05、青銅巨人の最期

 とろけるほど甘い口づけを交わして余韻に浸っていたら、


「もう一度、煽猛焚フレイムバーストを試してみるわ」


 レモが強い意志の宿る瞳で俺を見上げた。


 そうだった。レモがでっかい火魔法を放つためにキスしたんだった。久しぶりにきみと唇を重ねられて俺、浮かれちまって一瞬前の記憶が飛んでたよ……


 レモは火の精サラマンドラを示す印を結ぶと、静かに詠唱を始めた。


 それに気付いたからというわけでもないだろうが、炎で体のあちこちがすすけた青銅巨人タロースがゆらりと立ち上がった。


「ちぃとおとなしくしててくんな。いかづちよ!」


 バリバリッ!


「グオゥ!」


 稲妻に直撃され動きを止める青銅巨人タロースに、


煽猛焚フレイムバースト!」


 レモの放った術が直撃した。


 ボオォォォ……!


 青い火柱が金属の巨人を包み込む。


「すごい……」


 感嘆のつぶやきをもらすレモの肩を、俺はぎゅっと抱き寄せた。


「二人で力を合わせた甲斐があったな」


 熱にあおられて顔が熱い。まぶしさに目を細めて炎の中を見ると、青銅巨人タロースの体表が溶かされていくのが分かる。


 だが熱も恐怖も感じないのか、青銅巨人タロースは長い両手で宙をかきながら、こちらに向かって来る。


 隣でレモが、ひたいの汗をぬぐったのに気付いて、


「我が力溶け込みし清らかなる水よ、薄き氷となりてこの者まもりたまえ」


 彼女を氷の結界で包んだ。


「あとは俺がやるよ」


 聖剣を手にしたまま、翼を羽ばたいて舞い上がる。天井に近付くにつれ、暑さが厳しくなってくる。


「水よ、薄氷はくひょうとなりて我と我が身をまもりたまえ」


 自分にも氷の限界を張って青銅巨人タロースへ近づく。ななめ上から見下ろしてみるが――


 魔石はどこだ?


『もう少し溶けてくれぬと厳しいな』


 頭の中に聖剣アリルミナスの意思が届いた。


『あやつの体は古代の技術で魔力を練り込んだ金属じゃ。アリルミナスの感覚を遮断しおる』


 なるほど、魔力視阻害みたいなもんか。


「ジュキ!」


 下からレモが俺を呼んだ。


竜眼ドラゴンアイなら魔石がえたりしないの?」


「あそっか」


 目を閉じると、まるで一枚しゃをはがしたかのように世界の色数が増えた。


「うーん、背中側かな?」


 天井近くまで飛び、燃える巨人の頭上を越えようとすると、


「うわっ、あっぶねぇな」


 溶けかけた手に槍斧ハルバードを握って、下から俺を串刺しにしようとしやがる。


「私がおびき寄せるわ!」


「え、レモ、危険なことは――」


 止める暇もなく――


風纏颯迅ヴェローチェファルコン!」


 レモは風を操り、巨人の前を高速で横切った。


「グオォォォ……」


 青銅巨人タロース槍斧ハルバードの先をレモに向け、飛び回る虫を追いかける人間のように、その場でぐるりと回った。


「あれか!」


 巨人の右肩甲骨あたりを中心に赤い光が広がっているのが、青い炎に透けて見える。体表の金属がかなり溶けたこともあり、目を開けても明らかにエネルギー源が存在していると分かるほどだ。


 俺は聖剣を目の高さで水平に構え、天井近くから一気に滑空した。


 剣先が魔石に触れたと思った瞬間、


 カッ!


