08、倒すべき三人の敵が明らかに

「イルジオン、魔物化しているの!?」


「蜘蛛伯爵みたいなもんか?」


 言ってから、しまったと思う。ここにいる騎士団長と師団長は蜘蛛伯爵の弟なのだ。


 だが二人は俺に腹を立てた風もない。


「アカデミー会員は皆、身体のどこかに魔石を埋め込んでいますからな」


 騎士団長は苦虫を噛みつぶしたような顔で、


「兄のように魔物と一体化した者もいれば、今日アルジェント卿が捕らえてきた男のように魔物を操る能力を得るためだけに、魔石を取り込んだ者もいるらしい」


「あ、あの中年男、それで魔物に言うこと聞かせてたんだ」


「そうです。オレリアン殿は外部理事なので聴覚の拡張にとどまっていたが、序列四位までの幹部は、何らかの魔物化をほどこしているようでしてな」


「序列?」


 オウム返しに尋ねる俺に、


「オレリアン殿とのやり取りで明らかになった、アカデミー内部の権力構造を話しましょう」


 騎士団長が弟の師団長に目配せすると、師団長はふところから一枚の紙を出し、食器の下げられたテーブルに置いた。


「魔石救世アカデミーには、ラピースラ以外に七人の指導者がいるようだ」


 紙をのぞきこむ俺たちに、騎士団長が解説する。


 綿紙コットンペーパーに黒インクで手書きされていたのは――



アカデミー代表:ラピースラ・アッズーリ

外部理事:オレリアン・レジェンダリア皇子


幹部

一、幻影使い イルジオン公爵令息

二、空間使い スパーツィオ侯爵令息

三、死霊使い モルト老伯爵

四、魔剣使い ラーニョ・バルバロ元伯爵(スルマーレ島にて死亡)

五、魔物使い ディレット子爵(本日逮捕)

六、資金担当 ローレル男爵(投獄済み)



 レモが五番目の魔物使いを指差し、


「このディレット子爵っていうのが、さっきの男ね」


「そうです」


 確かに「本日逮捕」の字だけ、まだインクが完璧に乾ききらずぬらりとした光を放っている。


 珍しく起きていたユリアが、


「六番目の投獄済みって人は?」


「劇場に魔物をしかけて、作曲家のフレデリックさんと歌手のファウスティーナさんを襲わせた人物ですな」


「ああ、あのオーディションのときの」


 二曲目が歌えなかったんだよな、と思ってうなずくと、なぜか騎士団長と師団長の頬がゆるんだ。


「アルジェント卿、あの歌姫ちゃんだもんな」


「良かったなあ、ジュリアちゃんの歌」


「…………」


 思わず沈黙する俺。なんか嫌だ。


「ワシ、オペラ五回観に行ったよ」


「勝ったな。私は八回ですよ、兄上」


「お前、騎士団の仕事サボってるだろ」


「何をおっしゃいますやら! 効率の良い働き方を――」


「お二方ふたかた


 師匠が静かに、だが有無を言わせぬ気をこめて呼びかけた。


「今はアカデミーの幹部について我々がつかんだ情報を、ジュキエーレくんたちに伝えるべき時ではありませんか?」


「そ、そうであったな」


 騎士団長は目をそらし、どこか不機嫌な声で同意した。


 師匠が俺を見て、パチッとウィンクした。――ん? 俺を助けてくれた?


