06、二人の帰りを待っていた人々は
「秘密の抜け道でもあるのかしら?」
レモは挑発するようにくすっと笑った。
男はこめかみに汗を光らせ、視線をそらす。
「レモの予想が当たってるみてぇだな」
俺の言葉にも返事はない。
「ジュキの言う通り、この男は騎士団長に差し出すのが筋でしょうね。アカデミーの件は騎士団の管轄だし」
レモが残念そうな顔をする。彼女の性格から察するに、この場でぶん殴って通路の場所を吐かせたいのだろう。
「情報が漏れている恐れがあるのも気になるわ」
ぽつりとつぶやく。
そうだ、明日アカデミーに潜入するってぇのに、その前日にレモと俺をおびき出したんだ。騎士団にスパイが潜んでいるのかも知れない。
ふとレモを見ると、三匹目の魚にかぶりついている。
「ちょ、レモ――」
「あらジュキ、食べたかった? 夜中からずっと吊るされてて私、おなか減っちゃったのよ」
「だよな。食っていいよ」
彼女がつらい夜を過ごしたことを一瞬忘れていた自分を恥じる。
「ジュキ、一緒に食べよ」
レモはとなりにやってくると俺をぎゅっと抱き寄せ、
「はい、あ~ん」
食べかけの焼き魚を食べさせようとする。レモのかじったとなりの場所に食らいつくと、
「お前ら間接キスのつもりだろうが、その魚ワシの唾液ついてるからな」
「なっ――」
言葉を失う俺に、中年オヤジは忍び笑いをもらした。
「ククク、残念だったな。ワシら三人仲良く間接キスってことだ」
「ふっ」
レモは鼻で笑った。
「残念だったわね。火魔法で消毒してるから。仲良く間接キスは私とジュキだけ。あんたは仲間外れよ!」
「ぐぬぬ」
食べ終わった俺たちは、
「熱湯!」
レモのレイピアを窓から外に出して洗った。油汚れも魚のにおいもさっぱり流せる熱湯、やっぱり最強である。
「よし、宮殿に戻るか」
男を縛った氷の鎖を手に取ると、
「風魔法で運ぶわよ」
「疲れてるだろ?」
「平気よ。ジュキの精霊力たくさんもらったから」
ウインクひとつ、呪文を唱えだす。
「
「ぐおっ!」
床から浮かび上がった男が叫び声を上げるのも構わずに、
「
男は氷の鎖で縛られたまま空中を移動し、窓の外で静止した。恐る恐る地面を見下ろして、
「ひぃ」
小さな悲鳴を上げる。男を縛る鎖の端をにぎった俺は、翼を広げて外に出た。
レモも浮遊魔法の呪文を唱える。
「
俺のとなりに浮かんだレモの手を、鎖を持っていない方の手で優しく握る。二人で青空へ舞い上がり、屋根を越えた。
「わぁ、気持ちいい」
レモの笑顔に幸せな気持ちになったとき、
「た、高いぃぃぃ!」
ぶら下げている男が風に揺られて泣き声を出した。
「レモは一晩中、天井から吊るされてつらい思いをしたんだ。すぐ着くんだから我慢しろよ」
つい語気がきつくなる俺。
見下ろすと街はすっかり目を覚まして、通りには運搬用の荷馬車や人が行き交っている。俺たちに気付いた人々が指差して何か言っているようだ。そりゃ気になるよな、翼生やしてるやつが縛った男を引っ張って飛んでたら。
「ジュキ、また天使様とか言われてる?」
となりで笑いをこらえているレモに、
「さあ? よく聞こえないけど」
すっとぼける俺。地上の話し声は断片的にしか届かない。
「歌姫ちゃんじゃないかって騒がれてるわよ」
「気のせいだろ」
話を変えるため、宮殿の一角を目で示す。
「俺たちの部屋がある棟、あっちだよな」
皇宮はいくつもの棟に分かれている。それぞれ運河で
「そうよね、あのバルコニー――」
