83、オレリアンの謝罪と罰?

「ジュキエーレ殿――いや、アルジェント卿、あなたに心から謝罪したい」


 もっとも舞台に近いところで状況を見守っていたオレリアンが、口を開いた。そのまなざしは別人のように穏やかで、俺は戸惑ってしまう。


「アルジェント卿の故郷である多種族連合ヴァリアンティ自治領を滅ぼそうと言ったり、亜人族の方々に差別的な発言をしたり、全て未熟な僕の過ちだった」


 俺が口を開く前に、レモがまっすぐオレリアンを見つめた。


「あら、態度が百八十度変わったのね。どういう風の吹き回しかしら?」


 皇帝と皇后の前だというのに、これっぽっちも遠慮する気配がない。


「レモネッラ嬢、あなたに対しても亜空間に閉じ込め、危険な目に遭わせた。申し訳ない。この通りだ」


 オレリアンはカクンと首を折って謝罪した。


「許さないけれど、まあいいわ」


 許さないんだ……


 レモは表情を変えずに言葉を続けた。


「それより私の質問に答えてちょうだい。こんな短時間で、一体何があなたをそんなに変えたのか、理由を聞かないと信用できませんもの」


「アルジェント卿の歌を聴いて、涙を流して、今までの自分と決別しようと誓ったんだ」


 オレリアンはレモに向かって即答してから、俺に向きなおった。


「素晴らしい歌を聴かせてくれたアルジェント卿には、心から感謝したい」


 オレリアンが頭を下げたので、俺は慌てた。レモのように堂々としていることなんてできない。


「そうよ!!」


 いきなりハイテンションで割り込んできたのは皇后様。


「分かるかしら、レモネッラさん? これが歌の力なのよ!」


「ジュキの力ですわ」


 しれっと答えるレモ。皇后様は意外と寛大で、少女のように目を輝かせてうなずいている。


「そうよ。優れた歌手の力なの。素晴らしい歌声は奇跡を起こせるもの!」


 皇后様ってある意味、平和主義者なんだな、と安心していたら、


「それでオレリアン、謝罪の意をどんな行動で示すのかしら?」


 厳しい質問を浴びせた。


 オレリアンは臆することなく、まっすぐ皇后様を見つめて答える。


「僕は今までの罪と向き合うため、今後も修道院で過ごします。二度と帝政には関わりません。亜人領を滅ぼすなどという危険な考えを一度でも持った人間が、帝位の近くにいるべきではありませんから」


 クリスティーナ皇后は何も答えずに、俺の方を向いた。


「ジュキエーレさん、このオレリアンにどんな罰を与えたらよいかしら?」


 俺は焦った。


「いえいえ俺はそんな、罰を与えるような立場にはありませんから!」


 皇后様のうしろで皇帝が盛んにひたいの汗をぬぐっているが、発言する気配はない。


「でもジュキエーレさん、あなたのデビューを邪魔したのよ、この男は」


「そうよ、ジュキ! 乱入して舞台をぶち壊したんだから!」


 レモも声をそろえて加勢する。


「うーんと、じゃあ――」


 あーめんどくせえ! こいつら仲良くしてくんねえかな?


「そうだ、オレリアン様。修道院から毎月最低一通は、皇后様に手紙を書いて下さい」


「「は?」」


 皇后様とレモの声が重なった。二人の怖い視線を避けつつ、


「そしたら仲良くなれるでしょ?」


 こてんと首をかしげて上目づかいに皇后様を見つめる。必殺ぶりっこ攻撃だ! 俺は今も銀髪ロングヘアだし、ふんわりワンピース姿だし、かわいいもんね!


「うぅぅ~! ジュキエーレさん、なんて優しい子なの!?」


 皇后様が立ち上がって、俺に抱きついてきた。


「そうよ! ジュキはいい子なの!!」


 レモまで俺の腕にしがみつく。


 だがオレリアンは不安そうに、


「あの、でも、義母はは上は僕からの手紙なんて退屈なものは読まないでしょう……」


 うつむいてしまう。めんどくせえ男だな、あんたも。俺がせっかく穏便な罰を考えてるのに! レモにアイディア出させたら命まで取られるぞ!?


