82、興奮冷めやらぬ終演後
楽屋に戻っても、まだ耳の奥で拍手の音がこだましていた。
放心したりニヤニヤしたり不審な挙動を繰り返していたら、レモとユリアが師匠と共にやってきた。
「ジュキ! ほんともう最高だった! すっごく良かった!!」
レモの頬はすっかり上気している。椅子に座っていた俺にうしろから抱きついて、
「本当に感動したわ! 途中でモンスター倒す演出もかっこよかったし」
「あれは演出じゃないから」
「知ってるけど、そう見えたわよ?」
レモの言う通り、ほとんどの観客が着ぐるみと魔法合戦したと思っているようだ。ま、楽しんでくれたなら、それが一番だけどな。
ユリアは自分の体重を考えずに、俺のひざに乗ってきやがった。
「今夜はわたしの自慢のお兄ちゃんが、お姉ちゃんになっちゃった日だね!」
「これっぽっちも嬉しくねえから」
仏頂面になる俺。
師匠は廊下の方を振り返りながら、
「お客さんたちが今夜デビューした新人歌姫さんに会いたがって、大変でしたよ。私たちはアーロンさんの口利きで入れてもらえましたが」
「そうなのよ、ジュキ! 貴族も庶民も大騒ぎ!」
興奮冷めやらぬレモが高い声を出したとき、扉がノックされて劇場支配人のアーロンが顔を出した。
「ジュキエーレさん、今日は本当に素晴らしい舞台をありがとうございます」
「歌手として観客をとりこにして、さらに聖剣の騎士として我が劇場を守ってくださった」
「あ、いや」
俺が右手のひらを向けて口をひらきかけるとレモが、
「そうよ! あなたは名歌手だけでなく、同時に最強の護衛を雇ったんですからね!」
腰に手を当ててふんぞり返った。
「その通りです、レモネッラ嬢」
アーロンの返事に、そういえばレモも今は獣人少女じゃなくて、聖ラピースラ王国の公爵令嬢だって明かしてるんだっけ、と思い出す。
「それでレモネッラ嬢、エドモン殿下があなたをお呼びですよ」
「え~、あのナンパ男が私になんの用よ?」
あからさまに嫌な顔をする。
「存じ上げませぬが、ロイヤルボックスでお待ちのようです」
「もう帰ったって伝えてちょうだい。私、ジュキとゆっくり過ごしたいわ」
「そちらのジュキエーレさんも、皇后様がお呼びですよ」
「えっ、俺!?」
膝に乗っかったユリアの黄色い耳をモフモフと堪能していた俺は、びっくりして扉の方を振り返った。
「私も行くわ!」
いきなり真剣な表情になるレモ。
「私も保護者として同行しましょう」
師匠がいつもと変わらぬ口調で宣言すると、膝の上のユリアは編み込みにした俺の髪を引っ張りながら、
「わたしも妹だから行くのーっ」
「案内してちょうだい」
レモに圧力をかけられて額の汗をぬぐっているアーロンに、俺は質問した。
「呼ばれてもないヤツが入れるもんなのか? ロイヤルボックスって」
「皇后様のご機嫌次第ですね。観劇後はクリスティーナ様、寛大になっているから大丈夫かも……」
扉を開けたまま待っているアーロンの声が、だんだん声が小さくなる。
「俺、着替えて口紅とか落としてから行きたいんだけど」
「いえ、その妖精のようなワンピース姿のほうが、クリスティーナ様がお喜びになりますよ」
涼しい顔で答えやがった。
「あまりお待たせするのも失礼にあたりますし」
正論でさとされて、俺は仕方なくアーロンと共に楽屋を出た。レモだけでなく、師匠とユリアも何食わぬ顔でついてくる。
「出待ちの客がまだ残っていますから、裏の通路を通りますよ」
アーロンが廊下の端にある小さな扉を開けると階段が現れた。この劇場の建物、迷路みたいな作りで、いまだによく分かんねえ。
彼に従って二階分くらい降り、また小さな木の扉を開けると、そこは赤いじゅうたんの敷かれた豪華な廊下だった。
まだ貴族たちが残っていて、俺を見るなり黄色い悲鳴を上げる。
「私たちの歌姫ちゃんじゃない!」
「
「まあ、それが
孔雀の羽のような扇をくゆらせながら、きつい香水を匂わせた貴婦人が視線をよこす。アーロンは質問に答えることなく、
「奥様方、どうぞ道をおあけ下さい。皇后陛下がお呼びですから」
ロイヤルボックス席の扉は両開きで、ほかのボックス席とは違って
扉の両脇に立っている見張りの兵にアーロンがわけを話すと、見張りが扉を開けて中の侍従にことづける。一瞬の間があって、
「待っていたわ! 入ってちょうだい」
中から皇后様の明るい声が聞こえた。
俺がワンピースの裾を揺らして中へ入ると、うしろでアーロンが言葉を継いだ。
「エドモン殿下、レモネッラ嬢をお連れしました」
「助かるよ」
「なっ」
皇后様の眉根がきゅっと寄った。
すかさず師匠が広いボックス席にすべり込み、
「ジュキエーレくんとレモネッラ嬢の保護者として入室を許可願いたいのですが」
「あら、賢者さん。必要なくてよ?」
いじわるな微笑を浮かべる皇后様に、
「二人の貞操が奪われては大変ですからな」
いつもの笑顔でゆっくりと答える師匠。
「私が天使に何かするとでも? 口を
「誤解を招くような発言をお許しください。私は元教え子であるエドモン殿下に女性関係のうわさが絶えぬゆえ心配して参りました」
いきなり話題に出されたエドモンは驚いて、
「アンドレア、いくらなんでも僕はこんなじゃじゃ馬に興味はないよ!」
「なんですって!?」
レモが目をつり上げたとき、それまで空気になっていた皇帝陛下が、
「ふぉふぉふぉ」
と間の抜けた笑い声をあげた。
「エドモンよりクリスティーナのほうが、よほど危険じゃのう。美声を持つ歌手には目がないのだから。セラフィーニ殿、その子を守ってやってくれ」
クリスティーナ皇后は夫を思いっきりにらみつけたが、師匠の腰にしがみつくユリアの存在が気になったらしい。
「その犬はなあに?」
「ユリアだよーっ」
いつもと変わらぬ自己紹介をさえぎって、レモが答えた。
「ユリア・ヌーヴォラ・ルーピ伯爵令嬢。私の侍女ですわ」
とっさに涼しい顔して嘘をつくのはレモの得意技だ。まあ伯爵令嬢なら、公爵令嬢であるレモの侍女でもおかしくないもんな。
実際ボックス席には侍女や侍従も控えている。
皇帝と皇后が玉座のような肘付き椅子に座っているせいで場所を取っているが、
「ジュキエーレさん、私の膝の上に座ってちょうだい」
皇后様がとんでもねえことを言い出した。
「いや俺、体重けっこう重いんで」
ぱたぱたと手を振ると、
「じゃあジュキエーレちゃん! 僕の膝の上なんてどうだい?」
エドモンがぽんぽんと自分の太ももをたたいている。さすが母子。
げんなりしていると、侍従が三人ほど立ち上がり、俺たちに椅子を勧めてくれた。ユリアだけは師匠の膝の上である。
場がようやく落ち着いたところで、
「ジュキエーレ殿――いや、アルジェント卿、あなたに心から謝罪したい」
もっとも舞台に近いところで状況を見守っていたオレリアンが口を開いた。
─ * ─
次回『オレリアンの謝罪と罰?』
舞台を邪魔したオレリアンには、何か罰が与えられるのかな?
でも反省しているみたいだしねぇ……
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