言いかけたレモが宮殿の中庭に視線を落とした。皇宮の敷地内にはいくつも中庭があり、庭園と呼ぶにふさわしい噴水や花々で飾られた庭もあるが、今俺たちから見えるのは植物など生えていない石畳が敷かれた空間である。
「騎士団の皆さんが整列しているわ」
「あそこで騎士団長と話してるの師匠じゃね? アカデミーに襲撃すんの明日なのに、なんで今いるんだろ?」
「作戦会議かしら?」
俺たちの会話がアホだったことは、一瞬後に分かった。
「あれはレモネッラ嬢とアルジェント卿ではないか!?」
騎士の一人が俺たちを指差して叫ぶと、すぐ横に立っていた顔見知りの師団長さんが、
「お二人とも、無事でしたか!!」
俺たちを見上げて、中庭の端まで走ってきた。それを追いかける師匠は、なんと涙をぬぐっている。
「ううっ、レモさん、ジュキくん、心配しましたよぉ…… ぐすん」
おっさんの涙か……
「ひぃぃ、ようやく地上に降りられるぅ」
ああ、もう一匹のおっさんも泣いてるんだった。
騎士団長も胸をなで下ろし、
「本当に良かった。今から我々で三個師団を率いて二人を救出しに、一日早くアカデミーに向かうところだったのです」
俺とレモは彼らの前に降り立ち、気まずい思いで顔を見合わせた。まさかこれほど
……魚なんか焼いて食ってる場合じゃなかったな。
焼き魚の旨そうなにおいがマントに残ってるんじゃないかと気にしている俺のとなりで、
「皆様、ご心配をおかけして大変申し訳ございません」
レモが貴族令嬢らしく謝罪した。
「一体何があったのです?」
目を赤くした師匠が尋ねた。そのうしろには、プランターに刺さっていた木片を手にしたユリアの姿。
「わたしはジュキくんのことだから、レモせんぱい助けてすぐ帰ってくると思ってたよ」
「ユリア、やっぱり無事だったのね!」
レモが走り出して、ユリアを抱きしめた。
「少し長い話になりますが、昨夜からのこと騎士団長様にご報告しますわ」
続けて俺も言い添えた。
「こいつのことも話さなきゃなんねぇですしね」
氷の鎖でぐるぐる巻きにした男を、騎士団長の前に突き出した。
俺たちは場所を移して、皇城敷地内の端にある騎士団寄宿舎へやってきた。
食堂にそろったのは俺とレモ、騎士団長に顔なじみの師団長。師匠と、一応参考人としてユリアもいる。
俺たちがつかまえた中年男は、コワモテ揃いだという獣人師団に連れていかれた。これから尋問を受けるという。
「それでユリア嬢は、実際誰にも連れ去られていないというわけですか」
話を聞き終えた師団長が腕組みする。
「わたし、ずっと自分の部屋にいたよー」
木の椅子に座ったユリアは、床に届かない足をばたばたさせる。
レモは思案顔で、
「私は空間魔法に詳しいと自負していたけれど、あんなにはっきりと空間に幻を映し出す術なんて聞いたことないわ」
ちらりと師匠に視線を投げた。
「あれは空間魔法とは関係ないものです」
まるで見てきたかのように断言した師匠を、俺とレモは怪訝な目で見る。
師匠はうかがいを立てるように騎士団長へ視線を送った。
騎士団長はコホンとひとつ咳払いしてから、
「明日のアカデミー潜入作戦実行に備えて今日、あなた方には情報共有する予定でした」
前日に情報共有するのか、と思う俺。まあ何日も前に伝えられても忘れるだけか。
「レモネッラ嬢に偽物のユリア嬢誘拐場面を見せた犯人は、おそらく――」
─ ※ ─
次回、レモをだました黒幕が明らかに!
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