04★魔力封じの魔法陣を破る方法【レモ視点】
(レモネッラ視点)
ジュキが石化の魔眼を受けて動けないまま戦っているあいだ、私は目をつむって突っ立っていたわけではない。正確に言うと目を閉じてさえいなかった。膝立ちになって床だけを見つめていたのだ。魔力を封印している魔法陣を無力化するために。
魔法陣は、魔石を炭化させて作った特殊なインクで図形を描き、古代文字を書き入れることで完成する。この広間に描かれたくらい規模の大きなものになると、いくつか魔石そのものを埋め込むこともある。
魔法陣とは繊細なもので、一文字でも間違えると発動しない。魔法学園時代、ケアレスミスをして師匠に何度も苦い顔をされた私は、あまり魔法陣を使わない。
だがそれなら、描かれた図形や文字を消してしまえば、この魔法陣の力は失われるはず。
私はミスリル製
初めは白っぽい粉が出るだけだったが、それでもインクの線は薄くなっているように見える。
だが、腕のスナップを効かせて力を込めたとき、カタンとかすかな音がして大理石の一部がはがれた。
「――――!」
その途端、全身に力が戻ってくるのを感じた。
私の魔力が流れ込んだのだろう、ベルトに
魔法が使えるようになったなら、すべきことは決まっている!
「癒しの光
私は印を結んで詠唱文を口ずさむ。
「――聖なる明かりよ、
ジュキの背中に向かって両手を伸ばす。
「
聖魔法の白い光がジュキの身体を包み、状態異常から回復させる。なかばから白大理石と化していた彼の翼は、見る見るうちにもとのやわらかさを取り戻してゆく。
「よっしゃ!」
舞い上がると同時に、彼は聖剣を抜いた。渦巻く波を、その身にリボンのごとくまとったまま、虹色に輝く聖剣をガーゴイルだった石つぶてに向ける。
「我が魂の
まるで吸い寄せられるように、聖剣の切っ先が石つぶての一つを的確にとらえた。
ゴロゴロッ!
ただの石ころと化したガーゴイルの残骸が、床の上に降り注ぐ。
「もう一体!」
襲い来る石つぶてにみずから突っ込み聖剣を一薙ぎすると、また全ての石が動きを止めた。
「ジュキ、すごいわ!」
「すごいのは俺じゃなくて聖剣な」
聖剣自体が、バラバラになったガーゴイルの部位から、魔石を見つけているらしい。遠慮がちな微笑を浮かべたジュキは、白い翼を羽ばたいて
にぶい光を放つ青銅製の腕が、
「火魔法を試してみるわ!」
印を結ぶ私に、
「マジ? 助かるよ、レモ」
彼は空中で恥じらうように笑った。おそらく詠唱文を覚えていないのが気まずいのだろう。そんなところもかわいい。
「
火魔法は室内でも街中でも、さらには森の中でも使いづらいから、派手なだけで出番が少ない。私のギフトが
「――我が前にあるもの、
動き回られては魔法を放てない。下手したらジュキにあたってしまう。
私の迷いを察したのか、
「
ジュキが精霊力を放出し、
ビクッと身体を震わせ、硬直する
今だわ!
「
私の両手のひらから生まれた炎が宙を
だが私はすぐに眉をひそめた。
「なんか威力が――」
めいっぱい魔力を込め、温度を上げたはずだ。
ジュキがすとんと私のとなりに降り立った。
「すげぇな、あいつ動けなくなったじゃん」
感心してくれる彼に、私は首を振る。
「これじゃだめ。温度も魔力も足りていないわ」
「魔法陣の影響か?」
私は答えに
「――聖魔法はいつも通り発動したのよ……」
なぜ火魔法だけ威力が小さいのか、分からない。
すぐうしろでジュキが、ごくんと喉を鳴らす音が聞こえて不思議に思っていると、
「俺の精霊力、分けられるかな?」
やや上ずった声で提案してきた。
「え?」
「いやいやいや嘘、嘘!」
ジュキは慌てて、ばたばたと両手を振った。頬を桃色に染める彼を見て、私は思い出す。
数ヶ月前、帆船の甲板でスルマーレ島の守り神
体液には魔力――ジュキの場合は精霊力が含まれていると。口付けでも効果があると――
「ジュキ、お願い!」
両耳がカッと熱くなる。
三ヶ月前とは違う。私たちの関係はもっと固いものになったはず。
「いいのか?」
私を気遣う彼の瞳は、吸い込まれそうに濃いエメラルド。銀細工のようなまつ毛に縁どられている。
ああ、綺麗。この人とひとつになりたい!
彼の手がそっと私の二の腕に触れ、ゆっくりと抱き寄せる。
海の匂いがする。
さっき海を呼び寄せてからずっと波の結界の中にいたから、しぶきがかかったのね。
「レモ、無理してないよな?」
私の耳を指でやわらかくはさむようにして上を向かせながら、ジュキはもう一度確認する。
「私、欲しいのよ」
言わせるなぁぁぁっ! 私たち、口付けするの初めてじゃないんだから! きっと真っ赤になっているであろう私に、ジュキはささやいた。
「俺も、きみが欲しいよ」
低くて甘い声に息が止まった―― と思ったときには、彼の前髪が私のひたいをくすぐるくらい近付いていた。
目をつむっちゃうなんて勿体ないと思っていたのに、私は反射的にまぶたを閉じていた。
うっかり半開きになった私の口を、彼の唇がそっとふさいだ。
「ん――」
大好きなきみと溶けあえるのが嬉しくて、指の先まで輝く光で満たされていくみたい。私いま幸せだわ。ついさっきまで、敵の術中に
あまりに
朝の陽射しに光をまとった銀髪、真っ白い翼、
喜びと安堵で胸がいっぱいになった私を、彼は敵の攻撃から身を呈して守ってくれた。
熱く深い口づけを終えて、ジュキがゆっくりと唇を離した。指の背で私の唇をふわっとぬぐう。
神秘的な湖みたいに澄んだ瞳が私をいつくしむように見つめていて、このまま時間が止まればいいのにって思った。だけど視界の端では炎に巻かれた巨人が、大理石の床を転げまわって火を消そうとしている。
未練をかなぐり捨てて、私は口をひらいた。
「もう一度、
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