07、レモをだました黒幕が明らかに

「レモネッラ嬢に偽物のユリア嬢誘拐場面を見せた犯人は、おそらく――」


 俺たちの話を聞き終えた騎士団長は、給仕される早めの昼食に視線を落とすことなく口を開いた。


「――イルジオン公爵令息で間違いないだろう」


「誰?」


 蜂蜜の壺に伸ばしかけた手を止めて、俺は尋ねた。そいつがレモをだました黒幕ってことだよな。


 唇をかみしめたものの、パンケーキからふんわりと香る卵の風味に食欲が刺激される。木製のハニーディッパーに黄金色の蜂蜜をからめ、こんがりと焼けたパンケーキにたらしていると、


「オレリアンもと皇子のいとこよね」


 となりでレモが硬い声を出した。高位貴族の名前を暗記しているのか。さすが公爵令嬢。


 そしてしっかりオレリアンを「元」皇子と言うあたり、まだ許しちゃいねぇな。


 レモはバターを乗せたパンケーキをナイフで切り分けながら、


「帝位継承者までが関わっていた団体なんだから、今さら公爵令息くらいで驚かないけど、やっかいね」


 と眉根を寄せた。いまいち深刻さの分からない俺とユリアに、


「現在の公爵家当主は、お亡くなりになった先の皇后様――オレリアンのお母上のお兄さんなのよ」


 だから公爵家令息とオレリアンがいとこ同士なのか。


 ハーブティーのカップを片手に師匠が、


「つまり将来的にはオレリアン殿が帝位について、公爵家は今以上の影響力を持つはずだったのです。でも今回の事件で継承権はエドモン殿下に移ってしまった。公爵家が享受するはずだった恩恵は、ノルディア大公家のものとなるでしょう」


「そ。しかもイルジオン公爵令息は三男なの」


 レモが解説を引き継ぐ。テーブル中央のかごに盛られたイチジクを自分の皿に取りながら、


「貴族家の男子って長男と関係が良好なら、次男くらいまでは役目や仕事があるのよ。お屋敷だって帝都のタウンハウスと領地のカントリーハウスがあるしね。でも三男って――」


 ふと言葉を止め、それから思い出したように付け加えた。


「オレリアンが皇帝になったら、いとこのイルジオンは法衣貴族として重用されたかも知れないけどね」


 俺はようやく腹落ちして、


「つまり今回オレリアンが修道院送りになって、いくら本人が反省して処分に納得していても、恨みを持っているヤツはいるってことか」


 熟してやわらかくなったイチジクを手に取ると、ほんのりあたたかい。つい今まで皇城内の庭園で、晩夏の日差しを浴びていたのだろう。かじりつくとコクのある甘さが、口の中いっぱいに広がった。


 師匠はいつもの困ったような表情でうなずいて、


「ジュキエーレくんたちが帝都に来なければ、今もアカデミーは活動を続けていたのですから」


 オレリアンに呼ばれて来たんだけどな、俺たち。


「我々にとってジュキくんたちは帝国の未来を救った英雄です。でもイルジオン公爵令息にとっては、自分の未来をにぎりつぶした人物かも知れません」


「それで師匠」


 パンケーキをたいらげたレモが、瞳に好奇心の光を宿している。


「イルジオンは一体どんな魔法を使って、私にユリアの幻なんて見せたの?」


「オレリアン殿下と手紙のやり取りをした上での推測なのですが――」


 師匠はまたちらりと騎士団長を見てから、


「ラピースラが呼び出した魔神アビーゾから、幻影を操る術を教わったようなんです」


「魔神アビーゾだって!?」


 俺はつい大きな声を出した。


「魔神アビーゾってラピースラ以外の人間ともコンタクト取ってたの?」


「ジュキくんだって舞台の上で話してたじゃないですか」


「なんで師匠が知ってんの!?」


 魔神アビーゾは俺の頭に直接意思を送り込んできたはずだ。


「私は状況から判断しただけですよ」


 まあ現代の賢者と呼ばれる彼なら不思議ないか。いや、今はそれよりも――


「俺が訊きたいのは、アカデミーの幹部が魔神と接触していたのかってこと。オレリアンは魔神の復活なんて話、鼻で笑い飛ばしてたぜ?」


「ええ、そうです」


 答えたのは師匠ではなく騎士団長。


「ですから、セラフィーニ殿の推測になります。まあほぼ事実でしょうが」


 そう前置きしてから、騎士団長はオレリアンの手紙に書かれていたことをかいつまんで話した。


「オレリアン殿がおっしゃるには、ラピースラは時おり『怪しげな降霊術』で何者かをその身に乗り移らせ、イルジオン公爵令息に幻を操る方法を指南していたのだと」


 そのときラピースラは普段とは異なり、男のような口調で話したそうだ。


 騎士団長の話を師匠がまた引き継いだ。


「ラピースラは魔神アビーゾをかつての恋人だと誤認していたでしょう?」


 そう、ラピースラが戦で失ったのはアジールさんという人間の恋人。だが彼女はいつの間にか、魔神アビーゾこそ自分の恋する相手だと思い込んでいた。


「魔神アビーゾはおそらくアジールさんの幻をラピースラに見せ、彼女に語りかけ、洗脳していったのでしょう」


 師匠の言葉に、食事を終えたレモがハンカチで口もとを押さえながら、うなずいた。


「その術を、イルジオンが学んだというわけね。でも今思えば偽物のユリアも、私をアカデミーまで導いた男も、一言もしゃべらなかったわ」


「イルジオンがいくら魔物化しているとはいえ、神であるアビーゾと同等の術を使えるわけではないでしょうからね」


 音までは操れないってわけか。


「魔物化!?」


 レモが高い声を出した。


「イルジオン公爵令息、魔物化しているの!?」




─ * ─




イルジオンは魔物化しているのか?

次回『倒すべき三人の敵が明らかに』

騎士団長たちがオレリアン元皇子とやり取りして調べたアカデミー幹部とその能力。

残っているのはあと三人? 彼らの能力は?

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