一、誘拐事件の真相

01、翌朝、守護天使はとらわれの聖女を助けに空を舞う

 朝、俺はいつもと同じように、宮殿の廊下を行き交う使用人の足音で目を覚ました。


 アカデミーに潜入捜査するのは明日だっけ。


 ベッドの上で目をこすりながら、頭の中で予定を確認する。


 確か今日は、騎士団長から明日の作戦を説明されるんだよな。三つの班に分かれて夜明けと同時に潜入するから、その班分けなんかも通達されるのかも。


 着替えて朝の支度を終えた頃、扉がノックされて使用人が姿を現した。


「おはようございます、アルジェント卿。今朝もこちらのお部屋に三名様分のお食事をお持ちしてよろしいですか?」


「うん、頼むよ」


 答えてから、今日レモ遅いな、と思う。


 俺たち三人の部屋は並んでいて、レモが真ん中に寝ている。三部屋とも内扉でつながっているから、レモはいつも目を覚ますとユリアを起こしに行き、それから俺の部屋へやってくる。


 おかしいのは、隣の部屋から物音ひとつ聞こえないということ。


 俺は首をかしげて内扉に近付き、控えめにたたいてみた。


 昨日の夜、遅くなかったよな?


 ちょっと心配になる。耳をすまして待つが、返事はない。代わりに窓の外から、近くの広場に立つ時計塔が打つ鐘の音が聞こえて来た。


「一、二――」


 俺は片手の指を折って数えていた。


「七つ、八つ」


 おかしい。いつもなら絶対に起きている時間だ。


「レモ、開けるよ?」


 まあ万一着替え中だったとしても、天蓋付きベッドの中にいるはずだから問題ないだろう。


 部屋をのぞいた俺は、


「あれ? 起きてる?」


 ちょっと間抜けな声を出した。天蓋付きベッドのカーテンが少しだけ開いていたのだ。だが返事も気配もない。


「なんで真ん中の窓だけ開いてるんだろ?」


 部屋には四つ窓がある。そのうち三つは鎧戸まで閉めたままなのに、プランターを飾るくらいしかできない小さなバルコニーがついたガラス戸だけ、開け放されていた。


 ふわりと舞い込む朝の風と、宮殿の中庭でさえずる鳥の声に誘われて、俺は窓へ向かって歩いていく。


「なんだこれ」


 バルコニーの手すりに設置されたプランターの中から、文字が書かれた木片を拾い上げた。


『この娘はもらった。返してほしくば、お前一人で魔石救世アカデミーまで来い――』


 小声で読み上げた自分の声が震えているのに気が付く。


「レモがさらわれた!?」


 俺は慌てて反対側の内扉へ走った。


「ユリア!」


 叫ぶと同時に扉を開けて部屋の中へ飛び込んだ。


「俺、今から魔石救世アカデミーに行ってくるから!」


 ベッドの上に座ったままのユリアは、寝ぼけまなこを俺に向けた。


「…………今日だっけ?」


 騎士団と合同で行う潜入作戦のことを言っているんだろう。


「違う! 違うけど、これ!」


 端に土がついたままの木片を見せると、夢うつつだったユリアの目が見開かれた。


「何これ?」


「レモの部屋のプランターに刺さってたんだ! 俺行ってくるから誰か――侍女か侍従でもつかまえて伝言、頼んでおいてくれ!」


 証拠品として木片はユリアに渡した。


「え、ジュキくん――」


「多分、騎士団長か師団長に伝えた方がいいと思うから!」


 俺は叫ぶなりレモの部屋に駆け戻ると、開いたままの窓から朝の空へ舞い上がった。


「アカデミーどっちだっけ」


 白い翼を羽ばたきながら、帝都を見下ろす。


「ああ、あの道が宮殿から伸びるメインストリートか」


 地上を歩けば迷わなくなった帝都中心部だが、空から見た景色は少し違う。だがほどなくしてアカデミーの建物が見えてきた。玄関の前には数人の衛兵が立って、屋敷を見張っている。


 俺はレモの魔力を感知するため、胸の竜眼ドラゴンアイをひらいた。


「レモ、どこにいるかな?」


 彼女が放つ、強く明るい光を探す。レモの魔力は輝くピンク色としてえ、太陽みたいな熱いエネルギーとして感じられるのだ。意識をアカデミーの建物全体に広げていると、中庭に浮かんだ人影が見えた。


「レモ!?」


 宙を浮かんでふわふわと、開け放した三階の窓の方へ移動していく。


「いや、なんか変だぞ」


 レモの姿自体、透明に透けて見える上、黒いもやがかかっている。


 俺はためしに竜眼ドラゴンアイを閉じてみた。


「あ、ちゃんと見える」


 肉眼に映るその姿は透けていないし、黒いもやもまとっていない。


 竜眼ドラゴンアイをひらいた俺は、次に自分の目を閉じてみた。


「消えた――」


 黒く不気味な魔力のかたまりだけが、ふわふわと屋敷の室内に吸い込まれていく。


 一体、何なんだろう? だがレモの魔力を感じないことは確かだ。


 窓ぎわに張り付いたまま、その不快な魔力は俺を手招きするように、かすかに動いている。


 黒い影に意識を集中していたとき――


「あ、レモの魔力!」


 すぐ下の階に、感じ慣れた彼女の雰囲気を察知した。だがいつもは明るいその力は、冷たく青い光に閉じ込められて、消えかけている。


「待ってろよ、レモ!」


 俺は手招きする偽物には目もくれず、レモの魔力が漏れ出ている二階の鎧戸へ飛んだ。滑空しながら胸とベルトの聖石に精霊力を通し、全身を包み込むように水の結界をまとう。偽物のすぐ下の窓へ近づくから、警戒は怠らない。


 肉眼でレモの姿に見える以上、攻撃したくねえしな……


「ったく趣味の悪いことしやがって」


 ぼやきながら二階の鎧戸を両手でたたくが、動かない。魔力結界が張られているようだが、無限の精霊力をなめてもらっちゃあ困る。


こおれるやいばよ」


 俺の呼びかけにこたえて、透明な剣が空中に現れた。目にも止まらぬ速さでひるがえったと思ったら、鎧戸も、その奥のガラス窓も切り裂かれ、音を立てて室内に落ちた。


 室内に感じるのは、ずいぶん弱々しいレモの魔力だけ。


 敵は――? 意識を広げると屋敷全体に禍々まがまがしい魔力を感じるが、怪しい魔石研究をしているアカデミーだから当然だろう。


「レモ!」


 俺は声をかけながら部屋――というより大広間に飛び込んだ。あたりを見回すがレモの姿はない。


「んん――」


 小さな悲鳴が上から聞こえて意識が天井へ向いた途端、顔を上げるより早く、胸の竜眼ドラゴンアイにレモの魔力を感じた。


「今助ける!」


 猿ぐつわをかまされ両手を縛られて、天井からつるされたレモへ向かって、俺は舞い上がった。


「かわいそうに……」


 彼女を抱きしめ、その口をふさぐ猿ぐつわにかぎ爪をかけたとき、


「んっ!」


 レモが目を見開き、声にならない悲鳴をあげた。


 その視線を追った俺の目に、こちらへ向かってくる炎の球が飛び込んできた。


「くそっ!」


 俺はとっさに、おおいかぶさるようにレモを抱きしめた。




 ─ * ─




 二人の運命や如何に!?

 次回『魔物の大軍が襲い来る!』


 短編児童コンテスト1位になった『歌魔導士の異世界転移』もよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16817330657408822794

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る