84、オレリアンの(股間の)末路

 レモは聖魔法を完成させた。


治癒光ヒーリングライツ!」


 清らかな光がオレリアンの股間に集まる。


「おお、痛みが引いてゆく――」


「ええ、もう痛むことはないでしょう。でも失ったものは戻らないのよね。聖剣の攻撃って」


「失ったものは、戻らない?」


 愕然とした表情で繰り返すオレリアン。


「ハゲのお兄さん、髪の毛戻らないもんね!」


 ユリアが師匠の膝の上で、元気な声を出す。


「まさか股間から聖魔法を出せるようになるんじゃあ……」


 俺の適当な予想に、


「えぇっ!?」


 青ざめた顔で自分の下半身を見下ろしたオレリアン、


「なんか光ってるんですけど!?」


「服の間から光が漏れてるわねえ」


 実に楽しそうなレモ。


「こ、これ、どうにかならないのか!?」


「もう一度攻撃魔法で、その部分を削ってみましょうか?」


「やめてくれっ!」


 悲鳴を上げるオレリアン。なんだか似たようなやり取りをイーヴォのときにも見たような……


「う、嘘だろう!? 僕の下半身は一生、光り続けるのか!?」


 オレリアンが頭を抱えた。


神々こうごうしくていいじゃなぁい」


 ぱたぱた手を振るレモに、


「うわぁぁぁ! 恥ずかしくて二度と人前に出られぬ!!」


 股間を押さえて、オレリアンはボックス席から逃げ出した。


「オレリアンを追え!」


 すぐに皇帝が命じた。


「無事、修道院に送り届けるのだ!」


 見張りの一人が走って追いかけ、廊下の端でオレリアンをつかまえるのが見えた。


「ま、これで修道院から出てくることもないでしょ」


 気楽な口調でのたまうレモ。最初からこうなることが分かっていて、治療を引き受けたんだな。


「聖女の力を持つレモネッラ嬢よ、息子を助けてくれて感謝する」


 人がよいのかボケているのか、皇帝が礼を言った。


「あの子、死刑になるものかと思っていましたわ」


 さらりと恐ろしいことを言ってのける皇后を、皇帝がなだめた。


「聖剣の騎士殿のおかげで、オレリアンの罪は未遂に終わったのじゃ。しかも彼のおかげで改心してくれた」


 俺のことを持ち上げたせいか、クリスティーナ皇后の顔から不満の色が薄れてゆく。


「クリスティーナ、お前が素晴らしい歌手を愛してくれたおかげだよ」


 うまいこと妻を誉めそやした。前言撤回。皇帝はボケているわけではないようだ。


 そこへ師匠が冷静な声で、


「クリスティーナ皇后陛下、オレリアン殿は生かしておかれたほうが、これから始まる魔石救世アカデミーの捜査にも役立つでしょう」


 俺に見せるいつもの甘い表情はどこへやら、その横顔には厳しさが垣間かいま見える。


「姿は見せたくないでしょうから、修道院に閉じこもった彼と手紙のやりとりをして、幹部連中を一網打尽にしたいところです」


 師匠の発言に、その場のみんなが真剣な表情になった。


 そう、アカデミー代表のラピースラと外部顧問のオレリアンが抜けただけで、魔石を埋め込まれた大勢の会員と幹部、それに地下研究室のモンスターはそのままなんだよな。


「ふむ」


 皇帝が重々しくうなずいた。


「そちにはまだまだ活躍してもらわねばならぬようじゃな」


 視線の先には俺とレモ、師匠の膝の上にはユリア。


「ちょっとあなた!」


 皇后様の目が吊り上がる。


「ジュキエーレさんを危険な目に遭わせるなんて、わたくしが許しませんわ!」


「そうは言うがクリスティーナ、この者たちはわが帝国最強の勢力だぞ?」


 皇帝は俺たち四人を目で示した。


「部下たちの報告によれば、水の精霊王の力を受け継ぐ聖剣の騎士に、瀕死の怪我もすべて治す聖女の力を持つ公爵令嬢。物理法則を無視した怪力を披露する獣人娘に、現代の賢者とうたわれる頭脳。この四人が同じ時代に生まれ、出会ったことが奇跡のようじゃ」


 俺たちはちょっと意外な気持ちでお互いに目を合わせた。……まさかここで師匠が仲間に入れられてるとは思わなかったな。


 皇后様はふっと小さくため息をついて、


「分かったわよ。そのかわりジュキエーレさんを使うのは、オペラのシーズンが終わってからにしてよ?」


「もちろんじゃ」


 オペラのシーズン? 俺がきょとんとしていると、


「ジュキエーレさん、ご存知ないの? 私の劇場では、私が満足するまで同じ演目がかかり続けるのよ」


「えっ、じゃあ俺、明日からもまた歌うの!?」


「疲れたでしょうから二日あけましょう。ずいぶん驚いていらっしゃるけれど、アーロンと交わした契約書、読んでないの?」


 もちろん読んでいない。ゆっくりレモの方を見ると、


「そういえば、一夜分のみ前金として支払う、最終的な金額は回数に応じて決まるので未定って書いてあったわ。そういうことだったのね!」


 と、手をたたいている。まあレモも劇場のシステムなんて知らないよな。


「ごめんなさいね、ジュキ」


 なぜか俺に謝るレモ。ちゃんと契約書を読まなかったのは俺なので、レモとユリア以外の視線が突き刺さる。


「私、劇場歌手の相場が分からなくて、一夜分の前金だけでも聖女祭で歌手に支払う金額の十倍はあったから、ホクホクしてサインしちゃったわ」


「いいんだ、レモ。いつも助かってるよ」


 聖女祭について訊くこともできず、俺はその場を収めた。おそらく聖ラピースラ王国で行われる宗教行事なんだろう。




 その日俺たちは夜遅くに解放され、馬車で宮殿へ帰宅した。


 翌朝――いや相当、寝坊したので翌日の昼。


 俺は部屋に運ばれた朝食の香りで目を覚ました。


「お兄ちゃん、起きてーっ!」


「ユリアお嬢様、アルジェント卿はお疲れですから」


 部屋の中でユリアと、宮殿のメイドさんらしき女性が話している。


 起き上がって目をこすりつつ、天蓋付きベッドのカーテンをあけた。


「まぶしっ」


 思わずまぶたをぎゅっと閉じた俺の耳に、


「大変なのーっ、号外が出てるのー!」


 ユリアの大声が聞こえる。


「号外?」


 寝ぼけまなこを向けると、ユリアが手にした新聞の見出しを大声で読み上げた。


「亜人領に現れた聖剣の騎士は美しき歌姫だった!」


「ふえぇっ!?」


 意識が一気に覚醒する。朝日が差し込む部屋にはレモもいて、二人とも朝食の用意が整った丸テーブルを囲んでいた。


「ちょっと見せろその記事!」


「読んであげるから、カーテン閉めて着替えなさいよ」


 レモがお姉さんぶった口調で言い、ユリアから号外を受け取った。




 ─ * ─



次回『号外記事は美少女聖剣騎士を称える』

あと2話で第5章も終わりとなります。

皇后様はマジでジュキを娘にしようと宰相様に相談したようですよ。

さてどうなる!?

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