02、魔物の大軍が襲い来る!

「くそっ!」


 俺はとっさに、おおいかぶさるようにレモを抱きしめた。


 シュンッ


 俺たちをねらった炎の球は、二重の結界に当たって消失した。そう、俺はドワーフ謹製聖石の結界と、自分の水の精霊力による結界――二種類の防御で身を包んでいたのだった。


 水の結界を広げてレモを包み込み、


「なんともないか?」


 指の背で彼女の頬をなでる。


 レモがふるふると首を振ると、さっき俺のかぎ爪で引き裂かれたらしい猿ぐつわがはずれた。


「ジュキ、助けにきてくれてありがとう!」


 レモが俺の首に両腕を回して抱きついて来た。今、肩から枝分かれした角生えてるし、くっつきにくいだろうなぁ、なんて思っているあいだにも、ななめ下からヒュンヒュンと音を立てて炎の球が飛んでくる。すべて結界にはばまれ、俺たちにはかすりもしないのだが――


 うっとおしい! せっかくかわいいレモが俺にベタベタしてんのに邪魔すんなよ!


 振り返って見下ろすと、二つの頭を持つ巨大な蟻のようなモンスターが、双頭の口から交互に火の玉を発射していた。


 虫型、か。


 見るからに知能の低そうなモンスターだから、結界ですべて防がれてるって分かんねえのかも。


「さっさとおいとましようぜ」


 片腕でレモを支えたまま、


こおれるやいばよ!」


 氷剣で彼女のいましめを解いた。


 精霊力を流した水魔法で彼女の体重を支えつつ、見かけはお姫様抱っこしているように装って、入って来た窓へと飛ぶ。


「待てぇぇぇっ!」


 けたたましい叫び声と共に、俺の鼻先を剣がかすめて飛んでいった。


 これから戦闘になりそうなのに、武器を投げる馬鹿がいるのかと見下ろすと、


「なぜここが分かった!?」


 中年オヤジが肩で息をしながら俺たちを見上げている。


「どうして魔力封じの魔法陣の上で魔法が使える!?」


 俺が答える前に質問をたたみかけてきた。


「あ?」


 見下ろすと、そういえば大理石の床に青白く光る魔法陣が描かれていた。


「これでレモの魔力を封じていたのか」


 俺の力はそもそも魔力じゃなくて精霊力だし、量も膨大だから、人間ごときが作った魔法陣で封じられるわけがないのだ。


「隙あり!」


 微妙に腹の出た中年オヤジ、今度はふところから取り出したナイフを投擲とうてきしやがった。魔力も乗っていない単なるナイフ投げなので、俺とレモの周りを覆う水の上をすべり落ちる。


 カラン!


 大理石の床に当たって澄んだ音を立てるナイフを、目を丸くして見下ろす中年男。


「お前がレモをさらったのか?」


 怒りを含んだ俺の問いに、


「い、いや」


 男は必死で首を振った。


「私は命令を遂行しただけだ!」


 懇願するようなまなざしで見上げる男に、 


「じゃ、その命令したやつのところまで案内してもらおうか?」


「そんなことをしたら私がイルジオン様に殺されてしまう!」


 誰だよ、それは。


 レモに怖い思いをさせた主犯を許しはしない。だが俺は拷問なんて趣味じゃねーし、竜眼ドラゴンアイで操って白状させられるかな?


 ――などと考えていたら、男がパチンと指を鳴らした。


「襲え!」


 男が吠えた途端、広間の扉が一斉にひらき魔物の大軍が現れた。


「チッ」


 思わず舌打ちする俺。


「広範囲熱湯!」


 ザバーン!


 レモを抱きかかえたまま攻撃する。


「ギャオォォォ!」

「ブギャー!」

「ギ、ギィィィ!」

「あち、あちちち!」


 身も凍るような魔物の絶叫が響いた。熱湯のしぶきが当たったらしい中年男の悲鳴も混ざっていたかも。


 コロ、コロコロ――


 黒い霞となってかき消えた魔物から、魔石が落ちて床を転がって行く。


「ひぃ、熱い! 流凍水アクアフリーレン! ――ってああ! 魔法使えないんだった、ここ!」


「お前らのせいで使えないんだろ?」


「なぜだ、空飛ぶ魔物め!」


 中年オヤジは俺を見上げて悪態をつく。


「なんでお前だけ魔法が使えるんだ!」


「くっ、ジュキ、放して! あの男をなぐってやるんだから!」


 俺の悪口を言った男をにらんで、レモが身もだえする。


「あとで、ね」


 なんとか彼女をなだめてから、


「お前は騎士団長に差し出して国家権力のもと、アカデミーの情報を吐いてもらう」


「ひっ」


 俺とレモ、二人ににらまれて肩をすぼめる男に、


「水よ、かの者包みて凍てつきたまえ」


 ピキィィィン!


 逃げないように腰から下を凍らせておいた。


「ジュキ、まだ魔物が残ってる!」


「え!?」


 黒い霧と湯気が消えたうしろから、燃え盛る獣と金属質な輝きを放つ巨人が姿を現した。熱耐性のある相手か!


 魔法を使えないレモを抱えたまま、熱湯攻撃が効かない強敵を二体も相手するのは分が悪い。


「我が力溶け込みし清らかなる水よ、この者包みて守護となれ」


 レモを大きな水滴で包んで床に立たせる。


「ちぃと待っててくんな。すぐに倒してくるから」


 だが迫り来る魔物たちに向き直ったとき、炎のたてがみを持つライオンと、金属の巨人の上で羽ばたく二匹のガーゴイルに気が付いた。


「ほかにもいやがったか―― えっ!?」


 ガーゴイルの不気味な赤い目を見た途端――


「か、身体が!!」


 ピキピキピキ――


 俺の足元から腰のあたりまでが白い大理石と化した。


「ジュキ!?」


 うしろからレモの悲鳴が聞こえる。


「見ちゃだめだ、レモ! 目を閉じろ!」


 言うなり俺も目をつむる。が、俺の視界が暗転することはなかった。それどころか世界にはより色彩があふれ、窓から差し込む一筋の光の中にすら、色とりどりの粒子が見える。


 あ、竜眼ドラゴンアイ閉じてねえ!


 だが石化が進む様子はない。


 そうか、ガーゴイルの魔眼は竜眼ドラゴンアイには効かないのか。


 とはいえ石化の影響は足や腰だけでなく、翼の下部や手首から先にも及んでいる。白大理石に変じた手では、聖剣を握ることもできない。


「ガオォォォ!」


 炎のライオンが咆哮を上げて、動けない俺に飛びかかる――




 ─ * ─




一難去ってまた一難!

動けないジュキ、魔獣の攻撃にどう対処する?


次回『石化魔眼には屈しない!』

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