 どこか気まずそうな騎士団長は、俺たちの方へ向き直り、


「ではオレリアン殿から聞いた情報をもとに、我々がまとめた敵の攻撃力について話そう。まず幻影使いイルジオンは――」


 紙に書かれた彼の名を指差した。


「レモネッラ嬢が証言したように、幻影を見せる能力を持つ」


「へぇ、怖いねぇ」


 ユリアがおっとりとした口調で感想を述べる。


「本物そっくりなんでしょぉ?」


「攻撃魔法をぶっ放せば、偽物かどうかすぐに分かるわ」


 レモが物騒な解決策を披露した。


「魔法弾を避けるわけじゃないのに、すり抜けるのよ」


 レモのことだから味方に対しても、幻影かと思ったなんて言って攻撃しかねない。俺は彼女を安心させるように、ぎゅっと抱き寄せた。


「俺の竜眼ドラゴンアイなら見分けられるんだ。いつも俺のそばにいてくれ」


「ジュキ――!」


 レモの瞳に宝石が宿った。


 師匠が苦笑しながら、


「有効な見分け方として、話しかけてみるという方法があります。幻影は言葉を発しないそうなので」


「でもさぁ、お師匠様。幻影使いさんが代わりに、腹話術みたいにお話しするかもよ?」


 ユリアがこてんと首をかしげた。


「いやさすがに声の聞こえる方向で分かるだろ?」


 そもそもレモやユリアの幻影がオッサン声で話し始めたら、速攻見破れるけどな。


「幻影使い自身は姿を隠しているはず。常識的に考えて声は出さないだろう」


 騎士団長が至極まっとうな意見を述べる。


「そうね。遠隔魔術の一種でしょうから、魔力の及ぶ範囲内に身をひそめているんじゃないかしら」


 レモの言葉に騎士団長は、あごを胸に引き寄せるようにうなずいた。


「アルジェント卿が偽物のレモネッラ嬢を見かけたときも、幻影使いは近くにいたはずだ」


 ほかの部屋からこっそり俺の様子を見ていたとか、そんなところだろう。


「これはワシの憶測だが、アルジェント卿をおびき寄せたかった三階の部屋にも、魔力封じの魔法陣が描かれていたのだろう」


 レモの魔力を封じたのと同じものか。


「だがアルジェント卿は幻影を見抜いたばかりか、あっという間にレモネッラ嬢を救出してしまった。そこで魔物使いディレットが向かわされたが、ヤツでは歯が立たぬと判断するなり、幻影使いたちは逃げたと考えられる」


 あの中年男は知らぬ間に、しんがり役を務めさせられていたってわけか。


「私、軽率だったわね」


 レモが唇をかんだ。


「あっさり幻影使いにだまされてしまったわ」


「いや、軽率とかじゃねえだろ」


 俺はすぐに否定した。


「レモの友達を思う気持ちを利用しやがったヤツが悪党なんだ。許せねえ」


 ユリアもレモに抱きついた。


「レモせんぱい、わたしを助けようとしてくれてありがとう!」


「ユリアは私の孤独な学園時代、唯一の友達だったの。今はジュキっていう親友ができたけど、ユリアがいなかったら私、ジュキに出会う前につぶれてたかも知れない」


 レモはユリアにほほ笑みかけた。


「私いつもユリアに救われていたのよ」


 せっかくあたたかい雰囲気になったのに、無粋な騎士団長が二人目を指差した。


「アカデミー内で空間使いと呼ばれていたスパーツィオ侯爵令息だが、オレリアン殿が、禁忌指定されている空間魔法の魔術書を読ませたと、手紙に書いていた」


「てぇことはオレリアンみたいに俺たちを亜空間に閉じ込めたりできるのか?」


 俺の問いに騎士団長は渋い顔になった。


「オレリアン殿は、スパーツィオが魔術書のどの段階までマスターしたか、把握していないそうだ」


 空間魔法をしかけてくるってことしか分かんねえのか……


 椅子に背をあずけた俺に代わって、レモが身を乗り出した。


「オレリアンが読ませた魔術書を入手できれば、対策可能かも知れないわ。それとも秘密通路を通って逃げた空間使いが、持って行ってしまったかしら」


「現在、予定を早めて一個師団がアカデミーの屋敷を捜査中です。彼らの任務は秘密通路探しと逃げた幹部三人の追跡、そして魔術書や会員名簿の押収です」


「秘密通路の場所なんて、さっき私たちが連れ帰って来た魔物使いディレットだっけ? 彼を拷問して吐かせればいいじゃない」


 怖いことを言うレモに、騎士団長は眉ひとつ動かさず、


「それも同時に進めていますよ」


 と答えた。俺はテーブルに置かれたメモに視線を落としながら、


「会員名簿って、こいつら以外にも強敵がいるんですか?」


「いいえ、アルジェント卿。幹部以外の一般会員の名簿ですな」


「オペラの初日に劇場へやってきたような奴ら?」


 額に魔石を埋め込んだ連中を思い出す。


「ええ。あの日、相当数を捕らえたがまだ残っているはず。でなければ今日レモネッラ嬢とアルジェント卿を陥れるなんて、タイミングが良すぎますからな」


「私たちをどうするつもりだったのかしら? 私とジュキが抜けたって、アカデミーが無罪放免になるわけないわ」


 アカデミー潜入調査は皇帝の名のもとに行われているのだ。騎士団側の戦力ダウンになるとはいえ、俺たちが消えたくらいで作戦そのものが立ち消えることはないだろう。


「オレリアン殿が手紙で危惧していたのは、イルジオン公爵令息が帝国の乗っ取りを企んでいるのではないかと」


 俺は息を呑んだ。となりに座るレモは、ひざの上でこぶしをにぎりしめている。


「皇帝陛下やエドモン殿下を亡き者にしようってこと!?」




 ─ * ─




次回『獣人師団長ナミルさんは魔豹族の美女』

この章のゲストヒロインの登場です!

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