22、サムエレがアカデミー最後の幹部だと!?

「俺様のジュリアを貴族の優男やさおとこなんかに渡すものかっ!」


 イーヴォが立ち上がりざま握った右手を振り上げ、レモへと向かう。


「男ならこぶしで勝負しろっ!」


「はい熱湯」


「アチチチチチッ!」


 ふんっ、レモを守るのは俺の役目さ。俺は正真正銘のおとこだからな、愛する女性のために戦うのが使命なんだ!!


「あのさあ、きみたち」


 ナミル団長が頭を押さえ、疲れた声を出した。


「ここにいられると尋問がはかどらないから、続きのに引っ込んでてもらえるかな?」


 あきれ顔のナミル団長によって、俺とレモは部屋から追い出された。かわいそうにユリアまでついてくる。


「俺様のジュリア! 決してお前をあきらめないぞ!!」


 うしろから暑苦しい声が追い立ててきてうんざりする。


「あいつなんで俺が女の子だって信じてんだろ」


 ボソッとつぶやいた声が聞こえたようで、


「俺様は号外記事を読んだのさ。歌姫ジュリアちゃんは聖剣の騎士だって書いてあったもんね! 俺様はお前の騎士叙任式にも立ち会ったし――」


 立ち会ったのではない。聖剣を奪いに来たのだ。そしてハゲた。


「――しかもジュリアの初舞台のときも劇場にいたんだ!」


 号外に書いてあったことをそのまま信じるバカが、大声でがなり立てる。


「ハァ」


 ため息ひとつ、扉を閉める前に俺は忠告してやった。


「くだらねえ記事じゃなくて、あんたの目で見たものを信じろよ。俺が女子に見えるか?」


「見えるぜ? 背ぇちいせぇし」


てつけぇぇぇっ!」


「うがっ!」


 ピッキィィィン!


 イーヴォは凍りついた。


 薄い木の扉を閉めても、となりの部屋の声は十分に聞こえた。


「見た目は普通の屋敷だったから、おいら疑いもせずに地下道、土魔法で掘っちまったんだ」


 ニコが涙声で言い訳する。


「瘴気の森につながる地下道を掘れなどという依頼、怪しいと思わなかったのか?」


 ナミル団長が静かに問うと、


「瘴気の森でモンスターを狩った後、素材をすぐに運べるようにトンネルを作る計画だって言われたんだぁぁぁ」


「だがあの地下室には、たくさん実験用のモンスターがいたはずだぞ? 怪しい施設かも知れぬと疑わなかったのか?」


「ここは帝都の冒険者ギルド管轄の研究組織だってだまされたんだよぉぉぉ!」


 一瞬、沈黙が落ちたのち、


「はい」


 と答えるローレル男爵の声が聞こえた。ナミル団長が真偽を確かめるべく、彼に視線を送っていたのだろう。


「ニコラ・ネーリの話はすべて事実です。私がそのような嘘を考えた張本人ですから」


「ふむ」


「話に聞いた通り彼の土魔法は素晴らしく、ほんの数日でアカデミーの地下から瘴気の森まで掘り終えてしまった」


「ちょっと待て」


 ナミル団長が硬い声で止めた。


「話に聞いた通り、と言ったな?」


「ええ」


「誰から聞いたのだ?」


「それは―― 実はほんの一ヶ月間であったが、我々の組織には七人目の幹部がいたのです」


 俺もレモも扉に耳をくっつけて、ローレル男爵の話に集中する。


「七人目だと?」


「ええ。我々は長らく、ラピースラ・アッズーリ教授のもと六人の幹部と外部理事オレリアン殿下の七名で活動していました。ですが最後に八人目の有力者が現れたのです」


「名は何という」


「サムエレ・ドーロ、と」


 俺が息を呑むと同時にレモが小声で、


「あの眼鏡!?」


 と声を上げ、部屋の中からは、


「なんだって!?」


 イーヴォの怒鳴り声が聞こえた。


「知りあいか?」


 ナミル団長の問いに、


「いや、聞き覚えがあるような?」


 ぼんやりと答えるイーヴォ。まさかサムエレを忘れたのか!?


「イーヴォさん、おいらたちとパーティ組んでた聖職者見習いの男ですよ」


「ああ、あのまじめくさった金髪男か! ジュリアちゃんに横恋慕してやがった命知らずだったな」


 どういう覚え方だよイーヴォ。


「サムエレ・ドーロも体のどこかに魔石を埋め込んでいるのか?」


 ナミル団長の質問にローレル男爵が、


「いいえ。彼はアッズーリ教授が姿を消されてから現れたので」


「アッズーリ教授―― ああ、お前たちはラピースラ・アッズーリをそう呼ぶのだったな。それで、サムエレ・ドーロは今どこに?」


 俺は扉に耳をつけて、ローレル男爵が発する次の言葉を待つ。


「あの男は、オレリアン殿下が完全に改心させられたと知って、アカデミーから離れました。確か――」


 少しの間があって、


「皇后劇場の仕事に応募するとか言っていたな」


「は? サムエレ・ドーロとやらは聖職者見習いなんだろう?」


 ナミル団長の驚きも、もっともだ。俺たちが帰依する精霊教会にせよ、人族が信じる聖魔法教会にせよ、劇場とは距離がある。教会トップは、庶民が世俗音楽にけがされ、聖歌から離れるとでも考えているんだろう。俺にとっちゃあ、ジャンルが違えど音楽はどれも美しいけれどな。


「サムエレ・ドーロが最後に話していたのは、好きな子が歌手デビューしたから、彼女の近くにいたいとか」


 ローレル男爵の言葉に鳥肌が立った。嫌な予感しかしねえ。


「話題になってる十二歳の歌姫かって訊いたら、『あの記事は全てガセネタだ。僕は彼女が舞台に上がる前から知っている』と偉そうな顔しやがった」


 ローレル男爵は吐き捨てるように言った。


「サムエレ・ドーロによれば、彼女は公爵夫人の侍女として働いていたから、十五歳は越えているはずだと言うんだ。『つまらない記事に踊らされるな、ばかばかしい』だとよ」


 ――とするとサムエレは、歌姫の正体が聖剣の騎士だという部分も含めて、信じていないんだな。


「ふむ。どいつもこいつも歌姫ちゃんに夢中になって、けしからんな」


 ナミル団長のクールな声が聞こえた。


「サムエレ・ドーロの件は劇場に人を送って調べさせよう。だが魔石を埋め込んでいないなら危険度は低いとみなされて、優先順位は下がるだろうな」


「ううっ、おいらに罪を犯させて、サムエレさんは逃げるなんて!」


 ニコがまたべそをかいている。


「なあ、師団長の姉ちゃん」


 イーヴォがぞんざいな口調で話しかけた。


「俺様が無償でアカデミー幹部残党狩りを引き受けるからよ、ニコの罪を見逃しちゃあくれねえか?」


 あ? 何言ってんだ、こいつ。


「俺様はグレートドラゴンズのリーダーだ。メンバーのニコがやらかした失態の責任をとって、あんたがたと一緒に瘴気の森に行ってやるよ」




 ─ * ─




 イーヴォが瘴気の森についてくるだと!?

 何とも迷惑だ。どうやって阻止しよう?

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