09、獣人師団長ナミルさんは魔豹族の美女

 レモは、ひざの上でこぶしをにぎりしめた。


「皇帝陛下やエドモン殿下を亡き者にしようってこと!?」


「皇帝一家を劇場で消してしまおうという作戦は、オレリアン殿自身も考えていたことですからな」


 騎士団長の重々しい声が食堂に響く。


「ジュキが阻止してくれたけど――」


 レモの言葉に俺はハッとする。


「それで先に俺を消しておこうってことかよ!?」


 師匠は沈んだ声で、


「アルジェント卿とレモネッラ嬢、あなたたちを脅威と見なしたのでしょう」


「でもレモせんぱいは退治されずに、天井から吊り下げられてただけだったんでしょ?」


 確かに、即モンスターに襲わせなかったのは妙だ。


「だんだん弱らせるためじゃないかしら?」


 レモもいまいちに落ちない顔。


「おそらく、ですが――」


 師匠が言いにくそうに口を開いた。


「レモさんを実験に使いたかったのでは? 人族にはあり得ない魔力量ですし、たぐいまれな聖魔法の使い手でもありますし――」


「なっ、レモを蜘蛛伯爵みたいにするつもりだったのか!?」


 あ、また兄弟の前で蜘蛛伯爵って呼んじまった……


「いやいやくまで推測ですよ!」


 師匠は両手を振って、困ったような笑顔を浮かべている。


「では最後になるが――」


 騎士団長が、三人目の「死霊使い モルト老伯爵」の文字を指差した。


「モルト老伯爵はラピースラから死霊を操るすべを学んだそうです」


「死霊って――」


 俺が言いかけたとき、食堂の大扉がノックされ、


「騎士団長、獣人師団長のナミルです。入室許可願います!」


 廊下からハスキーだが芯のある女性の声が聞こえた。


「む、入れ」


 騎士団長は許可を出してから、師匠の方に身体を向け、


「すまぬな、セラフィーニ殿。逃げた奴らを追うため、我々も急いでおるのです」


「ええ、当然入っていただいて――」


 師匠の言葉が終わらぬうちに両開きの扉が勢いよく開いた。部下を従え、大股で歩いて来たのは――


「わぁ、魔豹レオパルド族のお姉ちゃん!」


 同じ獣人族の登場に、ユリアが人なつっこい笑顔を見せる。


「おっ、あなたがユリア嬢か」


 健康的な笑みを浮かべて答えたのは、豹柄の長い尻尾が特徴的な女性。ユリアより少し暗い黄色の前髪には一房、黒髪が混ざっている。頭上には猫っぽい形の耳がのぞいており、こちらも黄地に黒の斑点が認められる。


 だが問題は、騎士団の制服の着こなし方だ。はち切れんばかりの双丘が収まりきらないのか、首元から胸にかけて四つもボタンを開けているせいで、深い谷間に視線が釘付けになる。


「何かあったか、ナミル師団長」


 落ち着いた声で尋ねる騎士団長は、見慣れているのか谷間に興味はないらしい。それよりナミル師団長のうしろを見ている。俺もなんとか豊満な胸から目をそらし、騎士団長の視線を追うと――


