13、秘密の抜け道がつながっていた場所は

 地下道の先に、出口の明かりが小さく見える。


「なんだか木の匂いがしない?」


 深呼吸するレモに対し、狼人ワーウルフ族の鋭敏な嗅覚きゅうかくを持ったユリアは、


「瘴気のにおいがするよ」


「うん、俺の竜眼ドラゴンアイにも感じるな」


「てことは」


 口をはさんだのはナミル獣人師団長。


「瘴気の森に出るのだろうか?」


 単純な推理だが、その通りだった。


 地下道の出口は急勾配になっていて、自然な洞窟のようだ。俺たちは土壁をのぼって、森の中にい出した。


「瘴気の森って帝都からこんなに近かったっけ?」


 馬車で二、三刻かかったような気がするんだが――


「直線距離ではこんなものです」


 師匠が鞄から、古代文字の記されたスカーフを取り出しながら答えた。


「街道は森を迂回するように作られているので、遠く感じるのですよ」


 スカーフで鼻と口を覆う師匠を、俺はまじまじと眺めた。


「それ何?」 


「瘴気を吸い込まないようにする魔道具です。魔力量の多い皆さんには無用の長物ですよ」


「どういう意味?」


 俺の問いに答えたのはレモだった。


「瘴気には大量の魔素が含まれているの。人も動物も魔素を体内に取り込んで放出する――つまり常に循環させているわ。魔力量が多いというのは、時間当たりの魔素循環量が多いということ」


 そんな説明、初めて聞いたぞ。魔法学園で習ったのだろう。


「するとレモみたいに魔力量の多い人族や、俺たちみたいな亜人族は、瘴気の森みてぇな魔素の多い場所に長時間いても、循環させられるから問題ないってことか?」


「何日も寝泊まりしたら魔力酔いが起きるでしょうけれど、平均的な魔力量の人族みたいに半日程度で気分が悪くなったりはしないのよ」


「へぇ」


 間の抜けた声で感心するユリア。


「ユリアさんにもこの講義、しましたけれどね?」


 師匠が教師の顔になった。


「さて、ここが瘴気の森のどのあたりか、ですね」


 また鞄から魔道具を取り出す師匠。折り畳み式の金属製地図に羅針盤が埋め込まれた重そうな道具だ。


「そんなの空から見ればよくねえか?」


 思わず突っ込む俺。


「せっかく私が発明した魔道具があるのに。しくしく」


 めそめそしやがる師匠にナミル団長が、


「瘴気の森では方位磁針が使えないのでは?」


「そこで私の発明品です! この魔道具は太陽と月のエネルギーを感知し、その方向から場所を特定するんです!」


 嬉々として語り出した。


「冒険者に高く売れそうね」


 商売の話を始めるレモ。公爵令嬢のくせにたくましい。


「八台くらい作って売ったのですが、この魔道具、一年に一回は太陽と月の軌道を計算して入力し直す必要があるのです。でないと少しずつ座標がずれてしまう。十行ほどの計算式なのですが、皆さんどうしても計算間違いするらしく、私のサポートが必要でして」


 突然饒舌になる師匠に、一同あっけにとられて言葉を失う。


「私のアフターケアが膨大になるので、実用化はあきらめました。おっと場所が分かりましたよ!」


 師匠が嬉しそうに金属板を示した。光の線が浮かび上がり、周辺の地図を示しているようだ。


「意外と街道に近いんですね、ここ。今日は森のそばの宿場町まで戻って一泊して、明日帝都に帰って騎士団長に報告すればよいでしょう」


「「「えええ~~~!?」」」


 俺とレモ、ナミル団長の声が重なった。


「せっかくここまで来たのに帰るってなんだよっ!? レモをだました犯人を追うんじゃないのか?」


「そうよ師匠! まだ宿に帰る時間じゃないわ!」


「いくらなんでも、もう少し調査しようぜ、セラフィーニ顧問」


 三人でいっぺんにまくし立てると、師匠はたじたじとなった。


「み、皆さん落ち着いて―― 一人ずつ話しましょう! まずジュキくん、レモさんに幻影を見せた犯人を追うと言っても、この広い瘴気の森のどこに逃げたか分かるのですか?」


 眉尻を下げて、おどおどしているわりに理詰めで迫ってきやがる。


「ユリア、アカデミー製魔石のにおいをたどって行けないか?」


「瘴気の森自体がにおうから分からないよ」


 さして残念でもなさそうに答えるユリア。


 うーむ、それなら――


 俺はそっと目を閉じ、かわりに首元の飾襟ジャボを持ち上げて竜眼ドラゴンアイで周囲を見回した。


「あ。俺らの右手――崖になってるけど、それ幻影」


「えっ!?」


 レモがすぐさわりに行く。


「危ないですよ、レモさん!」


 師匠が慌てて止めたときには、


「本当だわ! すり抜けられる!」


 レモは右手を透明な崖に入れたり出したりしていた。


「な、幻影使いが見せてるまぼろしだろ。ってことはさ、そっちにやつらのアジトがあると思うんだ!」


 自慢げに話す俺に、師匠が水を差した。


「でもジュキくん、この崖向こうまでずーっと続いてるじゃないですか。正確なアジトの位置なんて分かりませんよ。アジトがあれば、ですが」


 くっ、正論を並べやがって。


「ジュキ、まぼろしの崖の向こうに滝があるけど、あれは本物?」


 レモの指さす滝は、離れているせいか水音がしない。目をつむってみると――


「あれも偽物」


「じゃあきっとあっちに逃げたのよ、アカデミーの幹部たち!」


 目を輝かせるレモに、ナミル団長もうなずいた。


「まだ日も高いんだ。一刻ばかり調査してみよう」


 それから師匠を振り返り、


「いいだろう、顧問殿? ラルフ騎士団長への報告が必要なのは分かるが、どうせ今夜一泊するつもりなら、まだ時間がある」


「分かりました。深追いはしないでくださいよ。瘴気の森に入る準備なんてしてきていないんですから」


 師匠も不承不承、首を縦に振った。


「わーい!」


 なぜかユリアが喜んで滝へ走っていく。


「見て見て! 水の匂いがしないのに滝が流れてる!」


「うん、音もしないな」


「ふん、魔神アビーゾから教えられた術とかいうけれど、穴が多いわね」


 レモが鼻で笑った。


「濡れないお水ー!」


 まぼろしの滝の中で両手を上げてはしゃぐユリア。だが次の瞬間、その姿がかき消えた。


「助けてぇ!」


 ユリアの叫び声が空から降ってくる。木々の間からあおぎ見ると、今朝倒したはずの炎獅子フラムレオンがユリアの首根っこに食らいつき、空高く放り投げたところだった!


「ユリア!」


 俺は翼を広げると同時に空へとけた。




 ─ * ─




 ユリアの運命や如何に!?

 次回『一度倒した炎獅子が蘇った?』です!

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