03★薄情なパーティメンバー【サムエレ視点】

 (サムエレ視点)


 早朝、宿の大扉が閉まる音で僕は目を覚ました。安宿の一階には重くて分厚い木の扉があって、深夜と早朝だけは閉めることになっていた。


 こんな朝早く旅立つ冒険者がいるのだろうか?


 僕はどこか不審に感じて起き上がると、ベッドに膝立ちになって鎧戸を開けた。


 ひんやりとした朝もやに、草の匂いが混ざっている。見下ろすと、白いマントをなびかせて足早に通りを横切るうしろ姿が見えた。 


「ジュキエーレ?」


 銀髪に朝日が照り返す。白い上着に白いズボンなんてあいつしかいない。


「こんな時間にどこへ?」


 朝食のパンを買いに行った? そんなはずはない。


 宿の一階には酒場があって、朝になると喫茶店バールになる。パンもコーヒーもハーブティーも果物もあるのだ。この時間に外出する用事などあるものか。


 僕はベッド下にそろえてあったブーツに足を突っ込むと廊下に出て、隣室の扉をたたいた。


「誰だ?」


 中から不機嫌そうな声が聞こえる。


「おはようございます、イーヴォくん」


「サムエレか。こんな時間になんだよ?」


「ジュキエーレくんが出かけました。何か知っていますか?」


 単刀直入に訊くと、イーヴォは沈黙した。驚いたり訊き返したりすることもなく、不自然な沈黙のあと、


「し、知らねえなあ?」


 違和感しかない疑問形で答えが返ってきた。


「どこへ行ったのでしょう?」


 質問をたたみかける。


「えーっと、ダンジョンじゃねえか?」


 馬鹿が引っかかった。


「ほう、なぜ?」


「知らねえっつってんだろ!」


 いきなり怒り出す。これは明らかに何か知っている。ということはダンジョンへ行ったというのも信憑性が高い。


 これはまずい。ダンジョンの地図は僕が管理しているのだ。


 馬鹿なイーヴォたちは気付いていないが、おそらくジュキエーレの歌声魅了シンギングチャームはモンスターたちを状態異常にしている。だからモンスターの攻撃で命を落とす可能性は低いとはいえ、あの間抜けなジュキエーレのこと、ダンジョンで迷子になりそうだ。


「どうしたんだ?」


 イーヴォの部屋の隣から、ニコが目をこすりながら出てきた。イーヴォの怒鳴り声で起こされたのだろう。


「ジュキエーレくんが一人でダンジョンへ行ってしまったそうです」


「えっ、あの馬鹿、マジで行ったの!?」


 やっぱりこいつもグルか。まったく面倒なことをしてくれたもんだ。このままジュキエーレがダンジョンで迷った末、立ち入り禁止区域で崩落事故にでも巻き込まれたら、僕は叔父から監督不行き届きで責められかねない。


 叔父が僕を聖職者として認める修行として、ジュキエーレと共に旅をしろと言った理由は察しがつく。叔父はジュキエーレのやつを、性根がまっすぐで素直な少年だと信じているから、僕が彼から影響を受けることを望んでいるんだろう。


 そんな馬鹿らしいことは起こるわけもないが、この一年間我慢してきたことが水の泡になるのはたまらない。


「イーヴォくん、ニコラくんも連れて、今すぐダンジョンに出発しましょう」


 ジュキエーレの歌声魅了シンギングチャーム効果が切れないうちに、ダンジョンに入らなければならない。


「ふざけんなよ!」


 イーヴォが中から扉を開けた。


「あいつが勝手にしたことだ! ほっときゃいいだろ?」


「では僕は、お守りする相手も消えたことですし、村に帰ります」


「そんなの許さねえ! お前ほど魔力量の多い回復役なんてそうそういねぇんだからな!」


 僕は竜人族としてなら平均的な魔力量だ。だが血の気の多い竜人族は、普通地味な回復役などやりたがらない。


「でもイーヴォくん、今日からギルドでクエスト受注するのに、一人メンバーが欠けたことをどう説明するのですか?」


「あいつは村に帰ったことにする!」


「受付にはジュキエーレのお姉さんがいるんだから、すぐにバレますよ」


「うっ」


 本当に考えもせずにしゃべるんだな、この男は。


「くそっ! ダンジョンで野垂れ死にやがれ!」


 イーヴォは悪態をつきながら部屋に戻ると、寝間着代わりの下着の上に厚手の麻衣を羽織り、革製のベストを着用した。


 僕はニコラを彼の部屋に押し戻し、


「あなたも支度をしてください。それでジュキエーレくんがダンジョンに行った理由は?」


「おいらからは言えねえよ」


「イーヴォさんには黙っておいてあげます。言わないと次に怪我したとき治しませんよ?」


「ひえっ」


 情けない声を出してから、ニコは小声で真相を語り始めた。




 話を聞いた僕は慄然りつぜんとした。


「後衛のジュキエーレを一人でダンジョンに行かせるなんて愚かな!」


「本当に行っちまうとは思わなかったんだよ」


 ニコは吐き捨てるように言った。


「あの子がこうと思ったら絶対に曲げない、向こう見ずな性格をしていることは、あなただって分かっているでしょう?」


「知らね」


 僕から目をそらすニコ。


 馬鹿を責めていてもらちが明かない。


 僕は自室に戻って手早く支度を済ませると、携帯食料と水を入れた革袋を持ってイーヴォたちと共にダンジョンへ向かった。




「なんか今日ダンジョンのモンスター、いつもよりきが良くねえか?」


 遠くの部屋で聞こえるキングオーガの雄叫びを聞きながら、イーヴォが不思議そうな顔をしている。


 まずい。ジュキエーレの歌声魅了シンギングチャームが解けかかっているんだ。


 キングオーガは人間の二倍以上の身長に盛り上がった筋肉、そして鋭い牙と凶悪な角を持っている。知能は低いが怪力を持つキングオーガに出くわしては、イーヴォとニコに勝ち目はない。


「いちいち倒さなくていいから、先を急ぎましょう!」


 万一この二人が倒れたら、僕一人で地上に戻ることは絶望的だ。モンスターの状態異常が回復してきたら、ジュキエーレをあきらめて地上に戻らねばならない。


「おいおい一体何が起こっているんだよ?」


 薄闇を飛びまわる蛍のような虫を避けながら、イーヴォがあたりを見回す。


 こいつに本当のことを話すわけにはいかない。ジュキエーレの真価に気付いたら、彼を手放しはしないだろう。僕はあのガキを連れて、故郷のモンテドラゴーネ村に帰るのだから!




 ─ * ─




次回はジュキ視点に戻ります。

『一人きりのダンジョン探索』

ジュキは一人でダンジョンを攻略できるのか!?

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