「この者らは本日逮捕されたディレット子爵と、地下牢に閉じ込めてあったローレル男爵です」


 ディレット子爵はさっき俺たちがぶら下げて空中散歩をした折り、悲鳴を上げていた中年男。ローレル男爵は、オーディションのとき魔物に劇場を襲わせた犯人だ。


「秘密通路の場所を尋ねても魔石による影響が強く、口を割りません。アタシの部下は拷問官に回すべきだと主張しますが――」


 獣人師団長のナミルさんは、ちらりとレモのほうへ視線を送った。


「聖ラピースラ王国からいらっしゃったレモネッラ・アルバ公爵令嬢殿の聖魔法で、魔石を無力化できないかと相談に参りました」


「レモネッラ嬢――」


 騎士団長が依頼の言葉を口にする前に、


「やってみるわ」


 レモは印を結んで聖なる言葉を唱えだした。


「聖なる光よ――」


 慌てた中年男――魔物使いディレットが、


「魔石を無力化などされてたまるか!」


 ごすっ


 文句を言うや否や、彼を拘束している兵士に殴られた。


「――まわしきけがれを打ち消したまえ」


 ローレル男爵の方は長い投獄生活のせいかやつれ、落ちくぼんだ目には抵抗する意思もない。


清浄聖光ルーチェプリフィカ


 レモが聖魔法を放つと、白い光が薄汚れた二人の男をやわらかく包み込んだ。


「うっ」


 まずローレル男爵が小さく声をあげ、口の中から魔石を吐き出した。


「体内に入ってたのか?」


 驚く俺に、


「いえ、舌に埋め込んでいたのです」


 彼は律義に答えてくれた。なかば洗脳は解けているようだが、舌に嵌まった魔石が、彼の話す内容をコントロールしていたのかも知れない。


 魔物使いディレットはというと――


「これか?」


 彼を縛った鎖を左手にくくりつけていた兵士が、ディレットのうなじのあたりから、魔石を引っ張り出した。


「ぎゃぁぁぁっ!」


 魔物使いが背筋が寒くなるような悲鳴をあげる。


 ふくらんでいた腹はへこみ、脂ぎっていた黒髪はつやのない白髪に変わった。


「な、なぜ!?」


 わが身を見下ろし愕然とする魔物使いに、師匠が静かに告げた。


「元の魔力量では魔物を使役するなどかなわなかったあなたが、強いモンスターを従えていた弊害です。魔石に命を吸われていたんですよ」


 そんなものか。オレリアンは両耳の魔石を破壊されても、しぼんだりしなかった。元々皇帝の血筋で魔力量が多かったせいもあるだろうが、魔石に頼った能力を使っていなかったからかも知れない。


「レモネッラ嬢」


 ナミル師団長が右手を挙げてびしっと敬礼した。さっきまで揺れていた細い尻尾も、今はちゃんと静止している。


「大変助かりました!」


 それから騎士団長に向き直り、


「再度尋問して参ります!」


 魔物使いたちを縛った鎖を引く部下を従えて、あっという間に食堂から出て行った。


 入れ替わりに入って来た若い騎士が、


「アカデミー本部の捜査状況を報告します」


 威勢よく告げた。騎士団長が黙ってうなずいたのを確認してから、


「書類の押収には成功したものの、魔術書のたぐいはまだ見つかっておりません。引き続き調査を進めます」


「うむ。地下室は?」


 騎士団長の問いに、


「土魔法を得意とする魔術師団員が、地下に大きな空洞を感知しましたので、現在入り口を探しています」


「ごくろう。ディレット子爵とローレル男爵が口を割るかも知れぬが、お前たちはそのまま捜査を続けてくれたまえ」


 扉が閉まってから、騎士団長は俺たちに向きなおった。


「現状ではまだアルジェント卿たちの力を借りるべきか分からぬのだ。しばらく部屋に戻って休んでいてくれ」


「特にレモさん、昨夜は寝ていないでしょう?」


 師匠がやわらかい声で話しかける。


「私の予想では、魔石から解放された魔物使いディレット子爵とローレル男爵が秘密通路の場所を話すでしょう。そうしたら皆さんの力が必要になるはずですから、ほんの一とき程度でも仮眠を取っておくとよいです」


 


 果たして師匠の予想通りになった。


 午後、俺たちはいよいよアカデミーの秘密通路に侵入することとなったのだ。その道は、思わぬところへつながっていた。




─ * ─




※ローレル男爵の初登場は第四章11話「★その頃、第一皇子とラピースラ・アッズーリは」になります。


グラマー美女ナミルさんは次話も登場します!

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