二、秘密の地下通路を抜けた先は

10、秘密通路はどこだ?

 午後、俺とユリアは回復魔法と仮眠で全回復したレモと共に、皇城の東門前に立っていた。


「お師匠さまも一緒に行くのぉ?」


 ユリアが背の高い師匠を見上げる。


「ええ。皇帝陛下じきじきに命令が下りまして」


「なんで?」


 俺はマントの下で、こっそり氷魔法を使いながら尋ねた。朝晩はずいぶん涼しくなったが、午後の早い時間帯はまだ夏である。仕事するよりビーチに行くべきだ。


「ジュキくんを守れと」


 熱風に濃紺色の長髪を揺らしながら、師匠は季節感のない涼しげな笑みを浮かべた。


「ジュキくんの身に何かあったら、陛下は皇后様に殺されるとおっしゃっています」


「…………」


 返す言葉をなくして沈黙する俺の代わりに、優雅に白い日傘をかたむけたレモが、


「皇后様にとってジュキはお気に入りの歌姫ちゃんだもんね」


 一方、皇帝にとっては重要な戦力なのだ。アカデミーが作り出したモンスターやら、魔物の力を手に入れた幹部やらを相手にするのに騎士団では心細いから、騎士団長を通して俺に討伐依頼をしたわけだが。


 師匠は盛大にため息をついた。


「それで私が身をていしてジュキくんを守るように、と命じられたんです。私よりジュキくんのほうが強いのに。しくしくしく」


 うーん、この矛盾した状況、どう声をかければ良いのやら。


 微妙な空気が流れたところへ、豹の耳を生やしたグラマーな獣人師団長ナミルさんが走ってやってきた。


「待たせてすまなかった! 聞き取り調査をもとに地図を書かせていたんだ」


「聞き取り調査?」


 ユリアが首をかしげて見上げると、


「魔物使いディレット子爵と、劇場襲撃で逮捕されたローレル男爵の尋問だよ。魔石がなくなったら拷問するまでもなく、秘密通路の場所を吐いたよ」


 見張りの兵士に見送られながら、俺たちは城門を出る。


 ナミル師団長が手にした二枚の綿紙コットンペーパーを、レモが興味津々のぞきこんだ。


「二枚とも秘密通路までの行き方かしら?」


「一枚は地下に降りる階段の場所で、二枚目は地下研究室から通路までの道順さ」


 どうやら秘密の抜け道は、地下から入るようだ。


「そういえば自己紹介がまだだったな」


 ナミル団長はさわやかな笑みを浮かべて、レモに右手を差し出した。


「改めて、魔豹レオパルド族のナミルだ。帝国騎士団所属の獣人師団をまとめている。今回のアカデミー調査に騎士団側の人間として同行することになった」 


「聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラよ」


 にっこりとほほ笑んで、レモもその手を握り返した。


「わたしユリアだよー」


 となりでぴょんぴょんと飛び跳ねるユリア。レモが苦笑しながら、


「スルマーレ島領主の娘、ユリア・ヌーヴォラ・ルーピ伯爵令嬢よ」


 代わりに紹介してやる。こうやって甘やかしているから、ユリアはいつまでも成長しないんじゃないか?


 続いて俺も、


多種族連合ヴァリアンティ自治領のモンテドラゴーネ村――」


 ――出身と言いかけて慌てて軌道修正する。


「――領主になったジュキエーレ・アルジェントです」


 ものすごく変な感じがする! 次から領主発言はやめよう。


 なんだか居心地悪くて耳が熱くなる俺には気付かず、ナミル団長はポンと手を打った。


「君がアルジェント子爵か!」


 うっ、子爵付けて呼ばれるのも慣れねえ。


「ジュキでいいですよ」


 メインストリートへ続く道を歩く俺の耳元に突然、ナミル団長の唇が近づいた。


「本名はジュリアちゃんなんだろ?」


「違いますって!」


 反射的に声が大きくなる俺。


「そうなの? うわさによると聖剣で男性に変身できるとか」


「はぁ!?」


 そんな設定、聞いたこともないし!


 ナミル団長は俺の頭からつま先までをまじまじと見つめてから、


「いやでも首から上はそのままだよな? 身長もあまり変わってないような?」


 どういう意味!?


