85、号外記事は美少女聖剣騎士を称える

「先月、多種族連合ヴァリアンティ自治領に現れた聖剣の騎士の正体が、ついに明らかになった。聖剣の騎士は銀髪の美少女で、名はジュリアというようだ。推定年齢、十二歳」


「なんでっ!?」


 俺の悲痛な叫びを無視して、レモが淡々と続きを読み上げる。


「すでにクリスティーナ皇后陛下のお気に入り歌手として、皇后劇場の舞台に立っている。デビュー作はマエストロ・フレデリックによるオペラ『オルフェオ』のタイトルロール。年齢の幼さからは考えられないほど卓越した歌唱力と演技力で、一夜にして帝都のスターとなった」


「そりゃ実年齢は十六だからな」


 ユリアがくすくすと笑い出す。


「ジュキくん、もう性別のほうはあきらめたんだねっ!」


「あきらめてねえよ!」


「おねえちゃんって呼ぼうか?」


「うっるせーよ!!」


 俺はカーテンを開けて、思いっきりユリアをにらみつけた。ったく、からかいやがって!


「さ、ジュキ、パンが冷めないうちにいただきましょ」


 レモは新聞をひょいっと棚の上に乗せた。


 俺はよろよろと椅子に這い上がり、


「レモ、気にしてねえのか?」


「何を?」


「嫌じゃないのかなって。俺が十二歳女児ってことになって」


「またひょんなってる」


 レモはデニッシュをもぐもぐしながら、


「いつも言ってるじゃない。私はジュキの魂に惹かれてるから性別とか種族とかどうでもいいし、外野が何を言おうと関係ないって」


「レモ……」


 彼女の大きな愛に胸を打たれていると、ユリアが水を差した。


「レモせんぱい、ライバルの女性が現れなくてラッキーとか思ってそうだけど、ジュキくん女の人にも人気だよー?」


「美少女として愛されてるほうが、美少年ってバレるよりずっと安心よ!」


 やっぱり、そういう感覚なのか……




 俺は八月下旬まで、氷魔法でよく冷えた劇場で歌い、オフの日にはレモたちと帝都近くの海岸で遊んだ。師匠の教え子だった貴族が、プライベートビーチを解放してくれたのだ。


 バーベキューをしたり、海で泳いだりして帝都の夏を満喫する俺を見て、同僚の歌手たちは盛んに若いと騒いでいた。彼らは、オフの日にレジャーを楽しむ体力など残っていないそうだ。


 俺が歌っている間に騎士団長は、修道院に引きこもったオレリアンと手紙を交わし、魔石救世アカデミーについて情報を集めていた。魔法学園が夏季休暇中の師匠と膝を突き合わせ、アカデミーへの突入計画を練っていたらしい。


 皇后様がようやく満足してオペラが千秋楽を迎え、いよいよアカデミーに乗り込む算段が整ったある日の午後、俺は宮殿内に与えられた自室の大きな鏡の前で呪文を唱えていた。


「我が眷属けんぞくたる水の精霊たちよ、こおれるやいばとなりて汝らが記憶に従い――」


 俺は鏡に映る自分の頭を指差して言った。


「この長くて鬱陶うっとうしい髪、どうにかしてくんねえ」


 最近気付いたんだが、水魔法に関しては難しい呪文を唱えなくても発動するのだ。イメージさえできれば言葉すらいらない。


 大気中に存在する水の精霊たちが氷の刃に変化して、腰まで伸びた銀髪をカットしてゆく。髪型は以前ねえちゃんが切ってくれたときの――なんだっけ、ショートウルフ? とかいうのをイメージしている。


