第六章:幻影編
プロローグ★ユリア誘拐事件発生!?【レモネッラ視点】
深夜、私はかすかな物音で目を覚ました。
ここは帝都の皇宮内にもうけられた来客用の寝室。私は天蓋付きベッドの中でまぶたを開け耳をすます。
秋の訪れを告げる虫たちの合唱に混ざって、またコツコツと何かをたたくような音が聞こえた。
窓から?
私はシーツから
「聖なる光よ、
虚空に手のひらを向けた。
「
手の上に白い光が浮かび上がる。ぼんやりと照らし出す光の輪の中に、ベッド下にそろえた布の室内履きが見えた。
つま先に引っ掛け、音のした窓へ近付く。まだ残暑が厳しく閉め切ると暑いので、鎧戸だけ閉めてガラス戸は開けてある。
コツコツ――
明らかに誰かが鎧戸をたたいている。
私は金属の留め具をはずすと、ぶ厚い鎧戸をそっと押し開けた。
「誰!?」
ふいに驚きの声が口をついて出た。
私が鎧戸を開けた途端、何者かが夜空へ飛びすさるのが見えた。だがその相手は逃げるでもなく、少し離れた位置に浮かんだまま。
「ユリア!?」
月明かりに照らされた男の腕に抱かれた少女に気付いて、私はその名を叫んでいた。男の片腕に支えられていたのは、意識を失ってぐったりとした、黄色い巻き毛の少女。
男はもう一方の手で無言のまま、バルコニーの手すりに設置されたプランターを指差した。
「何よ!?」
視線を落とすと、ゼラニウムの根元に木片が刺さっている。そこに黒インクで書かれていたのは――
『この娘はもらった。返してほしくば、お前一人で魔石救世アカデミーまで来い』
「なっ」
顔を上げるとユリアを抱えた男の姿が少しずつ小さくなり、夜空に溶け消えようとしている。
「待ちなさい!」
私は早口で呪文を唱えた。
「
風の刃が飛びゆき、
「すり抜けた!?」
男はよけるわけでもなく、防いだふうもなく――。だが私の風魔法は
「行ってやろうじゃないの、アカデミーへ!」
私はネグリジェの上に聖石の
「
夜風が私の周りに集まってくる。
「――汝が大いなる才にて低き力の
足元から持ち上げられるように、身体がふわりと浮き上がった。
「
月の下を全速力で飛びながら、ネグリジェの上にマントを羽織る。
「見えた!」
ななめ前方に、ユリアを抱えてふわふわとアカデミーの方角へ飛んでいく影。
「あの子、魔法で眠らされているのかしら?」
ユリアが本気を出せば、人間の男の腕などへし折れるはずだ。
そろそろ風魔法の射程圏内。
「
呪文を唱え始めた刹那、人影はかき消えるように夜陰に溶け――
「え?」
一瞬あとにはずいぶん離れたところに浮遊していた。
空間を渡った!?
空間魔法は風魔法の上位にあたる難易度の高い術。だが習得が難しい理由はほかにある。
いくつかの空間魔法は犯罪等に利用されかねないため皇家によって秘匿され、貴族の子女が通う帝都の魔法学園ですら教えられない。
だが第一皇子オレリアンは巨大な空間魔法を操れた。ユリアをさらった男が魔石救世アカデミーの残党だとすれば、オレリアンから極秘扱いの魔術書を見せてもらった可能性もある。
「待ちなさいっ!」
私はまた速度を上げて男の影を追いかける。男は月夜の中でもぎりぎり私から見える距離を保ちつつ、貴族街の上を飛んでいく。
仮に空間を渡れるなら、なぜもっと遠くへ逃げないのか?
長い距離を越えられないから? それとも私をおびき寄せるため?
木片に「アカデミーへ来い」と記していたことを考えれば、後者の可能性も捨てきれない。
だがそもそも男が本当に空間を渡っているかどうかも分からないし、ユリアを人質に取られている以上、いずれにせよ私の選ぶ道は変わらない。
「罠だって言うんなら、かかってやろうじゃないの!」
男の影が下降して、眼下に連なる屋敷のひとつに近付いてゆく。
「あの建物、アカデミー本部だっけ」
上から見下ろすと夜だということもあり、どれも似たような瓦屋根。ゆるい傾斜のついたオレンジ色の屋根が、ぼんやりと月明かりに照らされ並んでいる。
東西南北をそれぞれの棟に囲まれた中庭から、男の影は二階の窓へ吸い込まれて行った。
「あの部屋ね!」
私は首元とベルトの聖石に魔力を流し結界を張ると、男が消えた窓に降り立った。ほかの部屋はすべて窓が閉ざされているのに、ここだけ開いているとは怪しいことこの上ない。
飛翔魔法を解除して大理石の床に降り立つ。攻撃魔法が飛んでくることも想定していたが、物音ひとつしない。
あたりを見回すと、暗闇に小さな炎がひとつ浮かんでいるのが目に入る。
燭台、か。
暗さに目が慣れてくると、壁に取り付けられた燭台に火が灯っているのだと分かった。
ここはどうやら広間のようだ。天井も四隅も闇に沈んでいるので、広さはよく分からない。
注意深く周囲を見回し――
「ユリア!」
広間の中央あたりに、ぼんやりと立つ小さな人影が見えた。
思わず駆け寄ろうとする足を押さえる。
「ユリア、どしたの?」
燭台の炎に浮かび上がった範囲に敵の姿は見えない。だが、背筋に何かが這い上がってくるような
立ち尽くすユリアの様子に違和感があるというか、彼女から生気を感じないというか――
そのときだった。
「キャーッ!」
悲鳴が私の口をついて出た。ふいに巻き起こった突風に背中を押され、布製の室内履きが大理石の床をすべる。
たった今ユリアが立っていたあたりでたたらを踏んで、私はかろうじて転ぶのを避けた。
「ユリア?」
彼女の姿はかき消えていた。
空間魔法――じゃない! 幻か何かだ!
そう気付いたときには遅かった。
足元の大理石が光り出す。
「魔法陣!?」
広間の床に記された複雑な文様が青白い光を発し、私は意識を失った。
─ * ─
本物のユリアはどこに? レモの運命は?
次回からジュキ視点です!
短編児童コンテスト1位になった『歌魔導士の異世界転移』もよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16817330657408822794
1万2千字の短編なので、15分未満で読めるはず!
異世界転移モノに挑戦してみました。
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