「元々つるぺただし、どこが男になってるんだ?」


 わけの分からないことを尋ねながら、ふと俺の股間に視線を落とした。


「どこ見てるのっ!?」


 思わずマントで前を隠す俺。耳どころじゃなく全身が熱くなる。


「見たとこ、そこも女の子?」


「ふえぇっ!?」


「いやサイズとか? さわって確かめていい?」


 返事も待たずにナミル団長は、足を止めると俺の前にしゃがみ込んだ。


「うわーん!」


 マントをひらりとめくられて、俺がパニックを起こしかけたとき、


 ゴツン。


 師匠のこぶしがナミル団長の脳天に直撃した。


「いってぇ! セラフィーニ顧問、レディの頭たたくなよ!」


「少年にセクハラする女性をレディとは呼びません」


 無表情のまま答える師匠。いつも甘い師匠が女性に手を上げるなんて、と驚いていたら、


「かわいそうに。ジュキくん涙目じゃないですか」


 俺をぎゅーっと抱きしめた。


「私の一番弟子であるレモさんの婚約者なら、君も私の弟子同然です。陛下の命令通り、君のことは私が守りましょう!」


 真面目な顔で宣言した師匠の言葉に、ユリアがキャッキャッと笑い声をあげた。


「モンスターから守るんじゃなくてセクハラ女から守るんだねっ!」


「私は子供が好きなんです!」


 堂々と主張する師匠には悪いけど俺、もう子供なんて呼ばれる年齢じゃないんだけどなぁ。


 帝都のメインストリートをアカデミーの建物に向かって歩いていると、道行く人々のささやきあう声が聞こえてくる。


「あの銀髪の子、髪短いけど歌姫ジュリアちゃんじゃないか?」


「本当だ! あんな白い肌、彼女しかいないよ!」


「男装しててもかわいいなあ。意外と背が高いから似合うよな」


 生まれて初めて背が高いと言われたのに、女の子認定されてるせいなの悲しすぎる!


「ジュキ、気にする必要ないわ」


 レモがレースの日傘をかざして、俺を通行人から隠してくれる。


「普通に街を歩いてたら間違っても十二歳女子になんか見えないんだから」


 ユリアも、


「うんうん、舞台の上だと分からないんだよね」


 とうなずいてくれる。


「普段のジュキくんならちゃんと十四歳に見えるよ! 性別はよく分かんないけど」


「は!? 俺十六だし――」


「ほらほら皆さん、アカデミーに着きましたよ」


 俺たちの会話は師匠によって強引にさえぎられた。


 元公爵邸だけあって古びても立派な屋敷の前は、見張りの兵士や木箱に入れた書類を運び出す衛兵、魔物の襲撃を警戒した騎士団が集まり、活気にあふれている。


「目の死んだ会員が出入りしてた頃と大違いだな」


「みんなきがいいのぉ」


 とぼけたユリアの発言は無視して、俺たちは衛兵たちに声をかけて屋敷へと足を踏み入れた。


「まず地下研究室に降りるんだが――」


 ナミル団長はホールに面した扉を見比べながら、手にした地図をくるくる回転させる。師匠が彼女の肩越しに地図をのぞきこんだ。


「玄関ホールからいったん中庭に出るみたいですね」


 俺たちを先導して歩く師匠の向かう先には、小さな石造りの建物が建っている。


「礼拝堂かしら?」


 ドーム型の屋根が乗っているのを見上げながら、レモが尋ねた。


「昔、公爵邸だったときには礼拝堂として使われていたようです。今は――」


 師匠が重い木の扉を押し開けると、ひんやりと湿った空気が俺たちを迎えた。こじんまりとした空間の正面に、俺の身長より大きな肖像画が飾ってあった。


「瑠璃色の髪の女――」


 古代の修道服をまとい、胸には瑠璃石のペンダントが輝いている。


「ラピースラ・アッズーリの肖像画かしら? 趣味悪いわね」


 吐き捨てるレモに、ナミル団長がうなずいて、


「ああ。でも地下室に至る扉としては、なかなか乙ではないか?」


「あの絵が扉!?」


 驚く俺に、


「だそうだ。あのペンダントに魔力を流してみてくれ」


 俺は言われた通り肖像画へ歩み寄り、絵に描かれた瑠璃石に手のひらをかざした。ごくわずかな精霊力を放出すると、ただの油絵に見えた瑠璃石が青く輝き出す。


 ズズズズズ……


 岩同士がこすれるような音を立てて、大きな肖像画が横にずれていく。


「階段だ!」


 目の前に、地下へといざなう石段が現れた。





─ * ─




次回は秘密の階段を降りて、地下通路を進みます!

『秘密の地下道に仕掛けられたトラップ』

何が出るかな~?

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