「えーっとそれなら――」


 俺は上目づかいになってちょっと考える。


「修道院なら毎日古い聖歌を歌ったりするよね? 気に入った聖歌ランキングを書いたらいいんじゃないか? 毎月ランキングが更新されたら、皇后様も楽しめるだろ」


「ジュキ、聖歌にランキングとか――」


 レモがあきれ顔で突っ込むが、これは無視。俺は実際、子供時代にお気に入りの聖歌がいくつかあって順位つけてたし。


「分かりました」


 オレリアンは、しおらしく答える。


義母はは上、それでよろしいのでしょうか?」


「仕方ないわね。わたくしの大切な娘がこう言うなら」


「えっ、皇后様! 俺、娘じゃないよ!?」


 驚いて訂正するが、皇后様はあさっての方を向いている。


「ふぉふぉふぉ、いい案じゃ」


 皇帝は胸をなで下ろし、


「改心したのなら、廃嫡もなかったことにして、帝位継承権剥奪だけで済ませてやれぬかのう?」


「わたくしにおっしゃられても困りますわ」


 皇后様は冷たい。


「陛下ご自身がお決めになったことをくつがえしたいのでしたら、宰相と騎士団長と教主様にご相談なさったらいかがかしら」


「僕は、罰を受けるつもりです。父上」


 別人のように素直になったオレリアンが言うと、


「兄上、ちゃんと毎月、手紙書くんですよ」


 エドモンは謎の上から目線。


「あ、エドモン殿下」


 俺はふと思いついたことを口にした。


「あなたも手紙を――いや、同じ宮殿にお住まいなのですから、一日一回は皇后様と一緒にお食事をとられてはいかがでしょう?」


「え……」


「なんで!?」


 皇后様とエドモンが同時に目を見開いた。


「ふぉふぉふぉ、それも良い案じゃ。二人は似た者親子だし仲良くなれるじゃろう」


「似ていませんわ!」

「似ていませんよ!」


 二人は同時に不服を申し立てる。


 そろそろ帰してもらえねえかな、と思っていると、椅子に戻った皇后様がレモに尋ねた。


「レモネッラさん、あなたは危険な悪霊を浄化した功績があるわ。それにジュキエーレさんのオーディションのとき伴奏を弾いていたものね」


 あ、それでレモのことは認めているのか。本当に皇后様、判断基準が音楽しかないな。


「あなたはオレリアンに何か罰を与えなくて良いのかしら?」


 そして本心では、皇后様はオペラの途中で乱入したオレリアンを罰したい、と。でもオレリアンを許したい皇帝の前で、あからさまに罰を命じるわけにもいかねえってことか。


「そうですね」


 レモはオレリアンの顔をまじまじと見つめながら、


「鼻は治っているようですし、あまり残酷なことを願ってジュキに嫌われても困りますから」


 そうだ。思いっきり顔面パンチしてたんだ、レモ。


 オレリアンはレモにちょっとびくびくしながら、


「レモネッラ嬢、顔の怪我は僕の治癒魔法で治したんです。でも、ですね―― 聖剣に斬られたところが用を足すたび痛んで……」


 もじもじしながら自分の股間に視線を落とす。


 そうだった。聖剣の攻撃は並みの治癒魔法では効果がないらしいのだ。不死身の巨大蜘蛛さえ倒したくらいだからな。


「へぇぇ。聖女の力で治してほしいってわけ?」


 レモの唇が笑みの形につり上がった。オレリアンはボックス席から落ちそうなほどおびえて、


「いや、筋違いな願いだった! 僕のように罪を犯した者が頼むことではなかったのだ!」


「あら、治してあげるわよ。安心して」


 レモの回答に、一同に落ちない顔で成り行きを見守る。


「癒しの光、命のともしび、聖なる明かりよ――」


 宣言通り、レモは聖なる言葉を唱えた。


治癒光ヒーリングライツ!」




 ─ * ─




次回『オレリアンの(股間の)末路』です。


ヒント:イーヴォは聖剣で斬られ聖女の治癒魔法をかけられたあと、輝かしく進化しました(満面の笑み)

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