 青銅巨人タロースの全身がまばゆい光を放ち、粉々に砕け散った。


「うわっ」


 驚いて飛びすさったときには、破片すべてが霞になって消えていくところだった。


 真っ二つになった魔石と、もう一つ操作用と思われるアカデミー謹製魔石が転がり落ちる。


「ようやく終わった――」


 俺はすとんと大理石の床に降り立った。朝食前に三種類四体のモンスターと戦ったのは、疲れたし腹も減った。


「水よ、ありし場所へかえりたまえ」


 大河と海の波が、窓から空へとのぼってゆく。


「全部倒したわね! さすがジュキだわ」


 レモは風魔法で飛んでくると、俺の目の前に着地した。


「いや、レモの知識量に助けられたよ」


「ほんとっ? 勉強してきたことを実戦で生かせるって楽しいわね!」


 俺たちは手をつないで、朝のさわやかな風が舞いこむ窓の方へ歩く。鎧戸もガラスも割られた窓の下には、ぴちぴちと尾ひれを振る魚三匹を口に突っ込まれ、下半身を氷の鎖に縛られたオッサンの姿。


「忘れてた」


 俺はため息をついた。


「海、返しちゃったよ」


「あ、お魚さんたち置いてけぼりになっちゃったのね」


「んーっ、んーっ!」


 中年男は自分の存在を主張するかのように抗議の声をあげている。


「仕方ないわね」


 レモは、すらりと腰のレイピアを抜いた。


「――――!」


 男が目を見開く。


「ありがたくいただきましょ」


 片足を踏み込むと同時に右腕の突きを繰り出し、魚三匹を串刺しにした。


「驚かせるな、小娘!」


 口から魚が取れた途端がなり立てる男を無視して、レモは火魔法の呪文を唱えている。


聞け、火の精センティ・サラマンドラ――」


「貴様の剣で頬を貫かれるかと思ったわい!」


小焔フィアンミーナ


「ひぃっ」


 レモの左手のひらの上に小さな炎が灯ったのを見て、男は顔色を変えてのけぞった。


 パチパチパチ……


 小気味良い音を立てて魚が焼かれてゆく。香ばしい匂いにますます腹が減る。


「やっぱり火力が弱いわ。さっき風纏颯迅ヴェローチェファルコンで飛んだときは速度も高度も問題なく出たのに」


「いきなり無茶すんなよ。肝を冷やしたぜ」


「もうジュキったら過保護なんだから!」


 過保護な母と姉に育てられたせいか、自分も大切な人には同じように接してしまう。かっこわり、と気まずくなって目をそらすと、


「ジュキ、おさかな焼けたわよ。ほら、あ~んして」


 レモがレイピアの先についた焼き魚を差し出したので、うっすら湯気の立つ魚にパクっとかじりつく。直火じかびで焼いた表面はパリッと焦げているが、身はふわふわ。ほどよい塩味が魚の旨味を引き立てる。


「お前らワシの前で無駄にイチャイチャしやがって。そのうちワシらの援軍が来て後悔することになるからな」


 中年男が恨めしそうにこちらをにらんでいる。


「来ないわよ、そんなもの」


 レモがレイピアに差した魚を食べながら答えた。


「なぜだっ!?」


「来られるならもっと早く来てるからよ」


 次第に青ざめていく男に、レモはてきぱきと解説する。


「ついさっきまで私の魔力は封じられ、ジュキも石化魔眼のせいで動けなかったのよ。そんな絶好のチャンスを逃して、今さらのこのこ現れる理由がないわ」


「まさかワシ置いてけぼり!?」


 男の上げた悲痛な叫び声に、俺は首をかしげた。


「でもこの屋敷、衛兵に見張られてるだろ?」


「…………」


 男はなぜか突然黙り込み、落ち着きなく目をしばたいている。


 レモが挑発するようにくすっと笑った。


「秘密の抜け道でもあるのかしら?」




 ─ * ─




 果たして秘密の抜け道、あるんでしょうか!?


 次回『二人の帰りを待っていた人々は』

 慌てて宮殿を抜け出してきたジュキ。ユリアから報告を受けた騎士団は――?

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