 水晶みたいな氷の刃が宙を舞い、光を放つ銀の糸が雨のように床へと降り注ぐ。


「すげぇ軽くなった」


 ふるふると頭を振ってから鏡を見ると、くせっ毛が復活していた。


「ちぇっ、伸ばしてればうまいことまとまってるのに」


 それでも暑いし重いし面倒くさいから長髪は嫌だ。


「水よ、床を掃除したまえ」


 足元に散らばって波打つ銀糸の束を指差す。


 水流でまとめて宙に浮かべたところで、


「ジュキ、入るわよー」


 レモが内扉ではなく廊下側から入ってきた。


「わ、髪切ってる!」


 目を輝かせるレモ。


「うん、切った」


「かっこいい!」


 駆け寄ってくるなリ、抱きついてきた。彼女を抱きとめながら俺は、廊下に皇后様の侍女ミーナが立っているのに気が付いた。


「ジュキエーレさん、あなたを憐れんで優しい私がこっそり情報を流しに来たわ」


「憐れんで!?」


 なんかミーナさん、裏のありそうな笑みを浮かべてるんだけど?


「そう。髪を短くして男の子のふりしてるみたいだけど」


 ぱたんと扉を閉めて、ミーナさんはつかつかと歩み寄ってきた。


「クリスティーナ様があなたを義理の娘にしたがっているわ」


「どういうこと!?」


「言葉通りの意味よ。でも騎士爵のままでは皇家に入れるのはとても無理だから、まずはどこかの公爵令嬢にでもしなければっておっしゃっていたわ。オホホ」


 レモが俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


「どうしよう! ジュキが令嬢になるなら私が令息にならなくちゃ!」


「いやいや落ち着け」


 眩暈めまいが起きそうだ。


「ところで、こちらで水にくるまれて浮かんでいる銀の糸は、魔道具の材料ですわね?」


 俺が答える前にレモが、


「そうよ! ジュキの髪は精霊力を宿しているから魔道具屋で高く売れるんですって。ジュキのお姉さんが言っていたわ」


 無駄な知識を披露する。


「まあ素敵」


 ミーナはにんまりと笑って、


「では使用人に売りに行かせましょう。報酬は三等分して、使用人へのお駄賃と、私とレモさんで山分けよ」


「え、俺の髪なんですが……?」


 レモがくるっと振り返った。


「だってジュキ、捨てる気満々だったでしょ?」


 まあ確かに。


「大丈夫よ。私たちの将来の貯蓄にするから」


 将来の貯蓄って何だろう?


「ジュキったら何ポカンとしてるのよ? 盛大な婚姻の儀をり行うために決まってるでしょ!」


「でもレモさん、ジュキエーレさんは正式にジュリアちゃんにされてしまうかもしれませんのよ」


「ご心配には及ばないわ、ミーナさん。そのときは私が正式にレモネッロ・アルバ公爵令息になりますもの」


 二人は、オホホホと笑い声をあげながら、俺の銀髪を持って部屋を出て行った。




 そして数日後、俺とレモとユリアは帝都の貴族街に建つ騎士団長の屋敷に招かれた。ちなみに騎士団長ラルフ・バルバロ伯爵は、俺たちが蜘蛛伯爵と呼んでいたラーニョ・バルバロ氏の弟である。


 邸宅の場所はセラフィーニ師匠がよく知っている。彼と並んで歩きながら、


「魔石救世アカデミーの残党狩りを正式に依頼されるのかな」


「ええまあ、それもありますが」


 歯切れの悪い返答をする師匠。いつも通りの、どこか困ったような笑みを浮かべていて、表情からは読み取りにくい。


「俺たち三人が呼ばれる理由、ほかに何かあったっけ?」


「レモさんとユリアさんには、騎士団からの正式な要請ですよ」


「ん? 俺だけ別件ってこと?」


「着いてからのお楽しみです」


 バルバロ邸は立派な四階建ての屋敷で、古代の神殿を思わせる円柱が立ち並ぶファザードに、夏の日差しが反射していた。


 通されたのは謁見の間をコンパクトにしたような広間。儀礼的なあいさつを済ませたあとで、騎士団長が改めて俺に向きなおった。


「アルジェント卿、皇后陛下があなたに騎士爵よりもっと上の爵位を与えたいと望んでいることはご存知ですな?」


 えっ、俺を娘にしたいとかいう正気の沙汰とは思えねえ計画が、まさか現実になっちまうのか!?




 ─ * ─




次回、第五章エピローグです!

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