出てくると話が進まん」


 ナミル団長がぼやいたとき、ノックの音と共に扉が開き、部下を連れた騎士団長が姿を現した。


「レモネッラ嬢、魔法騎士団詰め所の中庭にアカデミー一般会員を集めました。いつでも都合の良い時にお越しいただき、彼らにめられた魔石を浄化して下さいませんかね?」


「あら、早かったわね」


 レモは驚いて目を見開いてから、貴族令嬢らしく膝折礼カーテシーをした。


「騎士団長様みずからお迎えに来てくださるなんて恐悦至極ですわ。すぐに参ります」


 騎士団長は帝都の有力な伯爵家当主で、レモは地方の公爵令嬢だから、本来迎えに上がる必要があるのかどうか―― 俺は貴族社会に疎いのでよく分からないが、聖魔法でオレリアン皇子を救ったことでレモは、一目置かれる存在になったんだろう。




 魔法騎士団詰め所の中庭には、額に魔石を埋め込んだ帝都民が数十人集められていた。どいつもこいつも目が死んでいる。


 レモは用意されていた台座に登ると、さっそく聖なる言葉を唱え始めた。


「聖なる光よ、大いなる救いとなりてまわしきけがれをあまねく打ち消したまえ。清浄聖光厖闊ルーチェプリフィカ・グランデ!」


 レモの手のひらから暖かい光があふれ出し、中庭に集まった人々を包み込む。


「こ、この白い光は――」


「救いの光だ!」


「こんな晴れ晴れとした気持ちになったのは、いつ以来だろう!」


 人々の額に嵌まっていた魔石はみるみるうちに光を失い、しぼんでゆく。干しぶどうみてぇになったと思ったら、ほくろが落ちるかのように額から外れてしまった。


「おお! 世界が明るい!」


「空気はこれほどおいしかったのか!」


「我らを救ってくれたのは――」


 元一般会員たちは、誰からともなくひざまずいた。


「あのピンクブロンドの美少女が、我らに聖魔法をかけて下さった!」


「聖女様だ!」


「あの方こそ我らを幸せへと導いてくれるお方!」


 教祖のように拝まれて、レモはフッとため息をついた。


「私はあなたたちを幸せへ導いたりしないわ。私だけじゃない。誰も導いてくれたりはしないのよ」


 命綱を切り落とされたように絶望する彼らの前で、レモは腰に手を当てて宣言した。


「あなたたちを幸せにできるのは、あなたたち自身をおいてほかにないの! 自分の頭で考えて、行動して、幸せをつかむのよ!」


「「「おおおー!」」」


 どよめきが中庭を覆い尽くした。


 もともと「魔石がなんでも願いを叶えてくれる」なんて団体に近付くような連中だ。誰かをあがめて、すがって生きてゆく性分なんだろう。


「あなたこそ我らを正しい方向へ導いてくださるお方だ!」


「我らの人生を照らす一筋の光!」


「聖女様ーっ」


 歓喜する群衆にかき消されそうな声で、レモは言い返した。


「私、聖女なんかじゃないわ」


 段の下から見上げる俺と目が合った。


 「当然だろ」


 とつぶやいてうなずくと、レモはホッとしたように笑みを浮かべた。




 そして翌日午後、師匠が依頼してから一日しか経過していないのに、驚くような早さで猫人ケットシー族変身セットが完成した。


 レモがかわいい猫ちゃんに変身する――ばかりではなかったのだ。


 俺が猫耳つけてミニワンピ着るなんて聞いてないっ!!




 ─ * ─




 お待たせしました!

 次回から第四幕『ジュキちゃん猫耳美少女化プロジェクト』の開幕です!

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